第5話 傀儡の主の登場

 今日はやっと傀儡くぐつの造り手である親がのミーシャが来る頃だろうと思いながらラファはいつも通り寝転んでいた。ぺらぺらと興味なさそうに本のページを捲っている。表紙には『れきだいのまおう』と書かれている。子供向けの本じゃないかとアランは顔を少しだけ顰める。こんなのがどうして魔王候補としてルシラ様と肩を並べているのだろうか、朝ご飯の後に聞いた話ではルシラ様は試験結果を聞きに現魔王様のところに行ったそうだが、ラファ様にはその様子は見られない。そのことについても魔王にはふさわしくないだろうとアランは考えていた。先日の解剖しようとアランに迫ったことも、普段のだらけた様子も今日まで見てきた中で魔王の素質を見出すことがアランにはできなかった。

 しかし、それは当然の考えだった。なぜならラファ自身が魔王に興味がなく、むしろそんな面倒なものになどなりたくないと考えているからだ。それを隠す気もないラファは何も知らない者から見たら魔王の素質など1つもないように見えるだろう。だが、そんなラファにも魔王の素質が、人の上に立つ素質がある。それを知っている現魔王はだからこそ彼女のことも魔王候補として挙げたのだ。


 そもそもアンガノフでは魔王継承権優先順位は存在せず、血筋の中で特に資質があるものが魔王として君臨する。頭脳明晰で強大な魔力を持ち人望があること、これが重要になってくる。権力を欲して兄弟間で血生臭い戦いが生じることはあるが、基本的にはそのルールに則り魔王が決められる。具体的には城にいる者の考えについて厳重に調査し、調査結果をもとに魔王とその臣下が集まり会議で話し合った結果、魔王が次期魔王を指名することで魔王が決められるのだ。民の意見もある程度調査するが、外面だけしか見れない可能性が極めて高いためあまり重要視はされない。

 そして今回も現魔王が次期魔王を選定すると決めたため、これまで通り調査を行ったあと臣下を集い会議を行った。今回対象となる姉妹は2人とも優秀であり、十分に魔王の素質を持っていたため意見はきれいに分割された。少しラファの方に天秤が傾けられていたため次期魔王はラファに決定しそうだったが、魔王は『姉妹を対決させる』という決定を下した。それに反対する者はいなかった。魔王は絶対的存在で、臣下は魔王に逆らう事など考えたこともない者たちのみだ。しかし疑問を持たないということはなくそれについての話し合い、また、対決させるということで過去に似たような例があるか、魔王がなぜそのような決定をしたのか汲んでどういった対決をさせるのか、どのように審査をするかなど様々な面において話し合いがされた。それも水面下で。だからこそ魔王の妻である魔王妃も次期魔王についての選定を行うことは知っていたが、姉妹間で対決させるということは知らなかったのだ。


 しかし、そんなことアランが知る由もない。アランはもやもやしながらも命令があるため彼女の傍を離れることはできなかった。ラファとは違い、温厚で優しそうで真面目そうなルシラについているカイルを羨ましくも思う。でも、そろそろあるじのミーシャが来てくれることを考えなんとか耐えていた。解剖されかけたこと、魔王候補だというのに不真面目な部分を見せつけられること等々でアランは監視役についてまだ4日目だというのにストレスが溜まっていた。そもそもラファの近くでいるだけで緊張状態になっているのだから仕方のないことだった。アランはただの傀儡だが、”心”がある。なぜならば”命”が吹き込まれているからだ。”死”の概念もあるし知ってもいる。といってもヒトではないため、簡単に死ぬということはないのだが。

 アランは緊張状態のまま子供向けの本を読んでいるラファを見ていると、魔力の反応を感知した。それはアランだからこそ感知できたもので、ラファに気付いた様子はない。それもそのはず、その魔力とは傀儡のアランとカイルの生みの親であるミーシャのもので、ミーシャが魔王城の近くに来たことを2人に知らせたのである。ミーシャの魔法でつくられている2人には少し特殊な方法で連絡がとれるのだ。


「ラファ様」

「…何」


 いつもよりどこか弾んだ声に呼ばれてラファは何事だと思い視線を向ける。アランの表情は声色にも出ていた通り嬉しそうにしているのが分かった。それだけでラファはアランの主であるミーシャが城に着いたのだろうと予測した。


「我が主ミーシャ様がもうじきこのお城に着くようです」

「まだなのね。もう着いたのかと思ったのだけど…」


 まだなのかというラファにアランは驚いたが、そもそも昨日の魔人会議に参加した後にこちらに来るという話はしていたのだ。それなら今日来るだろうということを予想していてもおかしくはない。でも、まさかそれを覚えているとは。そんなことを考えているアランを気にすることなく時計を見たラファは「晩餐に参加する形になるでしょうね。その前にあんたらが呼ばれるかもだけど」と言い、体を起き上がらせる様子もなくまた本のページを捲った。


 同時刻、ルシラにはカイルがミーシャが来ることを伝えていた。


「あらぁ、あなたの親に会えるのね。お世話になっているからきちんと挨拶しなくちゃ」

「そんなに気を張る相手では…位が高いのは貴女様ですし…」

「そんなこと関係ないわよぉ。ん~、でもまぁそうね、夜のご飯を一緒にする感じかしらねぇ」


 服ももう少しかしこまった感じの方がいいかしら?と楽しそうにしているルシラをカイルは今自分についてる監視役の親が来るだけなのにこうも浮かれることができるのかと思った。言ってしまえばただの市民が来るだけなのに。この人はどんな人が相手でも丁重に平等に接することができる人なのだろう。ただし、妹のラファが関わらなけば、だが。

 初対面を果たし、初めて2人きりになった瞬間の出来事をカイルは決して忘れることは出来ないだろうと思う。部屋の扉が閉まった瞬間にズンと重くなった空気に立っていられなくなり、膝をついた自分にずっと微笑みを絶やさなかったルシラが真顔でこちらを見下ろしていた。そして口を開いた彼女からは「妹に手を出すな」「アランにも言っておけ」とドスのきいた声で脅してきたのだ。その目には明確な殺意があった。逆らったから死ぬ、そう。確実にあの時自分の命はルシラ様に握られていた。そのあとはすぐに出会ったばかりの雰囲気に戻り「紅茶でも飲みましょうかぁ?」とお茶を淹れ始めた。そんなルシラに対して椅子に座るように言われるまでカイルは床に座りこんだままだった。それほどまでの恐怖がカイルを襲っていたのだ。監視役を任せられたのだから、最後までその命令を遂行しなくてはならない。そのためルシラについてはいたが、カイルはすでにもうこの任から逃れたいと思っていた。アランも嫌がってはいたが、妹君の方がマシなのではないかと思うほどに。あぁ、早く魔王が決まればいいのに。

 カイルは、親であるミーシャの来訪はストレス軽減になるだろうと考えて、ほっとした。ルシラのことは刺激しなければ良い関係を築けているが、いつまたああいう状態になるか分からない。カイルはカイルでルシラといることで緊張状態が続いており、ストレスが溜まっている状態であった。何も知らないミーシャは思いもしていないだろう。まさか自分の貸し出した傀儡たちがかなりのストレス状態にあることなど。





 そして、晩餐時になった。ラファの予想通り、ミーシャが到着したらまずアランとカイルとともに魔王との謁見が行われた。その間ルシラとラファは魔王妃とともに食卓につき4人を待つことになった。


「お母様は魔女ミーシャとはお会いしたことがあるのかしらぁ?」

「えぇ。最近は魔人族の研究についても魔国で把握しておく必要があるとされているからね」

「ヒト族どもが仕掛けた戦争のせいでヒト族と見た目が変わらない魔人族は迫害を受けて国境の隅にまで追いやられたことがあるからね。ヒト族と魔族の間でかなり苦労した歴史があるけど…」

「そうね…このことは王族として色々と動いたりして頑張ったみたいだけど…ヒト族と魔人族と見分けがつかないという問題点を改善できなかったのよね…今ほど技術も発展していなかったし」

「よく魔人族はアタシたちを見捨てなかったわよね」

「同じ故郷のもの同士、やっぱり見捨てられなかったのじゃないかしらぁ…それに、最後まで王族からは秘密裏に援助をしていたとのことだし♡」


 ヒト族が魔人族に戦争を仕掛けてきた際、魔族である魔人族は悪魔族と魔王族の一部に迫害を受けるようになってしまった。戦争を行うにあたって魔人族の力は必要ではあったが、内戦を恐れた当時の魔王ハンバルは魔人族に頭を下げ、国境付近にまで追い詰めることになってしまったのだ。終戦してかなりの時間がたった今でこそその事実は魔国に広まることになったが、当時の境遇に納得がいかない者がいてもおかしくはないのだが…。元々同じ魔族でも魔人族以外との交流をすすんですることはなかった魔人族はそのようなこと気にしておらず、むしろ援助を受けながら戦争に参加せずに研究に打ち込めたことに感謝すらしていた。そんなことを知らない悪魔族や王族ではない魔王族たちは魔人族に戦争時の話を持ち掛けられると今でも気まずくなるそうだ。魔人族は魔人族で国境付近だったこともあり、ヒト族と恋に落ちるなんてこともあったため魔国に対して申し訳なさも感じているようだが。

 そもそも魔族自体自身の欲望に忠実であるため、そんなことは小さいことなのだ。それでも案外愛国心は強いようで魔国を裏切るようなことはしなかったし、恋に落ちることなどだれにも止められないこと。それに文句を言う者もいないだろう。戦争もヒト族から突然宣戦布告してきたもので、魔族にとっては謎行動でしかなかった。同じヒト科だが魔力を持つ者と特別な力を持たざる者の力の差は明らかだというのに戦争だなんて。争いを好む魔族でさえも話し合いをしようと提案したがそれを拒否した後にすぐ攻撃を始めたヒト族を止められるはずもなく戦争が開始されてしまった。そういった経緯もあり、今でも魔族の中ではヒト族って愚かだよなぁという認識は根強く残っている。


「お腹すいた」

「あらあらラファちゃんったらぁ、つまみ食いでもする?」

「こら、はしたないですよ」


 魔人族はそんな過去があったが愛国心は強く、王族に基本的に忠実に従う。加えて最近では研究を知ってもらう事ができており、王族は今回のようにその研究を使って協力を仰ぐことがある。それに魔人族は研究を王族に認めてもらえたという名誉とともに謝礼金ももらえるのだからいいことずくめだ。だからミーシャも話を聞いた際には「ぜひ!」と元気に返事をした。

 そのミーシャが来るのを待っているのだが、ラファはそれよりも空腹の方が今は大事だった。そんなラファにいつも通りルシラが甘やかそうとし、2人の母親がそれを止める。微笑ましい家族のやり取りにその場にいるメイドたちはにこにこしている。

 そうしていたら、やっとのことで扉が開き、魔王が部屋に入ってきた。それに少しだらけて家族モードだった3人は姿勢を正した。魔王が来たということは賓客であるミーシャも一緒に来たはずだからだ。

 予想通り、王の後ろには1人の女性とそのすぐ後ろに控える形でアランとカイルがいた。黒い三角帽に黒いマーメイドドレスを着た女性はカーテシーをする。ウェーブのかかったミルキーブロンドがふわりと揺れる。


「3人とも、待たせたな。彼女がアランとカイルの親のミーシャだ。」

「お初にお目にかかります、ミーシャ・エバンスです。以後お見知りおきを」


 にこりと微笑んだ彼女は端正な顔立ちに赤いルージュがお似合いの大人の女性と言い表すのがぴったりだった。

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継承権を巡って対決しますが姉に譲ります 七夕奈々 @tnabata-7

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