中編

「ただいまー」

「ハルくんお帰りー。お仕事お疲れ様」


 夜になって帰宅したハルくんを、玄関まで出迎える。

 私は平然を装っていたけど、本当は今にもニヤけてしまいそうだった。だってチョコを渡した時のハルくんを思い浮かべたら、ワクワクするんだもん。


 ハルくんはご飯の前にお風呂に入って、私はその間に、晩御飯の準備を済ませてしまおう。

 だけどテーブルの用意をしていると、リビングの隅に置かれた彼の鞄が、ふと目に入ってきた。


 いつもはすぐに片付けるのに、置きっぱなしなんて珍しい。

 けどこの時、女の勘が何かを訴えてきた。この中に、何かがあるって。


 いつもと置いてある場所が違うだけなのに、何故か気になって。

 ハルくんはまだ、お風呂に入っている。悪いと思いながらも、こっそり鞄を開けて中を確かめてみた。すると。


「えっ?」


 中に入っていたのは、綺麗にラッピングされた四角形の包み。

 今日が何の日かを考えると、中身が何なのかは見なくてもわかる。ハルくん、会社の子からチョコレートを貰ってたのか。


 むむむ、相手はいったいどんな子なんだろう。可愛い系? それとも、歳上の美人さん?

 ハルくん、いつも指輪はしているから、既婚者だってわかるだろうに。それでも渡してきたってこと?

 もちろん義理、義理だよね? けど、それにしちゃあずいぶんと包みが豪華な気がする。


 ああ、何だかモヤモヤしてきた。

 結婚した後、他の女の人からチョコを受け取るか受け取らないかは人それぞれだけど、ハルくんは後者だったみたい。

 さすがに浮気は疑っていないけど、相手の人はどんな気持ちだったのかな? 


 もうすぐ、ハルくんがお風呂から上がってくる。

 取り出していたチョコレートを鞄に戻すと、そっと元の場所に置いた。


 よ、よーし、見なかったことにしよう。勝手に鞄の中を見たことがバレて、怒られたくないもの。

 ああ、でもあんな高そうなチョコを貰ってきたってなったら、急に手作りのブラウニーをあげるのが恥ずかしくなってきた。


 だって絶対、大した味じゃないんだもん。

 本当に美味しいチョコと食べ比べられて、「やっぱり高級品は違うなー」なんて言われたら、それなりにショックだもん。ガーンってなっちゃうよ、ガーンって。


 いいもんいいもん。ブラウニーは、後で私が、こっそり一人で食べるもん。

 うう、でもやっぱりちょっとへこむなあ。しくしく。


 せっかくのバレンタインなのに、ウジウジとした気持ちを引きずりながら、夕食の準備を再開させるのだった。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「コーヒー、いる?」

「淹れてくれるの、ありがとう。お願いするよ」


 夕飯をたいらげた後、リクエスト通り淹れる、食後のコーヒー。ここから、デザートタイムの始まりだ。


 ハルくんのことだからそろそろ、『そうだ、会社の子にチョコを貰ったんだ。一緒に食べよう』って言ってくるに違いない。

 私が作ったブラウニーの出番がないのが残念だけど、仕方ないよね。向こうの方が絶対に美味しいもの。


「はい、ちょっと濃い目に淹れてあるから」

「うん、ありがとう」


 淹れてきたコーヒーを受け取るハルくん。ちょっと濃い方が、チョコの甘さが引き立つものね。

 さあ、いよいよその、主役のチョコレートの登場だ。


「どうしたの、じっとこっちを見て? 僕の顔に、何かついてる?」

「えっ、ううん。何でもない……」


 おかしい。予想に反して、なかなか鞄からチョコを取り出そうとしない。

 ひょっとして、貰ったことを忘れているのかなあ?


 いや、もしかしたら美味しそうだから、一人占めするつもりなのかも。

 えーん、それはないよー、私だってチョコ好きなのにー!


 ハッ!? それかもしくは、チョコをくれたのが実はメチャクチャタイプの子で、気があるから内緒にしてるって可能性もあるかも!


 もちろんこれは全部私の想像で、証拠なんて一つもない。

 だけど一度考えてしまうと、嫌な想像はどんどん膨れ上がってくる。


 うう、せっかくのバレンタインなのに、どうしてこんな不安な気持ちにならなきゃいけないのー?


 何も気づいていないフリをしようとしても、やっぱり気になってついついハルくんの方を見てしまう。

 そんな私の様子に気づいているのか、ハルくんもコーヒーを口にしながら、チラチラとこっちを見てきている。

 だけどお互い様子を窺うも、彼も私も一言も喋らずに、無言の時間が続いた。


 ハルくんはいったい、何を考えているんだろう?

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