第17話 いじめ⑰

「あの、先生……話って?」

「実はキミに用があってね。久々に二人っきりで話したいと思ったんだけど、ダメかな?」

「え? も、もちろんダメじゃないです! でも、学校で二人っきりになるのいつも絶対ダメって言ってたのに」

「あぁ、そのことも含めて話があってね」


 SNSを利用して笹島を放課後呼び出したアズマ。

 野地が他校に出向いて不在なのを利用して、見事な変身で野地に成り代わっていた。

 事前の調べでは野地は普段笹島には用事があるときにしか連絡しないらしく、いつも誰にも見つからないように車の中で会うことが多いため、こうして学校で呼び出したのは初めてらしい。

 それでも笹島は滅多にされない呼び出しだからか照れた様子でしきりに顔や身体を触りながらソワソワしていた。

 本当に野地のことが好きなのだろう、彼女から溢れ出すオーラからもそれが如実に現れている。


「それで、先日の東雲さんとの一件だけど」

「私、頑張ったんですよ! だいぶ拡散できたと思います!! 今日もクラス中その話題で持ちきりだったし、これで彼女もさすがに登校しなくなると思います」

「……そう」


 優等生然とした見た目なのに、出てくる言葉はそれとは正反対の悪意だらけだった。

 口から漏れ出すヘドロのような言葉を見つめながら彼女が話すのを聞いていると、笹島はだんだんと距離を詰めてくる。


「どうかした?」

「先生、今日はお口でしますか? それとも手で? あぁ、ちゃんといつも言われているようにゴムも持ってきました。それに、今日なら安全日ですから生でも大丈夫ですよ?」


 うっとりするような眼差しで中学生らしからぬ言葉を次々に吐き出す笹島。

 曇りない瞳で真っ直ぐに言ってのける彼女に、野地が普段どのように接しているのかが察せられる。

 本当に下衆だな、と内心忌々しげに悪態をつきながらアズマは顔には出さずににっこりと微笑むと、笹島を抱き締めた。


「先生……」


 唇を重ねようと、背伸びする彼女。

 なんともいじらしい。

 だからこそ、アズマはその想いを利用することにした。


「残念ながら、もうキミはいらないんだ」

「…………は?」


 耳元で吐息混じりに囁くと、理解するまでに時間がかかった様子だった。

 びっくりした形相でフリーズしたあと、彼女は先程の言葉を理解したのかガバリと身体を離すと、眦を吊り上げてアズマに掴みかかってくる。


「先生、どういうことですか!? 私、ちゃんと先生に言われた通りに頑張ったのに!!」

「頑張ったことは認めます。ですが、彼女はまだ学校に来ている」

「そ、れは……! でも、今だって私がこうして拡散したから避けられて遠巻きにされてるじゃないですか!!」

「それでも彼女が登校している事実は変えられないのでは? 言ったよね、彼女に登校させないようにしてって」

「それは! でも! だからって急に私がいらないだなんて……っ。先生、私が卒業したら付き合ってくれるって! そして結婚してくれるって言ってたじゃないですか!! 奥さんとも別れるし、子どもだっていらないって!! あれは嘘だったんですか!? それなのに私とセックスしたって言うんですか!??」

「あぁ、そうだよ」


 残酷に吐き捨てるように言い放つと、絶望したかのようにクシャッと顔を歪めたあと、表情をなくす笹島。

 野地のことを信じていたのだろう。

 だからこそ、沸々と怒りのオーラが沸き上がっているのが見てとれた。


「私を、騙したんですね……?」

「考えてもみなよ。僕は大人でキミは子ども。それに家庭を持っている僕がそう簡単に離婚すると思うかい? まだ娘は小さいし、妻は同業者。しかも妻の父親は教育委員会の委員だ。もし僕が妻と別れて早々に教え子であるキミと結婚したらどうなるかなんて、聡いキミならわかるだろう?」

「全部デタラメだったんですか……」

「夢を見せてあげてたのさ。家庭で父親には性的虐待を受けて、母親から精神的虐待を受けて居場所がないキミには最高の夢だっただろ? 非現実的に担任教師から愛されて、普通なら経験できないこともたくさんさせてあげた。いい思い出じゃないか。夢はいつか醒めるもの。そうだろう?」


 笹島が今にも暴走しそうなほどオーラを歪ませているのがわかり、アズマは内心ほくそ笑む。

 きっとここまで煽れば、その怒りや憎しみが向かうのは桜にではなく野地だ。

 だからこそ、容赦なく笹島の怒りを煽った。


「そんなこと、思ってたんですか」

「そりゃそうさ。甘いことを囁けば言うことも聞くし、若い身体も食べられる。教師はいい仕事だよな、キミみたいなバカな子を食いたい放題だ。でも、もうキミは用済み。使えないものはいらないからね」

「話は、それだけですか?」

「あぁ、それだけだよ。……最後の思い出に抱こうか? 今日は生でいいんだったっけ?」

「結構です。失礼します」


 笹島が怒りを隠せない表情のまま教室を飛び出す。

 その背を見送って、アズマはにんまりと微笑んだ。


「さて、下地は揃った。明日は野地の地獄パーティーだ」


 アズマは一体どんな魂ができるのかと期待に胸を膨らませながら、舌舐めずりをするのであった。

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無双代行人アズマ 鳥柄ささみ @sasami8816

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