第6話「Two with her」
彼女と喧嘩してしまった日から、一夜が明けた。
僕はホテルから出て、近くの飲食店へ向かい、そこで朝食をとることにした。
メニューはフランス語でよく分からなかった。
とりあえず、事前に学習しておいた、「Je veux prendre le petit déjeuner」(和訳:朝食が欲しい)という発音をしておく。
日本人には非常に発音しにくいが、長い時間をかけて練習したので問題はない。とはいえ、伝わるかは別の問題だ。不安はあったが、店員は頷いて、そのまま奥の厨房へ向かった。
とりあえず、伝わったということでいいのだろうか。
数分もすると、カフェオレに薄切りのトーストが二枚出てきた。
美味しそうではあるが、トーストはジャムやバターなどはなく、しかも薄切りが二枚だけ。どうしても質素な感じが出てしまう。
これがフランス人の一般的な朝食なのだろうか。
まぁ家庭的で実用的かもしれない。朝は忙しいだろうし、倹約的でもある。
そんなことを思いながら、サッと食べて会計を済ませると、行き先もなくウロウロと散歩を始める。
目的地があるわけでもないが、せっかくフランスに来たのだから、少しは観光っぽいこともしたいものだ。
適当に道を歩いているが、流れる景色は新鮮だ。
ヨーロッパの街によくある、低層のアパート的な建物が軒を連ね、そこに網目のように道が敷かれている。恐らく、上空から見たら赤っぽい色の屋根がいっぱいあるのだろう。
そんなことを想像しながら歩いていると・・・。
「来ちゃったかぁ」
特に狙っていたわけでもない。本当にたまたま、彼女の入院している病院の前に着いてしまった。
来たからにはお見舞いをすべきなんだろうけど、喧嘩中っていうのに、ノコノコと彼女に会いに行っていいのだろうか。
もっと嫌われてしまうのではないのだろうか。
とにかくネガティブな思考が、頭の中で右往左往してしまう。
入り口付近で、そんなことを考えながら立っていると。
「Qu'est-ce qui ne va pas?」(和訳:どうしたの?)
知らないおばあちゃんに話しかけられました。
何を言っているのかは分からなかったが、何か気遣ってくれているのは何となく伝わった。
なので、ジェスチャーも踏まえながら、「aucun problème」と、カタコトながらも返事をした。
和訳すると「問題ない」という意味だ。
母音が多い上に、後半の problème は、英語のプロブレムに似た発音だったので、日本人である僕にも発音しやすく、そして相手にも伝わりやすかった。
「Êtes-vous des Japonais?」
また、おばあちゃんが言う。
今度も何を言っているのかが分からないが、Japonais というのは、恐らく「日本」を意味する単語だろう。
それがわかったとはいえ、何を言っているのかは分からない。
なので、返答も思いつかない。
「えーっと・・・」
「ごめんなさいね。私、日本語なら喋れるわよ」
まさかの展開だ。
僕が返答に困り果てた表情でいると、おばあちゃんの方から日本語で喋り出した。
「えっと、日本語、喋れるんですか?」
「えぇ。少しだけ、それに、下手だけどね」
そのおばあちゃんの言う通り、彼女の喋る日本語は非常にカタコトだった。
でも、フランス語を喋られるよりかは、相手がどんなことを喋っているのかが理解できる。
「えっとね、君はなぜここに?」
「あいや、大したことではないんですけど・・・」
僕は彼女と喧嘩をしてしまったことを、簡潔に説明した。
それを聞いたおばあちゃんは、優しい笑みを浮かべてこう言った。
「それはきっと、君のことが好きだから、言ったんだよ」
僕は、彼女を置いて帰国なんてしたくない。その理由は、側にいたいから、近くで見守っていたいから、とか、色んなものが思いつく。
だけど、その全ての本質は、理屈ではないものだと思っていた。
そして、彼女の言ってたことは、理屈の塊だとも思っていた。
だから、僕は空回りしたのだろう。
おばあちゃんが僕に教えてくれたこと、それは、彼女の言葉だって理屈じゃないということだ。
ならば、僕が取るべき行動はただ一つ。
「あ、Merci 」
フランス語で「ありがとう」と、おばあちゃんにお礼を言い、僕は彼女の待つ病室へ向かった。
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