第4話 第一戦目は穏やかに

 試験発表から次の日の夕方、姉妹は父親の魔王の執務室に呼ばれていた。姉のルシラはいつも通りのにこにこ笑顔で、妹のラファは姉の前だからと普段よりはきちんと、それでもだるそうに立っている。それをみた父親は何を言うでもなく座りなさいと声をかけた。部屋には机と椅子がふたつずつ用意されていて、机の上には筆記用具も用意されている。

 姉妹はお互いに一度顔を見合わせてからそれぞれ席についた。そこにカイルとアランがそれぞれ自分の今の主人の座っている机に試験用紙を裏返した状態で置いた。


「することはないと思うが、カンニングはするなよ」

「どうせカンニング防止の魔法をかけてるでしょう、しませんよ」

「公正に行うと誓いますわぁ」

「よろしい。試験時間は1時間とする。それでは………はじめ!」


 魔王直々に監督するなんてねと呑気に思いつつラファは紙を表にする。ザッと目を通すと思っていたより簡単そうな内容だったことにだるいなと顔を顰めた。

 一方ルシラは試験内容にドキドキしながら紙を表にした。選択肢問題とかではなく筆記で答える問題が10問用意されている。時間までに終わらせられるかしら…と不安になりながらも答えを書き始めた。

 そんな2人を魔王とその側近、そしてカイルとアランが見つめている。カイルはだるそうにしつつもサラサラとつっかかることなく書き進めるラファの様子を見て、昨日ルシラが言っていた優秀という言葉は嘘ではないのだなと思った。ルシラの方は緊張からか少し手が震えているようにも見える。度々考え込むようにぴたりと止まったり、スッと書いた文字を消したりしている。ルシラとラファ、一目見た時から似ているとは思わなかった。見た目も性格も話し方も。姉妹で同じ城に住んでいるというのに、ここまで差が出てくるものなのだなとカイルは考えていた。

 一方アランは、サラサラと止まることを知らないというように書き進めているラファに、まさか適当に書いているのではないかと疑っていた。実力で勝負すると言って昨日は一切勉強をする素振りもなくダラダラと過ごしていたあのラファがそんなにサラサラと問題を解けるのだろうか。まだ2日ほどしか一緒に過ごしていないが、彼女がめんどくさがり屋なことはすぐに分かった。心配になってあれやこれやしなくていいのかと聞いてもこちらを睨んではめんどくさそうにこちらを説き伏せる。それに納得はしないが逆らえないアランは最後にはいつも黙っていた。そんな彼女を見ているためアランはちゃんとラファが問題を解いてるとは信じられなかったのだ。ルシラの方はというとだるそうなラファとは違い、いつもの微笑みを消して真剣に問題と向き合っている。ルシラは真面目なのだろうと思った。つくづく似ていない姉妹だ。


 そんなこんなで1時間が経ち、魔王の側近がペンを置くように告げる。ルシラは持っていたペンを素直に机に置いた。ラファの方は残りの15分前からペンを置くどころか机に伏せて寝ていた。試験が終わり、大好きな妹の様子を確認するようにちらりと見たルシラはその様子にくすりと笑ってからラファちゃんと声をかける。その声は砂糖を煮詰めたように甘ったるく優しいものだった。アランは自分に向けられたものではないのに、その声にドキッとして頬を染めた。カイルもその声の甘ったるさに目を見開いた。声だけでなくラファを見つめるその瞳すらも甘く優しく慈しむようで、なんでだかこちらが照れてしまう。そしてなぜか見てはいけないもののような気がして、パッと目を逸らした。

 そんなことは露知らず、ラファは周りが思っているより深い眠りについていた。そんなラファさえも愛おしいルシラは答案用紙を裏返してから立ち上がりラファに近づいた。


「お父様」


 ラファの頭を優しく撫でてからルシラは魔王をちらりと見た。その瞳も声も穏やかではあるけれど、先ほどの甘さが嘘のようにさっぱりしていた。魔王はしばらく沈黙した後、深いため息をついた。


「よい。試験結果は公にするつもりはない。しかし、知りたいのであれば教える。ラファにも伝えておけ」

「はぁい♡」


 よいしょ、という声とともにラファを横抱きにしたルシラはアランとカイルを見た。


「私の寝室に行くから、後から来てちょうだいねぇ。あ、中には入らないでね?」


 目をパチクリとさせているアランとカイルのことを気にもせず、ルシラはじゃあねぇと言って転移魔法で自身の寝室にとんだ。残されたアランとカイルは慌てた様子で魔王とその側近に頭を下げて部屋を後にした。


「カイル、僕たちも転移魔法が使えたら楽なのにね…」

「魔力で動いているわけだから無駄な消費はできない…。そもそも転移魔法なんて高度なもの習っていないしな」

「まぁ…できたとしてもミーシャ様にその分の魔力を注いでもらわないといけないんだもんね…」

「それにミーシャ様は転移魔法ができない」


 パタパタと廊下を走りながら2人は話す。傀儡の2人は魔人族のミーシャに作られ、魔力を注がれることで動くことができている。魔力が尽きると2人は動くことができず、ただの人形となるのだ。注がれている魔力を使用し簡単な魔法を使用することはできるが、元の魔力の持ち主によるためできる魔法は限られていれる。そして2人の魔力の元のミーシャは転移魔法を不得手としていた。

 広い魔王城を走り回り、ルシラの寝室に着いた2人は扉の左右に立つ。中に入らないよう言われたため、中に入らず外で警備するしかないのだ。

 その寝室の中では、ラファをふかふかのベッドに仰向けで寝ており、ルシラはベッドに座りラファの顔にかかった髪の毛を優しくはらう。


「ラファちゃん……あなたはまだ魔王に憧れてるのかしら……」


 そのままラファを撫でながら呟く。


「あれから100年以上経ってるけれど…覚えてるかしら、歴代の魔王のことを詳しく勉強した後にあたし魔王になる!って目をキラキラさせながら言ってたこと…。うふふ、すごく可愛かったわぁ」


 語りかけるように、しかし返事を求めているわけではないルシラは、実はラファが起きているのではという小さな期待を持ちながら話し続ける。少し泣きそうな表情で。


「あなたが本当に絶対的に魔王になりたいのならもちろん譲るわ。無理矢理にでも棄権したっていい。でも、そうじゃないのなら…悩んでいるのなら……ふふ、このまま対決するのも楽しいかもしれないわね」


 ルシラはラファのおでこに唇を落とした後、ベッドに潜り込む。ラファの温もりであたたかくなっているそこは眠りにゆったりと誘う。


「ごめんね…ラファちゃん」


 そう小さく呟いてルシラは眠りに落ちた。









「……」


 規則正しい寝息が響く部屋で、1人の少女はベッドの天蓋を見つめていた。

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