第5話 Father

「デカい家だなぁ」

 受け渡し場所に指定されたのは、セレティアの郊外に位置する大きな屋敷であった。ここからが、本番だと気合を入れ直すグリーズ。

「どうぞ」

 ベルを鳴らすとメイドさんが中に通してくれた。待合室でソワソワするようなアンティーク調のイスに座り待っていると、外から車の音が聞こえてくる。その音はちょうどこの屋敷の前で止まった。これが四回ほど続けて、やっと静寂が訪れる。

 その後すぐに、さっきのメイドさんが迎えに来てくれた。


「立派な大広間だこと」

 マローナですら、半口開けるほどの豪勢さを誇る屋敷。20人程度座れるような大きなダイニングテーブルに座る一同。

 キョロキョロしていると、二人の女性が入ってきた。先頭を歩くのは、ブロンドのロングヘアーをしていて、タイトなドレスの上にファーの付いた上着を羽織っている妖艶な女性だった。彼女のドレスには両脇腹のにスリットが入っていて、そこから大蛇の姿が見える。

「レプちゃん!」

 大人しく座っていたローザが飛び出す。そんなローザに対して、レプちゃんと呼ばれた女性はローザの背丈に合わせてかがみ、思い切り抱きしめた。

「久しぶり、ローザ。また大きくなって」

「レプちゃんのお胸も、相変わらず大きいね」

「そういうことは言わないの。マローナ、今回もありがとう。怪我はなかった?」

「はい、この通りピンピンしてます」

 ロッソは肘でちょっかいを出しながら、グリーズに話しかける。

「羨ましいなぁ。子供に戻りたいぜ」

「やめとけ、あの人がレプティル・。張本人だ」

「そりゃ、ヤバいわ」

 出された紅茶を飲みながら、十分ほどレプティル側と談笑した。レプティルによると、ヴェンデッティ・ファミリーはほとんど異母兄弟であるため、ローザとレプティルも例外ではなく異母姉妹らしい。何も知らなかったロッソとしては、ローザが本当にボスの娘であることにとても驚いていた。


 そんな中、屋敷の奥から一人の老人がやってきた。この老人こそがファミリーのボスである、フィーロ・ヴェンデッティなのだ。一同は立ち上がり、かしこまる。

「楽にしてくれ。もうそろそろ、他の子たちも来るだろう」

「父さん、久しぶり」

「久しぶりだな。レプはいつも早く来てくれる。綺麗で良い子に育ったな」

 レプティルを近くに呼び、ギュっと抱きしめるフィーロ。その後も仲睦まじく話す光景は、裏社会を牛耳るマフィアの一幕に見えないほどである。

「あの子がローザか。おいで」

「誰? あのお爺さん?」

「お爺さんか。こりゃ参ったな、ハハハ。じゃあ、後でゆっくり話そう」

 そう言うとフィーロは手招きで、グリーズを呼んだ。グリーズは少しビクリとしながら、フィーロに歩み寄る。すると、フィーロは護衛の男を一人と共に、奥の部屋にグリーズを連れていった。



「さて、だ。まずは自己紹介からだね」

「はい。私はグリーズ・スパーダです。19歳です。よろしくお願いします」

「私は知っての通り、フィーロ・ヴェンデッティだ。堅苦しいのはそれくらいにしようか」

 フィーロは物腰柔らかに話を進めていく。世間話を交えたフィーロの話に、グリーズも緊張が少しばかり落ち着いてきていた。そんな矢先、

「誰にも言っていないのだが、私はもうすぐ。それで、君に

「えっ。何を言っているんですか? 私にそんなこと出来ませんよ!」

(ボスに接触出来たのはいいが、どういうことだ? 会って間もない奴にボスの座を譲るとは。まさか俺を試している?)


 動揺するグリーズよそにフィーロは続ける。その目は全てを見通しているような鋭さがあった。

「信頼してもいない者へ言うセリフではないとでも思っているのだろう。それに関しては安心してくれ。君の情報はあらかじめ仕入れてあるからね」

「はぁ」

(コイツはどこまで知っている?)

 脂汗が滲み、警戒をあらわにするグリーズ。フィーロはメモ帳を手に取り、

「何を知ってるかというと、“君の目的はファミリーを牛耳ることではないということ”や“君の内通者トモダチもこのファミリーにいるということ”、“スケイレを殺したのが君だってこと”などだ」

(マズい)

 全てが筒抜けだと悟り、グリーズは剣を構えようとするが、警護が拳銃を額に突きつける。どうすることも出来ず、グリーズは構えを解かざるを得ない。


「まぁ、落ち着け。スケイレの件は、ゆくゆく手を下そうと思っていたのだ。スケイレは良いやつではあるが、情や義理に弱すぎるのでね。だから安心しなさい。私はそういう君のを高く評価している。だから、君も素の自分で話してくれないかね」

「わかった。俺を評価してくれたことには感謝する。だがな、俺は必要がなくなれば、このファミリーを捨てることすらいとわないぞ。それでも良いのか?」


 フィーロは大笑いし、タバコに火を付けた。

「構わないさ。君以外、例えば私の子供たちが継ぐとしたら、君が捨てる前にファミリーは滅びる」

 部屋の外から、大勢の人たちの足音が聞こえてくる。

「皆が着き始めたか。それでは端的にまとめよう。君はこのボスの座を継いでくれるかな?」

(俺の復讐には、どのみちファミリーの力が必要になる。ここは受け入れるべきだ)

「ああ、わかった。だが、俺は何をすれば良い?」

「私はこれからも生きている前提で、ファミリーは進んでいく。つまり、私の死を知っているのは、グリーズと警護のG.スミスだけなのだから、君は今まで通りの立ち回りをして、私の死だけを隠しておいてくれれば良いのだよ。詳しいことはスミスが適宜教えてくれるから、心配することはない」

「なるほど」

「最後にひとつだけ。ファミリーを長続きさせる気があるのなら、手紙を読まずに食べるヤギのように一般人の意見を突っぱねることだけはするな。それを肝に据えておきなさい」

 そう言い残して、フィーロは部屋を出て行った。グリーズはその後、そそくさと大広間へ戻る。



「何を話してたんだよ?」

「言えるわけないだろう」

「そうよ、秘密しておくべきよ」

 ヴェンデッティ・ファミリー総出で開かれた食事会では、レプティルを始め、ヴェンデッティ兄弟の姿が確認できる。


 長男のパラッツォは、きっちりとしたスーツにワックスで綺麗に固められた髪型をしていて、テーブルマナーなどもしっかりしている清潔感のある真面目そうな男だった。統括する地域は、西地域である。


 次男のエアストは、とても静かな男であったが、目元まで伸びた前髪の間からは鋭い眼光が見え、ローザは終始怯えているほどだ。どうやら、ファミリーの後始末を統括しているらしい。統括地域は、東地域である。


 長女のレプティルは、二人の兄と違いユーモアがあり、各兄弟の幹部とも話に花を咲かしている。彼女がグリーズたちの上司にあたり、ローザの面倒もみるようである。統括地域はグリーズと同じ、南地域。


 三男のルカンは、まだ16歳で言動からも若さゆえの無邪気さや強引さが感じられ、グリーズ的には苦手タイプであった。レプティルとはとても仲が良く、マローナやロッソとも親しそうだ。彼はフィーロが統括していた北地域を持っている。



 この食事会の1週間後、G.スミスからボスの事実訃報を告げる無言電話が鳴った。また、グリーズはスケイレの死によって空いた地区長に着くことになった。あくまで形式的なものであるのだが。この電話の日から、グリーズは本格的にボスの仕事を行うようになっていく。



<次回予告> byレプティル

こんにちは。

結局、出番が少なかったレプティルです。

次回から二章が始まるんですって、もうちょっと出れるように頑張りたいわね。

じゃあ、ローザと遊んでくるから失礼するわ。


次回もどうぞよろしく!

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薄汚れたペーパータウンの山羊たち 拙井松明 @Kazama74Tsutanai

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