最終話「今も昔もヒーロー」
「仮死する薬?」
ベッドに拘束された朝凪は不思議そうに俺の顔を見上げてくる。
身動きが取れないはずなのに、焦りの表情がないのは何かをされるとは思っていないからだろう。
一応、こいつからの信用は得ているようだ。
「あぁ、仮死状態に持っていける特殊な薬がある。もしかしたらそれにより制御ができるようになるかもしれない」
「なるほどね……。うまくいく確率は?」
「五分だ」
「やってみないとわからないってことかぁ」
朝凪の言葉に俺は頷く。
実際試すのが初めてなのだからやってみないことにはわからない。
俺や朝凪のような存在はいることさえ稀なのだからな。
実験体になれるような人材がそもそもいないのだ。
「うん、わかった。お願いするよ」
「随分とあっさりと頷くんだな」
「君が言うならやってみる価値はあるだろうからね。失敗したらそれはそれだよ。別に死ぬわけじゃないんでしょ?」
「あぁ、そうだな。それと、妹のことはこの組織で預かるってことでいいんだな?」
「うん、帰るところなんてないからね」
帰るところはない――つまり、もう両親はこの世にいないのだろう。
朝凪の表情からは容易にそれが読み取れた。
「室長には話をつけておく。お前は安心して眠れ」
「わかった」
朝凪は再度頷くと、ゆっくりと口を開く。
俺はその口に持っている薬を入れ、優しく水を流し込んだ。
そして、ゆっくりと朝凪は目を閉じていく。
本当なら朝凪を仮死状態にする前に、宿敵たる組織を壊滅しに行きたかった。
しかし今の朝凪は緊張が途切れてしまっている。
きっと妹の無事を確保できたから安心してしまったのだろう。
だが、そのせいにより今まで溜め込んでいた疲労が目に見えてわかるようになってしまった。
この状態の彼女を連れて行っても足手まといにしかならない。
だから一旦寝かせることにし、彼女を苦しめる苦悩を取り除くことにしたのだ。
俺は朝凪が動かなくなった事を確認し、傍にいた塩宮さんを見る。
塩宮さんはコクリと頷くと、俺に行っていいと言ってくれた。
そのため俺は後のことは塩宮さんに任せ、この世で一番大切な女の子の元へと向かうのだった。
◆
「――んっ……」
朝日が昇り始めた頃、俺の膝を枕にしながらベンチの上で眠る穂乃香の目が、ゆっくりと開き始めた。
「おはよう、穂乃香」
「はーちゃん……おはよう……」
穂乃香は眠たそうに目を半開きにしたまま、俺のお腹へと顔を押し付けてくる。
寝ぼけているのに甘えん坊なのは変わらないようだ。
俺は優しく穂乃香の頭を撫でる。
すると、穂乃香は気持ち良さそうに頬を緩ませた。
「よく眠れた?」
「んっ……いっぱい寝た……」
「そっか」
睡眠薬でたっぷりと眠っていたのだから、それも当然なんだけどな。
「でも……どうしてはーちゃんと……一緒に寝てるの……? 一緒に寝たかな……?」
一緒に寝てるんじゃなく俺が膝を貸しているだけなのだけど、そんなのは些細な違いだろう。
穂乃香は寝起きに俺と一緒にいることを疑問に思っている。
「忘れちゃったのか? 昨日一緒に遊んで、穂乃香が帰りたくないというからこうして公園で話をしていたんじゃないか」
「あれ……? そうかな……? んっ……そうだった気がする……」
マイペースな穂乃香は簡単に俺の言うことを信じてしまう。
実を言うと、穂乃香の記憶は昨日の夕方頃からないんだ。
朝凪に聞いたところ、あいつは穂乃香を待ち伏せしてバッチリと会話をしてしまっている。
その記憶があるのは困るので、仕方なく装置を使って記憶を消させてもらったのだ。
穂乃香にその装置を使うのは二度目で、一度目は小学生の時に巻き込まれた事件のことを消している。
だから穂乃香は俺の力のこととかを知らないのだ。
「夢で……」
頭を撫でていると、穂乃香がゆっくりと小さな声で呟いた。
そして、ジッと俺の顔を見上げてくる。
「ん?」
「夢の中でね……はーちゃんが……凄くかっこよかった……。穂乃香のために……一生懸命戦ってくれてたの……」
穂乃香はそう言って、嬉しそうに頬を緩ませる。
まさか、記憶が残っている?
いや、そもそも穂乃香は目を覚ましていなかったはず。
俺たちの戦っている声が聞こえてしまい、深層意識へと残ってしまったのだろうか?
穂乃香のありえない発言に俺は内心戸惑ってしまった。
だけど、すぐに考えを改める。
まぁだが、どうやら穂乃香は夢だと思っているらしい。
それも当然だ。
俺たちが行っていたことなど普通はありえない。
夢だと思ったほうが現実的だろうからな。
「はは、それは凄いな。でも残念なことに俺はそんなふうに戦えないよ。普通の高校生だからな」
穂乃香が夢だと勘違いしていることをいいことに、俺は笑って誤魔化すことにした。
それに対し、目がちゃんと開き始めた穂乃香の手が俺の頬に当てられる。
「穂乃香?」
「はーちゃんは戦えなくても、いつも穂乃香のことを見守ってくれてる。それに、はーちゃんは何もしてなくてもかっこいい。だからこれは夢でいいよ」
ツゥ――と冷や汗が俺の背中を流れる。
この発言、本当に言葉の意味通りなのだろうか?
もしかして気付いて――いや、気付いているからこそ、こんなふうに言ってきているようにも取れてしまうのは俺だけだろうか?
俺はジッと穂乃香の顔を見つめる。
すると、穂乃香はとても嬉しそうに――そして、優しい笑みを浮かべた。
「はーちゃんは、穂乃香のヒーロー。それは今も昔も変わらない」
穂乃香はそう言うと、ゆっくりと目を閉じて唇を小さくこちらに差し出す。
それが何を意味するのか、それを理解するまでもなく俺の体は勝手に動いてしまっていた。
「――えへへ」
キスを終えると、穂乃香は照れ臭そうに笑みを浮かべる。
その表情がかわいくて仕方がなかった。
同時に、体の内側から沸騰しそうなほどに熱い物が込み上がってくる。
きっと今の俺は顔が真っ赤になってしまっているだろう。
だけど、問題はない。
なんせ、目の前にいる穂乃香も顔が真っ赤なのだから。
俺たちはその後、何度も何度もキスを繰り返した。
初めてだったのに、そんな余韻に浸るよりももっとしたいという欲望が勝ったのだ。
どうやら穂乃香の記憶は昔の物でさえ残っているようだけど、彼女はそれを口にしない。
となれば、今はもう様子見でいいのではないかと思う俺だった。
◆エピローグ◆
それから数ヵ月、制御することに成功した朝凪と共に俺は宿敵たる組織を追い、見事に根絶やしにすることに成功した。
奴らが失敗体と呼ぶ者たちも多く俺たちの前に立ちふさがったが、俺と朝凪の相性の良さから大して苦戦をすることはなかった。
接近戦を得意とする朝凪が突っ込み、俺が銃で彼女をサポートする形だ。
しかし、室長たちはやっと俺に相方ができたと喜んでいたが、朝凪の本領は戦闘よりも工作や調査のほうだった。
彼女のおかげでより効率的に調査が勧められるようになったし、組織のメンバーの技術も格段に進化した。
朝凪はあっという間に組織で欠かせない存在にまで上りつめたのだ。
そしてもう一つ、朝凪の証言により、過激派の一部が宿敵たる組織と繋がっていたことが判明。
朝凪が政府管理下のアプリに偽情報で登録できていたことから疑問に思っていたが、完全に黒だったようだ。
そのことが白日の下にさらされたことにより、失態から過激派は発言力を失い、今後は室長が所属する穏便派が主体的に政治を進めていくらしい。
きっとこれからは俺たちの役目もなくなっていくことだろう。
柊斗の件に関しては朝凪がもう戻れない以上後腐れなくまとめることは不可能だった。
朝凪のことを記憶から消そうとすれば長期間の記憶欠如になってしまうし、周りの人間は柊斗に彼女がいたことを知っている。
だから、朝凪は外国に行くことになったと柊斗に告げ、別れを切り出したのだ。
連絡が取れなかったのも、別れが辛かったからということにしてもらった。
さすがに柊斗は別れたくないと中々退かなかったが、朝凪が撤回するはずもなく、最終的には納得してくれた。
きっと深い傷を負ってしまっただろうが、傷はいつか癒える物。
あのまま朝凪が姿をくらましていたほうが柊斗は前に進めなかっただろう。
今後は柊斗のリカバリーにも俺は尽力するつもりだ。
ただ、朝凪の妹が俺のクラスに転校してきたので、そちらでどうにかうまくいってくれないかな、とは期待していたり。
朝凪が変装していたことから顔は全然似ていないのだけれど、朝凪の妹は間違いなく美少女だ。
柊斗の好みなのは間違いないし、本当にくっついてくれればいいのだが――それは、難しいかもしれない。
「何を考えているのですか、葉月さん?」
俺が頬杖をつきながら考え事をしていると、
とても親しげで、人懐っこい笑みを浮かべて俺の顔を見つめている。
実を言うと、組織に引き取られた朝凪の妹はそのまま組織の一員となった。
そして今は技術習得に励む毎日。
その中でなぜか俺は彼女の面倒見係にされていた。
そのせいか、気が付けばいつの間にか懐かれていたのだ。
「むぅ……! はーちゃんから離れて……!」
そんなふうにしていると、やきもちを焼いた穂乃香が朝凪の妹を俺の傍から離れさせようと引っ張り始める。
転校初日から親しげに俺に接する朝凪の妹を見て、何か危機感を抱いたらしい。
俺がいくら穂乃香のことを裏切らないと伝えても、本人は納得してくれないようだった。
純恋ちゃんの時もそうだったけれど、穂乃香はやきもち焼きらしい。
そしてそんな穂乃香からひょいっと抜け出した朝凪の妹は、何事もなかったかのように俺の傍へと立つ。
それにより、クラス内から俺への批判の目がかなり強まった。
朝凪の妹が転校してきてからずっとこんな感じだ。
しかしあの朝凪の妹だけあって彼女の才能も凄く、組織が寄せる期待も大きい。
だから俺も彼女を突き放すわけにはいかなかった。
父親は違うらしいからその才能は母親から引き継いでいるのか、それとも彼女の努力のたまものかはわからない。
彼女が陰ながら物凄く努力をしていることを俺は知っている。
それもあって、邪険には扱えないのだ。
だけど――。
「はーちゃん……! はーちゃんはどっちの味方……!?」
穂乃香がこの様子なので、できるだけ早く手を打たないといけないだろうな……。
――俺が組織に所属した目的は果たすことができた。
しかし、俺は自分の大切な人たちを守るためにこれからも組織には所属し続けるつもりだ。
誰にも褒められなくても、大切な人さえ守れればそれでいいと俺は考えている。
きっとこれからも裏での俺の戦いは続くだろう。
だけど何も悲観はしていない。
なんせ、俺には癒しをくれる彼女と、共に鬱憤を晴らせる友達が今はいるのだから。
俺はグイグイと服を引っ張って抗議をしてくる穂乃香と、余裕の表情で俺に話し掛けてくる朝凪の妹、それに物凄く物言いたげな目をして俺たちを見つめる柊斗に囲まれながら、自然と笑みを浮かべてしまうのだった。
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