月下の晩餐

スズヤ ケイ

月下の晩餐

 こんばんは。


 良い夜ですね。


 ああ、怪しい者ではありません。この公園の管理人です。見回り中でして。


 いえいえ、出て行かれずとも結構ですよ。夜間も解放しておりますので。


 真夜中のピクニックとは、なかなか粋なものですね。


 おや、お誘い頂けるのですか?


 そうですね、見回りも一段落するところでしたし、お言葉に甘えましょうか。


 では失礼しまして……



 ──ははぁ。これは良い場所を見繕いましたね。


 周りに木々がなく、空が見渡せる。


 ええ、今は曇りなのが少々残念ですね。


 元は月見のご予定でしたか。それは尚更に惜しい。


 ん、良い香りですね。水筒には温かい紅茶が?


 これはこれは、用意周到なお人だ。今夜は少し冷えますからね。


 おや、わけて下さると? サンドイッチまで?


 なんと、至れり尽くせりですね。ありがたく頂きます。


 ああ、温まる……



 それにしても、今日は満月ではなかったはずですが。承知で来られたのですか?


 ほほう。私も三日月は好みですよ。

 控えめに微笑むような唇を連想しませんか。


 ふふ、気が合いますね。


 こうして出会ったのも何かの縁。

 今のご馳走のお礼も兼ねて、一つこんなお話を贈りましょう。



 月を見上げてはいけない日……そういった噂を聞いた事はありませんか?


 私も人伝ひとづてに聞いただけですが、ごくごく稀に、三日月と二十六夜が同時に現れる日があるのだそうです。


 はい。真ん中だけが綺麗に欠けたように。


 その有様は、夜空へ大きな穴がぽっかりと広がっているように見えるとの事です。


 ええ。新月よりもくっきりと。


 そして、その月を見てしまったら、急いでその場を離れなければならないとも聞きました。


 留まればどうなる?


 さあ……具体的には何とも。

 聞くところでは、その人は失踪してしまうのだとか。


 とある研究家は、全国の行方不明者の何割かはこの現象のせいではないか、という論文を出されていますよ。


 ええ、眉唾もの。オカルトの域を出ませんね。所詮は噂ですから。



 余興としては面白かったですか?

 それは良かった。



 ああ、そんな話をしている内に、いつの間にやら雲が晴れていますよ。


 ほら、よい月です。


 どうしました? そんなに血相を変えて。

 せっかく月が出たのに、もう帰られるので?


 そうですか。

 いえ、楽しい一時でした。ありがとうございます。


 ごきげんよう。




 そして、ご馳走様。


 ふふ。

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