第22話 どこかで。
「三人の過去は、私の想像以上に苦しいものでした。だから、途中で『呪い』を止めようと思ったんです。でも、もう一人の私が、三人の苦しむ様子を楽しそうに見ていて――。 私は『呪い』を止めることが出来なかった」
「どうしてかわかるか?」
林檎は、少し間を置いてから答えた。
「——いいえ」
「『魔』がお前の中に入り込んで、同化したからだ。『魔』は、人間の苦しみや怒りや嫉妬が大好きだからな。でもな、そんな『魔』を呼び込んだのは、お前なんだぞ。お前の心に隙がなければ、こんなことにはならない」
「申し訳ありませんでした! 私は、自分だけがこんなに苦しい思いをしていると、勝手にそう思っていたんです」
「林檎さん、みんなそうですよ。苦しみの中にいる時は、自分のことで精いっぱい。他人が羨ましく思えるものです」
「アスパラさん、ごめんなさい。私、アスパラさんを……」
「大丈夫。私は、この通り!」
アスパラは、首を傾けて明るくウィンクした。
「苦しみを乗り越える時期は、人それぞれだ。林檎は、今がそのタイミングだったんだろうな。一つ忠告しておく。今後は絶対に『呪い』を使うな! お前のその力は、人を救うために授かったんだ。学園一の成績を収めるとか、一族の品位とか、そんなのお前の人生に関係ねぇ。それは、親の身勝手な人生論だ。お前は、お前の人生を生きろ!」
レモンがこんなに熱く語るのを、みかんとアスパラは初めてみた。
「レモンお姉さま、カッコいいです!! みかんは、どこまでも付いていきます♡」
「……付いてこなくていい!」
そう言いながらレモンは、みかんの頬を先程より強く、ぎゅっと掴んだ。
「い、痛いです!」
「あのぅ、レモン様。質問よろしいでしょうか?」
「アスパラ、なんだ?」
「えぇ。あの、学園長のお孫さんっていうのは……」
「あぁ。迷惑な話だが、本当だ。母方の祖母で、真言宗のある寺の住職だったんだ」
「あっ! もしかして、修行の厳しい密教系の?」
「そうだ」
「それでレモンお姉さまは、降伏護摩とかできたんですね」
「なるほど。学園の授業だけでは、あそこまでの護摩祈祷はできないですものね」
アスパラはようやく合点がいったというように、両手をポンと叩いた。
「幼い頃、ばばぁの護摩祈祷を見せられたからなぁ」
「……そんなに凄い加持祈祷ができるのに、どうしてレモンさんのご両親はあんな事に?」
そう言ったのは、林檎だった。
人々の幸せを祈願し、厄災を祓ってきた神社で育った林檎。だからこそ知っている。加持祈祷の力があれば、人は大きな災禍から守られることを。
パプリカ校長の力で、レモンの家族を助けられないはずがないのだ。
「それが私にも分からん。だから、ばばぁを恨んで恨んで、両親が死んだあと一人で生きていこうと誓ったんだ」
「助けたくても、助けてはいけなかったのです」
みかんの一言に、目を見開くレモン。
「……どういうことだ?」
「レモン様。みかんさまは、もしかして?」
「あぁ、なにかと繋がったようだな」
両手で、胸元のドリーム・クリスタルを包み込み目を瞑るみかん。
「人には、避けられないカルマがある。特に、神仏に繋がる役目を担う者は、大きな闇を経験し、そこから這い上がることで多くの者を救済する力を得ることができるのだ。もし、お前の両親を神仏の力で助けていたら、お前はここに居なかったであろう?」
「確かに、私はここに来なかった。多分、普通に学校に行って……」
「そうだ。お前とお前の両親が、この過酷な運命を選んだのだ」
「……私と両親が?」
「小我ではなく、大我で生きることを望んでな」
「大我……」
「そうだ。それと、もう一つ伝えねばならぬことがある。この城は、明日の零時に消える」
「なんですってぇ――!」
「なんと!!」
扉の後ろから、大きな叫び声が聞こえる。
「パプリカ校長、マカロニ先生! いつからそこに?」
「そんなことはどうでもいいわ。校長先生、今すぐこの学園を閉める準備を! 急ぎましょ!!」
「えぇ」
慌てふためいて走り去る二人。レモンは、もう一度みかんを見る。
「どうして、急に城を移動するんだ?」
「……」
「おい、みかん! 答えろ!!」
両目をぱっちり開いたみかんは、不思議そうな顔でレモンを見つめる。
「……レモンお姉さま?」
「⁉」
「レモン様、みかんさんはもう……」
「あぁ。アスパラ、この先の展開を読めるか?」
「ええと、明日の零時に、このお城は移動をするので、それまでに学園を出る準備を整えなくてはなりません。そして、私たちはみんなバラバラになります。お互いの名前も住所も知らないので、余程の縁で結ばれていない限り、もう会うことはないでしょう。それぞれが、それぞれの道を歩む。そういうことですね」
「そうだな」
「えぇー! なんですか、それ? 明日、お城が消える?」
「みかん、お前が言ったんだぞ」
「そんなの知りません! 私は、そんなの嫌です!! レモンお姉さま、アスパラさん、林檎さん、今すぐ、お名前と住所と生年月日を教えて下さい!!」
「林檎、アスパラ! 絶対に言うな!! 名前と住所と生年月日。我々呪術者は、安易に人に教えてはいけない。これは、呪術界のルールだ。みかんも分かっているだろ」
「でも、そうしたら……。 もう、二度と会えないかもしれないじゃないですかぁ」
大泣きするみかんを優しくなだめるアスパラ。
「大丈夫ですよ、会えますよ。なんとなく、そんな気がします」
「本当に?」
「はい。私たちの縁は、きっと過去生から続いていると思いますよ。だから、また会えます。急いで帰省の準備をしましょう。みかんさんは、持って帰る衣装が沢山ありますでしょ。私、お手伝いしますから」
「アシュパラさーん。ありがとうございます♡」
「ほら、鼻水をチンして下さいね」
「はぃ」
みかんはアスパラからティッシュを受け取ると、思いっきり鼻をかんだ。
そんな様子を驚いたように見ている林檎に、レモンは声をかけた。
「私ら三人、優秀でもなんでもないぞ。凸凹だから、ハマってたんだ」
「……羨ましいです、そんな関係が」
「そういうもんなのか?」
「そういうもんです」
そう言うと林檎は、身なりを整え三人の前に立ち、深くお辞儀した。
「この度は、皆さまにご迷惑をお掛けして、本当に申し訳ありませんでした。そして、ありがとうございました。外の世界でも、皆さまとお会いできることを願っております」
「うん。私、全国の神社巡りします。だから、きっと会えると思う!!」
「みかんさん……」
「私も。一番好きなのは教会ですが、神社巡りも好きです」
「アスパラさん……」
「私は……お祓い関係の案件でお前と繋がりそうな気がしてる。ちゃんと祓える神社と寺って、どっかで繋がるんだよなぁ。その時は、宜しく頼むよ」
「はい! レモンさん。では皆さま、これで失礼します」
「よし。私たちも、これで解散!!」
こうして、この学園は終わりを告げた。
古城出現には、時間軸も次元軸もない。過去へも飛べば、未来にも飛ぶ。三次元以上であれば、どこにでも行ける建造物だ。
今、どこの世界に存在するかは、城のみぞ知る。
完
コスプレ少女、魔女になる! 月猫 @tukitohositoneko
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