第5話「Two with her」


フランスの首都、パリ。


そう聞くと、どんな情景を想像するだろうか。


シャンゼリゼ通り、凱旋門、エッフェル塔に、ルーヴル美術館。


それ以外にも、有名な観光地がいっぱいあり、オシャレできらびやかなイメージを膨らますだろう。


僕もそう思っていた。


別に、パリをバカにしているわけではない。


だけど、ちょっと想像と違っていた だけだ。


なんというか、イメージよりも・・・なんか、とにかく違っていた。



「写真で見るより、小汚く感じるね」



彼女も、がっかりそうにそう口にした。


でも、意外だったこともある。それは、フランス人の外見に関してだ。


勝手なイメージだと、金髪と呼ばれるブロンドヘアーに、青い瞳の高身長。そんなイメージがあった。


でも実際、やはり日本人に比べると身長は高いが、黒髪も普通にいるし、黒い瞳の人もいる。


むしろ、金髪の人は少ない印象だ。


たまたまなのか、それともこれが現実なのか。


そんなことを彼女と話しながら、スマホの地図を頼りに移動する。


ルーヴル美術館付近でセーヌ川を渡り、少し歩いた先にあるのが・・・。



「これ・・・だと思う」



Gare de Paris-Montparnasse と、書かれた文字。


スマホに書かれたローマ字と、この建物に書かれた文字が一致するから、多分ここであっているだろう。


ということで、ここからまた電車移動だ。


チケットはあらかじめ予約してあるので、自動券売機で発券するだけだ。


相手が人じゃないのなら、翻訳機を使ってどうにでもなる。


案の定、簡単に発券できた。


それから電車に乗り込み、二時間半ほど、gare de Bordeaux-Saint-Jean という、日本人には発音不能なフランス語名の駅に到着する。


まぁ日本人には発音できないだろって単語は、フランス語には割と多い気がする。


ここからは病院に向かうだけなので簡単だが、とにかくフランス語が難しすぎて、彼女の目の前でかっこ悪いところを見せまくってしまった。


男として、恋人の前ぐらいはクールでいたい・・・けど、さすがに今回は無理でした。


それから病院に到着すると、早速入院の手続きを済ませた。


フランス語が分からなすぎるのが不安だったが、相手が英語を使ってくれたので、何とか意思疎通ができた。


こういう時、英語って本当に万能言語なんだなと、しみじみ思う。


それから色んな手続きを済ませて、彼女と一緒に、指定された病室へ向かう。


部屋は一人部屋だった。


彼女には内緒にしろと言われたが、彼女の両親が高い料金を支払って一人部屋にしておいたらしい。


まぁ異国の国なわけだし、プライベートが保たれた方が、色々とリラックスできるだろうという結論に至った結果だ。



「どうだ?」


「不安もあるけど、大丈夫」



グッとガッツポーズをして、彼女もそれなりの意気込みがあるらしい。


これなら僕としても、少しは安心できる。



「君は、これからどうするの?」



彼女が言う。



「僕は、君が帰国するまでフランスにいるつもりだよ」


「私が? 大学はどうするの?」


「あはは、お互い留年だな」



単位を落とすのは事実だが、半分ジョークのつもりで言った。

だが、彼女はそうは捉えてくれなかったみたいで、表情が明らかに険しかった。


そして・・・。



「帰国して」



僕に向かって、そう冷たいことを言いつけた。



「どうして?」


「私は仕方ない。だけど、それで君まで留年する必要はないよ」



彼女の言うことはもっともだ。理屈が通っていて、すぐには反論する言葉が出てこない。


だけど、こういうのは理屈じゃない。


言葉で説明できるものでもないし、もちろん、理屈で説明できるものでもない。


でも、何か言葉にしないといけない。彼女に伝えないといけない。


そう思うも、言葉が浮かんでこない。


一秒、また一秒と時間が経っていく。その間は、もちろん無言だ。


段々と、着実に空気が重くなっていく。


どうすればいいんだ・・・僕は。



「ごめん。でも、帰国はしないから」



結局、弁解すらもせずに、彼女の前から逃げてしまった。


病院から出て、宿泊するホテルへ足早に向かい、部屋のベットに寝っ転がる。


何も考えないようにして、そのまま数分。ようやく心が落ち着いてきて、天井をボーッと眺めながら、「これ、喧嘩だよな」と、彼女との現状の関係を振り返る。


今まで、彼女とは喧嘩という喧嘩はしたことがなかった。


そもそも、ここまで彼女と意見が食い違うのも珍しいし、彼女自身、基本的に包容力のある優しい人だったので、喧嘩になることもなかった。


そういう経験をしていなかったからこそ、どうやって今の『喧嘩している』という関係にピリオドが打てるのか、それすら分からない。


謝れば、彼女のことだから許してくれるだろう。だけど、謝ったところで意見が食い違っているままだと、結局それは意味のないことになってしまう。


こんな異国の地で、僕は何をやっているのだろう。


その日は、そんなことを心底思いながら眠りについた。

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