第26話「苦しみからの解放」

「このルートなら確実かと」

「さすがですね、このルートでいきましょう」


 隠れ家に戻ってきてから一時間ほど、監視カメラや地図を使って逃走ルートを私が見つけだすと、ナンバーファイブは笑みを浮かべた。

 既に警察は四方八方を封鎖しているけれど、このルートなら捕まらずに抜け出すことができるだろう。


 しかし――。


「さて、それではこのルートが封鎖される前に行きましょうか。それにしても、ナンバースリーは遅いですね?」


 ナンバースリーは10分ほど前に席を外してから戻ってきていない。

 そのことにナンバーファイブは疑問を抱く。


 すると、すぐに足音が聞こえてきた。

 それを聞き、ナンバーファイブは入口のほうを向く。


「随分と遅かった――はぁ!?」

「よぉ、何を驚いているんだよ?」


 ナンバースリーの足音かと思われたそれは、全く別の男の足音だった。

 彼はまっすぐと銃をナンバーファイブへと構え、いじわるな笑みを浮かべる。


「馬鹿な、なぜ動けている!? お前に打ったのは象ですら一週間は動けなくなる薬だぞ!?」


 ナンバーファイブはいつも纏っている捉えどころのない雰囲気ではなく、焦りからか口調が変わってしまっている。

 それもそのはず。

 なんせ目の前に現れたのは、確実に捕らえたと思っていた桐一葉月だったのだから。


 私は腰に下げていた日本刀を鞘から引き抜く。

 そして、ゆっくりと構えた。


「そうか、一週間も動けなくなる薬だったのか。俺はそのお陰でこのようにピンピンとしているんだがな」

「どういことだ、ナンバーツゥエンティーワン!? どうしてこいつは動けている!?」

「まぁ動けるでしょうね。だって私が打ったのは、麻酔薬ではなくて栄養剤なのですから」

「はぁ!?」


 私の言葉を聞くと、ナンバーファイブは素っ頓狂な声を出す。

 この男がこれほど動揺するところは初めて見た。

 まさか最初から裏切られているだなんて思いもしなかったのだろう。


 私はナンバーファイブが動かないよう日本刀を背中に当てた。

 それにより自分の命の危険を察したナンバーファイブが口を閉ざす。

 さすがにこういうところは勘がいいみたいだ。


「君がきたんだから、妹は無事だと思っていいんだよね?」

「心配するな。ちゃんと爆弾も外したし、安全な場所に寝かせてきた」

「さすがだね」


 私の称賛に対し、彼は鼻で笑って受け流す。


 随分とキザな男だこと。

 表と裏では性格が変わっているんじゃないかと思うくらいだね。

 心の中で彼のことは今後二重人格男と呼ぶことにしよう。


「じゃあ、この男はもう殺していい?」

「ま、待て待て待て! おかしいだろ!? どうしてそうなるんだ!?」


 一思いに後ろから突き刺そうとすると、ナンバーファイブは慌てて首を左右に振る。

 このまま手が滑ったと言って突き刺したら駄目かな?


「やめてくれ、さすがに人殺しは看過できない。半殺しなら目を瞑ろう」

「お前もおかしいだろ!? 正義の味方的な立ち位置じゃねぇのか!?」

「正義の味方? 笑わせるな、こちとら平気で汚れ仕事に手を染めている人間だぞ」


 桐一君は自嘲気味に笑みを浮かべる。

 きっと本心ではやりたくないけれど、仕方なくしているのだろう。

 その気持ちは元同じ立場としてよくわかる。


「いつからお前たちは手を組んでいた!? それにどうして妹を人質に取られていたのにお前は私たちを裏切ったんだ!?」

「さぁ、いつからだろうね? ただ、どうして裏切ったかについては教えてあげるよ。このまま言うことを聞いていたら確かに妹の命は安全だっただろうね。でもね、私は一生買い殺しにされ、妹は自由を奪われることになっていたはず。それを果たして生きていると言えるのかな? 私は彼が関わる今回が最大のチャンスだと思った。だから行動に移したんだよ」


「この男がお前に力を貸す保証なんてなかったはずだ!」

「はは、そこが私とあなたたちの違いなんだよ。どうやったら彼が私に手を貸してくれるか、私は脳をフル回転させて考えたよ? あなたたちに気付かれないようにしながら、それでもこちらの思惑を彼にだけ伝える方法をね。本当、あなたたちがまぬけで助かった」


 今までで苦汁を飲まされ続けた仕返しとして、私は鬱憤を全てぶちまける。

 桐一君は物言いたげな表情をしていたけれど、私を止めるつもりはないようだった。


「くそ、ふざけるなよ!? 組織にたてついたんだ、このまま生きていけると思うな!」

「あぁ、ご心配なく。お前たちの組織はすぐに俺が潰してやるよ。そのためにこんな馬鹿げたことに付き合ったんだからな」


 私が彼とした交渉は、組織の情報を全て渡す代わりに、私の妹を助けてほしいということ。

 それを、斬り合っている最中に聴力が強化されていた彼にしか聞こえない声で持ち掛けた。

 さすがに彼は中々信じてくれなかったけれど、私が唯一守っていたことと、好都合な状況ということで彼は最終的に乗ってくれた。


 私が唯一守ったことはといえば、穂乃香ちゃんを絶対に傷つけないこと。

 もし彼女を少しでも傷つけていれば、絶対に交渉は成功しなかった。

 これでも人を見る目があって観察するのが得意だからね、断言出来るよ。

 

 その後、私はナンバーファイブの後頭部を刀の柄で殴りつけて意識を奪うと、そのまま桐一君が倒したナンバースリーと二人して縛り上げ、今度は象ですら一週間は動けなくなる麻酔薬を二人に打ち込んだ。


 これでもう私を縛る者はいない。

 長かった苦しみも、やっと終わったのだ。

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