第21話 学園長の孫
意識を取り戻したレモンとアスパラの目に映ったのは、みかんの心配そうな顔だった。
「大丈夫ですか?」
「あぁ」
「はい。何とか……」
二人は、頭を振って混濁している思考を整理しようとした。
「なぜ、呪いが結界の中に?」
困惑しているレモンに、みかんが恐る恐る白い紙で作られた人型の紙を差し出す。
「形代じゃないか! どうしてこんな物が!!」
「え~とぅ。あのぅ。私の背中の袈裟の中にありました……」
「はぁ~~~~⁉」
「えっ? えっ? えっ? ということは、呪いをかけた人間は学園の中にいるということですか?」
「はい……。 多分、林檎さんです」
「林檎が……? なぜ?」
「わかりません」
みかんは形代を握りしめた。
どうして、林檎が自分たちに呪いをかけたのか、その真意はわからない。ただ、憎しみよりも悲しみを強く感じたことは確かだった。
「みかん、どうやって『呪い』を返した?」
「あのぅ。咄嗟だったのと、お不動様の降伏法はわからなかったので、ドリーム・クリスタルで浄化して……」
「なるほどな。でも、それで良かったよ。降伏法は、一歩間違えると相手の命を奪ってしまう危険なものだからな。まぁ、浄化したとはいえ、林檎は暫く気を失って動けないだろう。今は、学園にかかった呪いを解く方が先決だ。降伏護摩のやり直しだ!」
「はい!」
再度、祭壇に護摩木がくべられた。
熱く燃え盛る炎の前で、全身全霊願いを込める。
二回目の護摩祈祷は、難なく終わった。
それほど強い『呪い』は来なかったようだ。
もしくは、学園の先生方に調整されていた可能性もある。
三人は護摩堂での祈祷が終わると、急いで林檎のいる祭殿へと向かった。
この学園は、外観はヨーロッパの古城だが、各国の宗教施設が設備されている。これだけごちゃ混ぜだと、神や天使や仏で争いでも起きるんじゃないかと思うが、そうはならないらしい。どうやって、均衡を保っているのか分からないが、本物の高次元の存在たちは『争い』が嫌いなので、仲良く協力できるのだろうと解釈されていた。
林檎は小さな祭殿の中で、気を失っていた。
「林檎さん!」
みかんの呼びかけに、唇が微かに動く。ゆっくり目を開けると、大きな瞳からとめどなく涙が流れた。
「ご、めんなさい。ごめんなさい」
林檎は、三人に泣きじゃくりながら謝り続けた。
「林檎さん、もう謝らなくて大丈夫ですよ。私も、レモン様も、みかんさんもこの通りピンピンしていますから」
アスパラが林檎の背中を摩りながら、優しく声をかける。
「そうですよ! 私たち、頑丈ですからね。ねっ、レモンお姉さま」
この様子を、遠巻きに見ていたレモンが口を開いた。
「林檎。私は、この二人のように甘くはない。どうして、こんな事をした?」
林檎の前で、腕を組み仁王立ちするレモン。
アスパラはハラハラし、みかんは『落ち着いて!』とジェスチャーしている。
「いいか、お前の『呪い』で、私たち三人は死にかけたんだぞ! アスパラとみかんは肉体死・私は精神死だ!!」
「ごめんなさい!!! 私、私、三人が羨ましくて、妬ましかったんです。レモンさんは優秀で、その上学園長のお孫さんだし……」
「えぇ——!! レモンお姉さまって、学園長のお孫さんだったの?全然、知らなかった。アスパラ様は、知っていたのですか?」
「いいえ、初耳です」
驚いている二人の様子をみて、林檎が呟くように言う。
「そう……。そうだったんだ。学園長の孫だから、レモンさんと仲良くしていた訳じゃなかったんだ。私ったら、勝手に……」
「なるほど。学園長の孫の私に、この二人が取り入っていると思った訳か。くだらない。それだけが理由か?」
「——いいえ。うちの親、とっても厳しくて、『この成績はなんだ! いつになったらこの学園で一位を取れるんだ! レモンさんを追い越せるんだ!! お前は、私たちに恥をかかせるのか!!』って……」
「親によるプレッシャーか。幼い頃から、そうやって育てられて来たのか?」
「はい。由緒ある神社の子として、立派な振る舞いをするように。立派な成績を取るように。いつも、そう言われてきました」
「毒親かぁ」
「レモンお姉さま、その言い方は間違いです。ちょっと過剰な痛い親の愛です!」
みかんが頬を膨らましている。
「言い方が違うだけで、同じような意味だろ」
レモンが、膨らんだ頬を右手の指でぎゅっと掴む。
「ふぁ。や、やめて ふださい」
レモンは、少しふざけながらも冷静な目で、林檎を見る。
「なぁ、林檎。この学園に来る者たちは、全員苦しみを抱えている。魔術を身につける者たちは精神的にも強くなければならないから、どうしても一般の人間よりキツイ運命を与えられるんだ。それは、お前も分かっていたよな?」
「はい。でも、いつも明るい三人をみていて……」
「幸せな人生を歩んできたと思ったのか?」
「いいえ。ただ、そんなに辛い過去を歩んでいないと思い込んでしまいました。私より、気楽に生きてきていると……」
自分の浅はかな考えを恥じるように目を伏せる林檎。
「で、私たちの過去を見て、どう思った?」
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