第27話「新たな仲間」

「ふぅ、終わったねぇ」


 まるで今まで一緒に戦ってきて、修羅場を乗り越えた仲間に接するかのように朝凪は俺に笑顔を向けてくる。

 こいつの図太い神経はいったいどうなっているのかと問い詰めたい気分だ。


「利害の一致とそちらの事情を察したから協力はしたが、穂乃香を巻き込んだことは許してないからな?」

「ふふ、わかってるよ。それでも、妹を助けられた安堵が強いの。ありがとうね」


「……別に礼を言われることじゃない」

「あっ、今照れた? 照れたよね?」

「誰も照れてない」


 なんなんだ、こいつ。

 思わずそう言いたくなるが、今までがんじがらめのように縛り付けられていたようだし、今は開放感で浮かれているのかもしれない。


「それにしても、君は意外とお人よしだね? 私が騙して本当に麻酔薬を打ってたらどうしてたの?」

「問題はない。そうなったらお前ごと潰しただけだ」


 そう言って、俺は自分の頬を指で押さえる。

 これだけでこの女には伝わるだろう。


「もしかして、口の中に解毒剤を隠してるの?」

「そういうことだ」

「うわぁ、やっぱり敵に回さなくてよかった」


 バチバチにやりあっておいて今更どの口が言うのだろうか?

 本当に何を考えているのか読めない奴だ。


「まぁしかし、いきなり音響爆弾を使うとは思わなかったぞ」

「いいじゃん、うまくいったんだから。普通に私が倒したとしたら怪しまれるに決まってるでしょ?」

「そうかもしれないが、俺が自分の脳機能の低下をできなければどうしたつもりだったんだ?」

「そしたら組む相手を間違えたって割り切るしかなかったかもね。でも私はできると思っていたよ。だって、日常生活で苦しんでいる様子は何一つなかったし、一緒に遊んだ時とか、周りに対する反応が普通の人間とさほど変わらなかったもん」


 これだけ観察をされていながら、彼女に観察されていることに気が付かなかった俺はとんだまぬけ者だな。

 しかし、やはりわかっていたというわけか。

 それでもその情報を漏らさなかったのだから、この女は抜け目がない。

 やはり組んで正解だったか。


 俺が朝凪の言葉に乗ることにしたのには当然理由がある。


 一つ目は、毒などを塗っていないナイフで攻撃してき、すぐにそれを捨てたこと。

 これは俺がナイフを手に入れられるようにし、接近戦を挑むようにしたかったという考えなのだろう。

 そうまでして、他の者には聞かれないように話をしたかったということが考えられた。


 二つ目は、異様なまでに戦いを楽しむように見せ、有効打にならない接近戦にこだわり続けたこと。

 こちらも他の奴等に聞かれないよう、俺と至近距離で話したかったからだ。

 つまり、そこまでしないといけない理由があるんだと理解できる。


 そして三つ目は、穂乃香を利用しなかったこと。

 俺と穂乃香の関係性を知っていて、仲の良さを間近で見ていたのなら、どれほどの理由があろうと穂乃香を人質にとる以上俺は言うことを聞くと予想できただろう。

 それなのに朝凪は戦いを挑んできて、しかも一度も穂乃香を利用しなかった。


 大方他の奴等には念の為動けないくらいにはしておいたほうがいいと説得したのだろうけれど、本当の狙いは穂乃香を傷つけたくなかったからだと今ならわかる。

 その理由が穂乃香を友達として大切に思っていたからか、それとも穂乃香を傷付ければ俺が怒ると思っていたからかは知らない。

 ただ、穂乃香を傷つけなかったことにより俺の敵ではないという判断材料にした。


 他にも色々とあった違和感は、彼女が何かを俺に伝えようとしているんだと考えると不思議と腑に落ちたのだ。

 だから協力をした。

 結果大正解だったわけだ。

 それならば問題は何もない。


「ねぇ、どうやってその方法を身に着けたの? できるなら教えてほしい」

「自分は制御出来なくて苦しんでいるからか?」

「気付いていたの?」

「いや、想像に難くなかっただけだ。お前の演技力は凄くて本気で観察していてもわからなかった」


 朝凪の解放状態は常に80パーセント。

 それはいつもの戦闘で俺が最大で解放するパーセントだ。

 だからその状態がどんなものかをよく理解している。

 上がりすぎた聴力は雑音を拾って苦しませ、見えすぎる目は半端ない疲労感を与える。

 それに強化されるのは視力や聴力だけでなく、五感全てだ。

 女であるこいつは俺よりも苦労していたかもしれない。


「私は元々変装や演技力、それに工作の技術を買われていたスパイだったからね。得意なんだよ、そういうのは」

「なるほどな。教えてもいいが、一つ条件がある」

「何?」

「うちの組織に入れ」


 俺の言葉を聞き、目を見開く朝凪。

 正気か?

 とでも聞きたそうな表情だ。


「正気なの?」


 いや、実際に聞いてきたか。


「冗談でこんなことは言わない」

「だって私、たくさん裏切ってきたんだよ? 今だって敵だったとはいえ、組織を裏切った。それに……私は以前組織に正体をバレたことがあって、妹を人質に取られた。その際に、私は組織と妹を天秤にかけて妹をとったの。おかげで私がいた組織は壊滅させられた。そんな私を本当に入れたいの?」


 おそらくその時に今のような人間離れした力を身に着けさせられたのだろうが、必要のない情報として朝凪は口にしない。

 こちらとしてもわざわざ聞くことではないのでスルーする。


「二言はない。お前を入れるメリット、ここでお前を逃がすデメリットを考えると当然の判断だ」


 朝凪の工作員としての技術はトップクラス。

 それを抜きにしたとしても、戦闘員としても一級品だ。

 この女を入れることは確実に組織にとってプラスになり――そして、ここで入れなければ俺のことを知っている人間として今後の立ち回りに警戒しなければならない。

 要はここでこの女を入れる選択肢以外はないわけだ。


「とんだお人好ね……」

「何を勘違いしているのかは知らないが、今言ったのが事実だ。その代わり、お前の妹とお前の身の安全は保障する」

「こういうのがツンデレっていうのかな?」


 俺の言葉を聞き、おかしそうに笑い出す朝凪。

 誰がツンデレだ。


「返事は?」

「うん、いいよ。私にとってメリットはあってもデメリットはないからね。それに、そんなことで教えてもらえるのなら有難い」


 朝凪が頷いたことを確認し、俺は自分の秘密を朝凪に教えることにした。

 小学生の時に穂乃香を連れて両親と旅行していたところに、突如現れた殺人鬼の手によって両親が殺されたこと。

 そして俺も胸を貫かれ、死にかけたこと。

 その際に穂乃香だけは絶対に逃がそうとしていたら、死にかけているにもかかわらず不思議と力がみなぎり、小学生としては信じられない力を発揮して殺人鬼を倒したこと。

 それが終わると、見知らぬ人たちに囲まれて意識が飛び、目が覚めると泣きじゃくる穂乃香が目の前にいたこと。


 話を聞く限り、俺の心臓は一度止まり、もう死んだと判断されたそうだ。

 だけど突如心臓が動き出し、俺は目を開けたとか。

 全ては覚えていないが、俺は真っ白な世界にいて、その時に穂乃香の泣きじゃくる声が聞こえたのだ。

 そして泣きやませたいと思ったところ、目が開いた。

 腕には穂乃香と繋ぐ細いパイプがあり、彼女から血を供給されていたようだ。

 それにより、もしかしたら穂乃香の気持ちが直接俺に届いたのかもしれない。


「つまり、一度死んだから脳の機能が停止しことにより、感覚で機能を低下させられるようになったってこと?」

「そういうことだな」

「そっか……信じがたい話だけど、確かにそれしか思い当たる節はないもんね。というか、一度死んでから蘇るとか普通にありえないし……」


 朝凪のショックは大きいだろう。

 一度死んでから蘇るなど奇跡としか呼べないことだ。

 狙ってできることではないし、確率としても万に一つで済むかどうか。

 チャレンジするにはハイリスク過ぎるだろう。


「さすがに死にたくはないよな?」

「そうだね。私一人ならいいけど、妹がいるからさ。あの子を一人にするのは心配で、私が守らないといけない」

「妹は一般人なのか?」

「うん、元々父親が違うからね。育ってきた環境も違うんだよ」


 父親違いの妹か。

 つまり、朝凪の父親がスパイ活動をしていた人間なのだろう。

 確かに朝凪の妹は見た感じ高校生くらいだ。

 朝凪の実年齢は知らないが、少し歳が離れているのなら辻褄は合う。


「そうなんだな。だけど、死ななくてももしかしたらうまくいくかもしれない」

「えっ?」

「一つだけ思い浮かんでる手段があるんだ」


「……つまり、それを教えてほしければ協力しろと?」

「話が早くて助かる」

「君は中々にずるい人だね」


 言葉の割に朝凪はどこか楽しそうだ。

 今までこんなふうに気を許して会話することができなかっただろうから、こういう会話でも楽しいのかもしれない。


「お前の力は必要不可欠だからな」

「そっか、いいよ。あの組織を潰すんだよね? 私も凄く恨みがあるし、協力する」

「感情に身を任せるなよ?」

「わかってる、そこまで愚かじゃない。で、どうするの? 今から二人して乗り込む?」

「いや、さすがに二人とも疲労が激しい。このまま乗り込んでも返り討ちに遭う可能性がある」


「だったらどうするの?」

「もうじき仲間が到着する。後のことは任せて、俺たちは来たる時まで体を休めよう」

「連絡手段を持っていたの? 組織と連絡がつかないようにして来たと思ったけど……」

「非常事態の連絡手段くらいマニュアルがあるさ。まぁ、おかげで滅茶苦茶怒られたけどな」


 黙って単独行動に出たのだ、怒られて当然。

 ただ怖かったのは、室長以上に塩宮さんが怒っていたことだ。

 本当に半端なく怒っていたので、正直帰るのが怖い。


「やっぱり油断ならないな~。でも、うかうかしてると異変を感じて逃げちゃうよ? そういうところは早いからね、あいつらは」

「わかってる、だから中々尻尾も掴めなかったんだしな。とはいえ優先順位を間違えてはいけない。今一番にしないといけないことは、穂乃香とお前の妹の安全確保だろ?」

「なるほど、そうだね」


 俺と朝凪、両者が一番大切にしている物は似ている。

 自分の命以上に俺は穂乃香が大切で、朝凪は妹が大切。

 だからここでの優先順位に揉めたりはしない。


 ――その後は、合流した室長たちの手によって隠れ家の捜索が始まった。

 朝凪は一旦拘束ということになり、俺は朝凪の見張り役を命じられながらも塩宮さんに滅茶苦茶説教をされることに。

 その横では朝凪がおかしそうに笑っていたのだが、いったい誰のせいでこんな説教を受けているのかと文句を言いたい気分になったものだ。


 そして、見つからないように隠していた穂乃香と朝凪の妹を回収し、俺たちは組織の建物へと帰るのだった。

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