第8話「Two with her」


彼女の手術のために来ているボルドーという街は、ボルドーワインというワインが有名らしい。


聞く話によると、赤ワインが世界的にも高名で、昔はイギリスへのワイン輸出で栄えた町なんだとか。


フランスでは日本と違って、十八歳から飲酒が可能だ。


なので、僕がそのワインを飲むことも可能なのだが、今はワインはおろか、水すらも喉を通らない状況だ。


理由は単純明快。成功する保証はないとまで言われた難手術を、彼女が受けているからだ。


病院にいても息ができないだけだから、今は気晴らしに街中を重い足取りで歩いている。


大きな道路に、緑あふれる街路樹。道路の真ん中にはトラムが走り、左右の建物は十八世紀頃に建築されたであろう西洋風な建物。


このいかにもヨーロッパと言わんばかりの光景も、一人で見るには飽きたものだ。


叶うことなら、彼女と二人で歩きたい。そしたらどんなに楽しいのだろう。


そんなことを考えていたら、僕の足取りはますます重くなっていった。


こんなことではいけない。そんなこと分かってはいるのだが、そういう気分になれないのも事実だ。


今、僕が彼女にできることは何だろうか。


そう考えたとき、僕は自然と とあるお店に入っていた。



「I'm drinking for the first time. what do you recommend?」


「Je vous recommande de prendre celui-ci」



僕が英語で質問したのに対し、相手はフランス語で返してくる。


最初は戸惑ったけど、こういう人は意外と多い印象だ。


返事をしているあたり、単に英語がわからないというわけではなさそう。


むしろ、英語はほとんどの人が理解しているのだろう。それなのに、返事はフランス語。


フランスの人はそれだけ、自分の国の言語に誇りを持っているのだろうか。



「I'll take it」(和訳:それください)



相手がフランス語を使うのなら、こちらもめげずに英語を使うとしよう。


そんなことを思いつつも、実際はフランス語が分からないだけである。


フランス語で何を言っているのかがよく分からないが、店員が選んだモノを購入。


叶うかはまだ未来のことだから分からないけれど、もし彼女の手術が成功したら、一緒に乾杯しよう。


そう思い、ワインを購入した。


決して安い値段ではないけれど、彼女の手術の成功祝いとしては安すぎるぐらいだ。


それからというもの、一旦ホテルに向かい、ワインを部屋に置いてからまた出かける。


わざわざホテルに行くのは手間だったが、持ち歩くのは荷物になってしまうから仕方がない。


ホテルを出たあとは、また街中を散歩する。


大通りを進んでいくと、トラムの線路が見えてきて、その先には川があった。


それに架かる橋はピエール橋といって、どうやら観光地らしい。


石材とレンガのアーチ橋で、アーチの数は全部で十七。これがこの橋の建設を命じたナポレオンに由来しているとかしていないとか。


その橋から川沿いの道を歩いて行くと、また観光地が現れる。

ブルス広場というところだ。


数センチほどの浅い水が張ってある池があり、水鏡というらしい。


ネットで調べると、夕方が一番綺麗なんだとか。


それからも川沿いをただがむしゃらに歩いたが、一本の電話が僕のもとにかかってきたことで、血相を変えて進路を病院の方へ向ける。


彼女の手術が終わったようだ。


だが、その『終わった』という単語は、どのような意味合いがあるのかを、僕はまだ知らない。


彼女が助かったのか、それとも助からなかったのか。


とりあえず、病院へ急行した。

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