ずっとあなたに恋してる

無月弟(無月蒼)

前編

 好きな人と同じ姓になってから迎える、二度目の冬。

 この日の朝、私はアパートの玄関でスーツ姿のハルくんを送り出していた。


「何だか悪いわね、私だけお休みなんて」

「気にしないで。せっかくの休みなんだから、たまにはゆっくりするといいよ」


 優しくニコッとした笑顔に、私もつられて笑みがこぼれちゃう。

 いつもは二人揃って家を出るんだけど、私は今日は有給でお休み。風邪を引いているわけでもないのにハルくんの出社を見送るなんて、変な感じ。

 すると靴を履き終わったハルくんが、そっと顔を近づけてきた。


「じゃあセリちゃん、行ってくるよ――チュッ」


 頬に触れる柔らかな感触に、思わずにへらーと顔をほころばせちゃう。

 幸せな気持ちになりながら「行ってらっしゃい」と返して、これまたお返しに――チュッ。


 元気の充電完了! 朝の儀式を終えたハルくんは、笑顔で出社していった。


 もう新婚でもないのに、いつまでたってもバカップルだなんて言われることもあるけど、いいもん。

 これが私と、ハルくんのスタイルなんだから。


 玄関からリビングに戻ると、付けっぱなしだったテレビからアナウンサーの声が聞こえてくる。


『……と言うわけで、今年もたくさんのチョコレートを用意しています。気になる人にあげるもよし、自分で食べてもよし。年に一度のバレンタイン、買ってみてはいかがでしょう』


 画面に映っているのは、まるで宝石と見間違うような、色とりどりの綺麗なチョコレートたち。

 そう、今日は2月14日、バレンタインだ。


 そっとテレビから、キッチンへと視線を移す。

 こっそり買い揃えていた、お菓子作りの材料が置いてある、キッチンへと。


 さあ、ハルくんが仕事に行ってる間に、美味しいチョコレートを作ってやるぞー!




 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 それはまだ、私達が結婚する前の頃。

 バレンタインには毎年、ハルくんに手作りのチョコレートをプレゼントするのが定番だった。

 決して上手とは言えないけど、美味しいか美味しくないかって言われたら美味しいという、何とも微妙なクオリティ。そんな私の作ったチョコを、ハルくんは毎年、喜んで食べてくれていた。


 彼いわく、好きな子が作ってくれたという嬉しさで、何倍にも美味しくなるって事だったんだけど、それを聞いた友達はバカップルって呆れてたっけ。


 ただ去年。結婚して初めて迎えたバレンタインでは作らなかったんだよね。その代わり、ちょっと高いレストランで食事をしたの。

 それから、デパートでチョコレートを買って、二人で食べたっけ。

 あれはあれで楽しかったし、チョコレートは間違いなく美味しかったのだけど、実は内心、若干の物足りなさを感じていたのだ。


 チョコを作るのは手間だし、買った方が絶対美味しいのに。

 私が作った不格好なチョコを「美味しいよ、セリちゃん」って言って食べてくれるハルくんの笑顔が、私は好きだった。


 だから今年は、また自分で作ることにしたのだ。

 ちょうど有休を消化しなきゃいけなかったから、バレンタイン当日に休みをとって。ハルくんがお仕事に行っている間にこっそり作って、帰ってきたらサプラーイズ。

 そんな計画を、密かに企てていた。


 作るのは、よくハルくんと一緒に読んでいる料理漫画、『トナリはニャにを食う人ぞ』で紹介されていたブラウニー。

 前に二人で、美味しそうだなって話していたんだよね。

 ふふふ、ハルくん喜んでくれるかなー。


 彼の可愛げのある笑顔を想像しながら、私はキッチンに立った。


 どうか美味しくできますように♡

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