後編

 やがてコーヒーの最後の一滴まで飲み干したハルくんは、数秒の間何かを考えるみたいに黙っていたけど、やがて不思議そうな顔をしながら口を開いた。


「えーと、チョコは?」

「えっ?」

「ひょっとして、僕の勘違いだったかな。てっきり、チョコを用意してくれているのかなーって思ってたんだけど」

「な、何で!?」


 どうして知ってるの!?

 だけど驚いていると、彼は慌てたように言ってくる。


「間違ってたのならごめんね。わざわざ今日休みを取ってたから、もしかしたら作ってくれるのかなー、なんて思ってたんだ。付き合っていた頃は、毎年貰っていたし。けど、勘違いだったみたいだね。うわ、恥ずかしー」


 顔を赤くしながら、照れたように頬をかくハルくん。

 だけど、間違いじゃない。全部合ってるよ。


 そ、そうだよね。わざわざバレンタインに合わせて休みを取ったんだもの。気づいたって不思議じゃないのに、隠せてると思っていた私の方が恥ずかしいよ。


 私は急いで立ち上がって、足早にキッチンへと向かう。そして冷蔵庫に入っていたブラウニーを持って戻って来た。


「勘違いじゃないよ。昼間作っておいたの。ハルくんに、食べてもらいたくて」

「ああ、やっぱりそうだったんだ。あれ、でもそれじゃあ、どうしてすぐに出してくれなかったの?

「だ、だってハルくん、チョコ貰ってきたでしょ。なら、私のなんかいらないかなーって思って」


 中身を見なくても、完敗だって分かるもの。

 だけどこれに、今度はハルくんの方が「え?」と声を漏らす。


「セリちゃん、僕の鞄の中見たの?」

「ごめんなさい、つい」

「別に良いよ。けどそっかー、バレてたのかー。残念、せっかく脅かそうと思ってたのに」


 ううん、もう十分驚いてるから。

 するとハルくんは部屋の隅に置いてある鞄からさっき見た包みを取り出して、そっと私に差し出してきた。


「セリちゃんが作ってくれるのに、僕からは何も無しじゃ悪いからね。お返しがしたくて、昼休みにデパートに行って買ってきたんだ。受け取ってくれる?」

「へ? これを、私に?」


 思わず耳を疑った。


「えっ、貰ったんじゃなかったの? 可愛い女の子は? 美人のお姉さんは?」

「何それ? 確かにくれるって子はいたけど、全部断ったよ。だって貰ったら、セリちゃん妬いちゃうでしょ」

「そ、そんなこと……あります」


 てっきり貰ったものと勘違いして、滅茶苦茶ヤキモチ妬いていました。

 でもハルくん、そんな私の事を分かって、貰わないでいてくれていたんだ。それなのに私ったら一人でモヤモヤして。うう、恥ずかしいよー!


 顔から火が出そうになったけど、深呼吸をして何とか気を取り直すと、ようやく差し出された包みを受け取る。

 中を開けてみると、そこには綺麗で美味しそうな、まるで黒真珠のようなトリュフチョコが入っていた。


「わあ、綺麗。でもこれじゃあやっぱり、私のは出番ないかも」


 トリュフチョコが黒真珠なら、私のブラウニーは黒ずんだレンガだもん。比べてみると、やっぱりため息が出ちゃう。だけど。


「ははっ、そんなことないよ。こんな素敵な物を作ってもらえるなんて、嬉しいに決まってるよ」


 お世辞では無く本心からの、裏表の無い暖かな笑み。

 ああ、そうだ。私は彼のこの笑顔が見たくて、チョコを作ったんだ。


 恋人時代、毎年チョコを渡した時に感じていたキュンキュンする気持ちが、再び蘇ってくる。

 私やっぱり、ハルくんのこと好きだわ。


「コーヒーのおかわり、いるよね。今度は僕が淹れるから」


 ハルくんは二杯目となるコーヒーを用意してくれて、それから二人でチョコトリュフとブラウニーを食べ比べてみた。


 どっちが美味しいかは、言わずもがな。そもそも素人の手作りと、しっかりした商品を比べる方が間違ってるのだ。

 だけど、ハルくんの意見は違った。


「うん、やっぱりセリちゃんの方が美味しいよ」

「ええー、ウソだー」

「本当だって。最高だよ」


 もう、ハルくんってば私が作った物だと、途端に味オンチになっちゃうんだから。

 でも、とっても嬉しい。


 それから、フォークで刺したブラウニーを「あーん」って食べさせたり。ハルくんからチョコトリュフを食べさせてもらったり。

 ちょっと行儀の悪い食べ方かもしれないけど、それはそれは幸せな時間だった。


「今日はありがとう、僕のためにわざわざ作ってくれて。実はね。去年セリちゃんの手作りを貰えなかったのが、寂しかったんだ」

「そうだったの? なら、言ってくれたらよかったのに」

「ごめんね。もしも作るのが面倒だったら、お願いするのもどうかなって思ってたんだ。そうだ、来年は一緒に作らない? 僕も手伝うから」

「ええー、ハルくんがー?」


 わざと心配そうに返してみたけど、ウソウソ。本当は、すっごく嬉しいよ。


「それじゃあ決まり。来年は……これからはずっと、一緒に作るってことで」

「うん、約束ね」


 笑い合いながら、お互いの右手の小指を絡め合う。


 いつまで経っても新婚……ううん、恋人気分が抜けない私達。だけど、これでいいの。

 だって私は今だって、ハルくんに恋をしているのだから。


 これから先、子供が産まれても。しわしわのおばあちゃんになっても。

 私セリはずっとずっと、ハルくんに恋をしていきます♡



 おしまい♡♡♡

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ずっとあなたに恋してる 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ