それは、20XX年。

さっぷうけい

サイエンス・フィクション!

 僕は、SFやファンタジーが好きだった。


 魔法が使えたり、巨大隕石が街を襲ったり、時間を何度もループしたり。


 はたまた当然のように宇宙から未確認生物がやって来たり、言葉を話すように超能力が使えたり、自家用車に乗り込むようにタイムマシンが使えたり。


 地球の危機に立ち向かう主人公や、複雑な経緯いきさつで主人公のもとに逃げてきたヒロイン、そして段々と増えていく仲間と、更に強くなる敵たち。


 そんな、”少し不思議な”ことが起こるあの世界に、僕たち読者はワクワクしていたんだ。


 しかし舞台である『20XX年』というのは、そう簡単にこの世界へはやってこない。


 2099年になった今でも、宇宙人や魔法、タイムマシンなんかは、単なる空想のお伽話とぎばなしのまま。


 もちろん、昔に比べたら人間の生活は随分発展したさ。


 平均寿命はついに100歳を突破し、多くの仕事はロボットが代行してくれる。


 街は自動運転の車であふれかえり、宇宙人こそ居ないが月に旅行だって行ける。


 そんな発達しきった2099年だったが、僕の思い描く『20XX年』とはどこか違っていた。


 少し考えてみれば当たり前で、

「ステッキを振るだけで魔法が使えたり、昔に戻って歴史を変えたり」

 なんていう考えは、堅苦しい科学を目の前にして、いとも容易たやすく敗北してしまう。


 そんなことを考え始めたころからか、しばらくSFは読んでいない。


 寒い冬の夜風に当たりながらそんな寂しいことを考えているからか、心も体も冷え切ってしまった。


 ふと周りを見回し、近くの自販機で温かい缶のコーンスープを買うと、一息で飲み干す。


 体の芯からじんわりと温かくなる。


 こういうところは昔と一緒なんだろうなぁ…と思いつつ、変わらない日常に安堵あんどしてしまう自分がいた。


 20XX年というのは、フィクションのお話、そう割り切っていたはずなのだけど。



 今日は2099年の12月31日、20XX年最後の日である。



 しかし結局、期待していたは、今年もやってこなかった___。





「今年もやってこなかった、か。」



 どこからともなく声が聞こえ、思わず振り返る。


 周りには誰も居ない。


 気のせいか、と再び前を向く。


 するとそこには、白いローブを着た”誰か”が立っていた。


「!?!?!?」


 思わず足を滑らし、尻もちをついてしまった。


「期待してた20XX年とどこか違った、だっけか? 」


 ”誰か”は、そう言いながら手を差し伸ばしてくる。


 顔は見えない。しかし、声や体つきからして、多分男だろう。


 それにしてもこの男、先ほどから何と言っている?


「ど、どうしてそれを…? 」


 僕も手を伸ばし、男の手を掴む。


 男は強く握り返すと、思いっきり引っ張って、僕にこう言った。



「だったら一緒に、世界を救ってみないか_____! 」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 彼にそのまま腕を引っ張られ、しんしんと雪の降り積もる夜の街を走っていく。


 年末の静まり返ったこの街には、人通りがほとんどない。


 そんな路地を、雪よりも白いローブをひるがえしながら駆け抜ける男、よく考えれば、かなり異質な光景だった。


「あの!一体、どこへ向かっているんですか? 」


「大丈夫、着けば分かる。とにかく、今は走ろう! 」


「ハァっ、ハァっ…そう言われても!急に世界を救うなんて、どういうことですか?!」


 唐突に「世界を救ってみないか」なんて言われれば、誰だって驚くし不安もある。


 しかしその心とは裏腹に、僕の駆ける足は段々と速度を上げていく。


「君なら一度は思ったことがあるだろう、『地球の危機に立ち向かう主人公』はなんてカッコいいんだ、って。そしていつか、そんな主人公になってみたいと。その願いが、今から叶えられると言っているんだ」


 その言葉を聞いて、鳥肌が立った。その通りだった。


「でも…、僕に。そんなことが出来るんでしょうか? 」


 僕は別に、格段に何かが出来るわけではない。


 しかし彼は言う。


「君の力なら大丈夫、俺が保証しよう」


 一瞬見えた彼の眼は、本気だった。



 そのとき、視界が大きく揺れた。


 ローブの男は身構える。


 突然目の前の地面にヒビが入ったかと思うと、そのまま大きく割れ、中からは見たこともない、おぞましい生物が姿を現す。


「一体何なんですか、彼らは?! 」


「あぁ、確かアイツらは地底人だ。少し待ってろ」


「ち、地底人?!」


 あまりに突拍子もない言葉に、思わず上ずった声が出る。


 『地底人』なんて言葉は、普通に暮らしていれば滅多に聞かないものである。

 それこそSFの世界でもない限り…。


 そんなことを考えている僕の横で、男は古い洋書のようなものを取り出し、ページをめくりながら何かを探している。


 その何かを発見したのか、男は手を止めた。


 まだ状況が飲み込めていないが、とりあえず恐る恐る男に尋ねてみる。


「この地底人、って一体…? 」


「____見つけた。コイツは1970年代に書かれたSF小説、『底変地異ていぺんちい』に出てくる怪物さ!」


「小説に、出てくる…?」


「この物語の設定としては、『かつて地球を支配していた彼らだったが、人間との争いに負けてしまい、逃げるように地底に住み始めた。いつしか”地底人”と呼ばれるようになった彼らだが、一人の少年が閃いたようにこう言った、”この世界を地面ごと、ひっくり返してやろう。”と』___ということだ」


「……えっと」


 こんな危ないときに、一体何を言っているのか。


 設定だとか、小説だとか。


 夢物語のような話ではあるが、この状況を含めて意味がさっぱり分からなかった。


 しかし彼は続ける。


「とにかく、人の敵であることには変わりない。戦うぞ!」


 それなのに。非現実的で、理解できないような、そんな話なのに。


 何となく、どこか懐かしいような。


 待ちわびた通りの危機的状況に、体が武者震いし無意識的に身構える。


「___にしても、どうやって戦うんですか?」


「あぁ、それをまだ教えていなかったか」


 そう言って彼は、腕を前に出して何かを詠唱し始めた。


「◆▲●■●◆■▲●______■◆●▲。」


 すると突然、手のひらに魔法陣のようなものがスッと現れて、地底人たちに向かって光を放つ。


 光を受けた彼らは一瞬にして消滅し、そこには、あんぐりと口を開けた地面だけが残っていた。


「凄い…」


 その光景に見とれてしまい、思わず声が漏れる。


「いや、そうでもないよ。実際、君にもこれを使って戦ってもらう」


「えっ」


 今度は腑抜ふぬけた声が出る。これを、僕が使う…?


「説明が遅れたか。実はこの世界は『20XX年』、つまり、本の世界に登場するような化け物が現れる世界で」


「つまりは…」


「俺たちが想像したことが、何でも出来る世界なんだ!」


 まさか…


 そんな夢みたいな話があるはずが、そう思っていた。


 しかし実際、ここまであり得ないことだらけだった。


 突然現れた白いローブの男。


 「世界を救ってみないか」という言葉。


 仕舞しまいには、地面から姿を現した地底人を男が魔法?で撃退した。


 それらを思い出して、『僕にも出来るかもしれない』なんて思うと、危険な目に会ったにもかかわらず顔がニヤけてしまう。


 それでも本心を押しとどめ、至って冷静な素振そぶりで男に聞いてみる。


「そういえば、最初の詠唱みたいなのは何ですか?」


「あぁ。あれは特に意味はないよ。単なるルーティーン、みたいなものさ」


「関係無いんですか、アレ…」


 とにかく、自分でもやってみることにした。腕を前に出し、手に力を込める。


 すると一瞬、手の平から光が現れて、すぐに消えた。


 少しではあったが、自分でも出来たことに感動を覚える。


「おぉ、初めてにしては綺麗に光が出たじゃないか」


 褒められて、少し照れくさくなる。


 しかし、それもつかの間。突然、背後から大きな咆哮ほうこうが聞こえた。


[GRRRRRRROOOOOOOOOO!!!!]


 驚いて振り返るとそこには、恐ろしいほど巨大な怪獣がこちらへ歩みを進めていた。2,30メートルはあるだろうか。


「かなりデカいな…。あれは確か、1950年代のベストセラーSF『大怪獣ガジラ』という話に登場した怪物ガジラだろう」


「地底人の次は怪獣、ですか…」


「あぁ、設定はな『とある博士が世界侵略を果たすために作り出したが、狂暴過ぎるために博士でも制御出来ず、街に解き放たれてしまった大怪獣』だったな。かなり狂暴な相手なんだが、どうしたものか… 」


 またも聞いたことのあるようなストーリーを呟きながら、彼はその大怪獣ガジラに立ち向かっていく。


 僕もそれについて行こうとすると、いきなり頭上からレーザーが飛んできた。


 間一髪でそれを避け、すぐに上を見上げてみると、そこには超巨大な船のようなものが空に浮かんでいた。


 男もそれに気付いたようで、


「まさか、1980年頃の超大作『超新星戦線ちょうしんせいせんせん』に登場する『超新星爆発したことにより、一度は滅んだとされた惑星の生命体が、宇宙船に乗って地球を侵略しに来た』のか!」


 と、慌てたように叫んでいた。


 全く、20XX年は忙しいところだな。


 そう、ここで世界で役目がなかった”キャラクター”たちが、20XX年最後にここぞとばかりに登場しているんだ!


 ____ 

 ______ 

 ___ 


 _________


「……って。」


 夢か、これは。



 目を覚ますとそこは、自分の部屋だった。


 見慣れたような電灯に、見慣れた家具の配置。


 居間の方からは毎年恒例の正月特番の音が聞こえる。


 辺りは何の変哲も無いただの日常でしかなく、まさに『ノンフィクション』そのものだった。


 どうやら”その年”は、『何事も無かったかのように』過ぎ去ってしまったらしい。


 あの辛く、厳しい戦いも。あの燃え盛る隕石の熱さも。


 全て、無かったかのように…


 でも僕は、はっきりと覚えている。


 初めて魔法を使ったときの胸の高鳴りだって、迫り来る怪物と戦った高揚感だって。


 共に地球を救おうとした仲間たちの顔だって、その声だって。


 そして、優しい父の笑顔だって。


 全て!


 どれも、ありきたりなSF小説のような出来事だったハズなのに、


 その一つ一つが、僕には新鮮に感じられてしまって、たまらなかったのだ。


 再び目を閉じて、それらを思い出す。


 もしいつか、また父と会えたなら、そのときには必ずこの初夢の話をしてやろう。


 まだ強く波打つ心臓に手を当てながら、僕はそう思った。


 そのとき、ふとチャイムが鳴った。


 ようやく体を起こすと、そのままの足で玄関に向かう。


 ドアを開けるとそこには、


「おぉ、息子がお出迎えとはなぁ。外冷えるから、早く中に入ろう」


 海外の出版社でSF作家を務めている父が、そう言って立っていた。


 数年前に母の反対を押し切って海外で執筆をしてみたいと欧米へ飛び立った父だったが、なんと現地の編集者に大変気に入られたためにライターとして勤め始め、今ではベストセラー作家として名を上げているのである。


 最初は、あんなに心配されていたけど。


「いやー、執筆が行き詰まっちゃってさ。しょうがないからって編集に無理言って、一度帰国させてもらったよ。やっぱ、日本は落ち着くねぇ」


 そういう父の顔は、とても嬉しそうだった。


「久しぶりに会った息子も、随分と嬉しそうな顔でこっちを見つめてくるしなぁ」


 ___どうやら顔に出ていたらしい。


 少し恥ずかしいので、ぶっきらぼうに「おかえり」と言ってみる。


 父はさらにうれしそうに笑って、「ただいま」と返す。


 そして思い切って父の手を引き、思い出の書斎へと連れていく。


 廊下を駆け抜けながら、大晦日のあの日に隣を一緒に走っていた男の顔を思い出す。


 書斎に着いたら、父にこの夢の話をしてあげよう。


 とびきり面白い、初夢の話を。


 そう、僕だけの最高の『 SFの すごくふしぎな世界の話』を。











 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇











 と、ここまで書いたように。


 これが息子が見たという奇妙な初夢の話でした。


 


 ただ実は、もう1つ奇妙な点があるのです。


 うちの息子は2099年の12月31日に遭遇した話をしてくれた訳なのですが、新年を迎えた今年というのが2 0 9 9のです。


 まるで時間ループモノのSFのような話ですが。


 よくある『初夢のジンクス』が叶ったとでも言うのでしょうか。


 しかし彼は、まだそのことに気付いていないようです。


 もっとも”これを読んでいるあなたたちと一緒”、かもしれませんが。


 あなたは、ちゃんと新年を迎えられましたでしょうか?



     Dear 20XX年にこのお話を読んで頂いたすべての人へ。

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