第7話「Two with her」
「それはきっと、君のことが好きだから言ったんだよ」
病院前のところで出会ったおばあちゃんに言われた言葉。
その言葉だけを信じて、僕は彼女がいるであろう病室へ向かった。
看護師に面会の許可をもらい、彼女の病室の前で一呼吸。
それから、軽くノックをした後、そっと扉を開ける。
「誰ですか?」
彼女がそう言う。
だが、僕の姿を確認した途端、彼女はあからさまに不機嫌な表情をして、黙り込んでしまった。
それで、僕の考えは確信する。彼女は明らかに怒っている。
だけど、ここでめげるわけにはいかない。
「あ、あの・・・」
勇気を出して声をかける。
すると、そっぽを向いた彼女がつぶやく。
「昨日は言いすぎた。ごめん」
彼女の表情は見えなかったが、照れながら謝ってくれたことが、声から容易に想像できる。
「僕の方こそごめん。勝手に空回りしてた」
そう言った瞬間、彼女は軽い笑みを浮かべながら、こちらの方を向いてくれた。
やはり、あのおばあちゃんの言う通りだったのかもしれない。
お互いがお互いで、ただ行き違っていただけ。
言葉にすれば、きっと彼女だってわかってくれるはずだ。
「それでな、えっと・・・僕は帰国しないよ。君が頑張っているからこそ、僕は君のそばにいたいと思うんだ。だから、帰国はしない。君も言いたいことはたくさんあると思うけど、これは僕が望んでいることだし、僕が勝手にしていることだ。僕はめげないよ。帰国はしない」
それを聞いた彼女は、軽く微笑んで言った。
「君らしいね」
と・・・。
今のが僕らしいのかは、正直僕自身がわからない。
でも、少なくとも彼女にはそう見えていたのだろう。
「私は、君らしい君が好きだよ。だから、君は君らしくしていてね」
「うん。僕らしい僕がなんなのかよく分からないけど、それでも、僕は僕らしく判断して、行動していくつもりだよ」
仲直りした僕は、それから毎日彼女のもとへ見舞いに行くようになった。
一日の大半は彼女の病室で過ごした。
時間が許す限り、彼女の側にいて、彼女と有意義な時間を過ごした。
「Comment vas-tu?」(和訳:お元気ですか?)
「je suis malade」(和訳:病気ですね)
一週間も経った頃には、僕も彼女もフランス語に慣れてきて、彼女とフランス語で喋ってふざけ合うなんてこともできるようになった。
まぁもちろん、ネイティブフレンチには発音も使い方も敵わないけどね。
こちらの生活がひそかに定着してきたそんな今、彼女の両親がフランスへやってきた。
それはつまり、彼女の手術の日が目前という何よりの事実。
難手術だと医師に言われた。成功する保証はないとまで、念を押されて言われた。
担当のフランス人医師は、日本の医師とは違って、事実をストレートに言ってくれる。
これが良いのか悪いのかは人それぞれだが、知らないよりかは幾分マシというものだろう。
そして・・・。
「とうとう、だね」
彼女が僕に向かってそう言う。
一度麻酔で眠ると、もう二度と目覚めないかもしれない。
そんな状況下で、今の彼女は不安じゃないわけがない。
「僕は、信じて待ってるから」
「うん。私のために ここの病院を見つけてくれたのも君だったもんね。本当なら、今頃は確実な死を覚悟していたところだもん。もしかしたらまだ生きれるかもしれない。その僅かな光でも、私には太陽のように明るい光なんだよ」
「今日は饒舌だな」
「もしかしたら死んじゃうかもしれないんだもん。君の姿だって、最後かもしれないわけだし」
「大丈夫。きっと助かる。そして、君と笑顔で帰国するんだ」
「そうだね。まぁでも、このまま君とフランスで暮らすのも素敵だけどね」
「それもいいな。ヨーロッパは魅力の地だし」
「ヴェネツィアとか行ってみたいな」
「スイスもいいよな」
そんな理想を語っていると、とうとうその時がきてしまった。
看護師や、医師までも病室に入ってくる。
「それじゃ、僕はこれで」
「あ、待って」
「ん?」
「これが、君と会う最後かもしれないから、こっちきて」
言われた通り、さっきまで座っていた、彼女のベッドの真横にある椅子に戻る。
「どうした?」
「これが、最後かもしれないから、伝えておく。愛してるよ」
改めて言われると、なんだか照れるな・・・。
「僕も、愛してる」
僕も言い返すように、想いを伝えた。後々後悔するのは嫌だから。
「ありがと」
そう言い、彼女はベッドの背もたれから肩を起こして、点滴などの線をぶら下げながら、その身を僕の身体の方に向ける。
少し笑みを浮かべるが、その表情は、不安を隠しきれていなかった。
何か励みになるような言葉を言った方がいいのだろうか。
そんなことを思ったが、瞬間、彼女の手が僕の顔に触れる。
その感覚を持ってから一秒も経たず、僕の唇に彼女の柔らかい唇が触れる。
これが、キスというやつなんだろう。
初めての経験だ。こんなにも幸せな気分になれるものだと、ファーストキスだったので当たり前だが、この時初めて知った。
「頑張れよ」
彼女の柔らかい感触が残る口でそう言い、僕は彼女に背を向ける。
もしかしたら、もう二度と彼女の生きている姿を見れないかもしれない。
だけど、決して振り返らず、足を一歩、また一歩と踏み出して行き、やがて彼女の病室の外に出て、退室した。
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