第4話

 絶望しかない。

 こんなものがたくさんあるのだ。

 こんなものは、数あるうちの一つでしかないのだ。


 ゴブリン二輪車乗りバイカーの拉致部隊を蹴散らせば報復が来ることを理解するエルフなら、誰でもわかる。

 この工場に攻撃をしかけ、これを倒したとして、もっと別な場所から報復される。


 あの巨大工場には、建物の巨大さよりもなお大きいものが、背後に見えた。


バック・・・ボーン・・・が見えたようだね」


「え?」


「巨大工場を維持するには、そこで働く者たちが必要だ。誰かが働くなら、支払われる給金が必要だ。食料が必要で、場所が必要で、娯楽が必要だ。あの巨大工場を見た瞬間、君はそれを理解して、あれの背後に、あれを支えられるだけのバックボーンを見た。あの巨大工場が、さらに巨大な社会の片鱗でしかないことを理解した。だから、膝を屈した」


 フィーネは指摘されて初めて、自分が地面に膝を着いていることに気付いた。


「こ、これは……」


「かつての勇者たちも、雲霞うんかのごとき魔王軍の背後に、君が今、思わず膝を着いてしまったものと同じような重圧を見たんだよ」


「……」


「それでも彼らは、膝を着いたりはしなかったけれどね」


 勇者を語るエクスの口調には、懐かしさと誇らしさがあった。

 それは人間族に伝わる勇者伝説を聞きながら育っただけとは思えない――

 まるで、当事者であるかのような。

 そういう響きがあった。


「あなたは、なんなの?」


 思わず問いかける。


「なんだと思う?」


 楽しむような声で聞き返しながら、エクスは――


 左手の、手袋を外した。


 そこからのぞいたのは、金属でできた手だ。


 それは新人類種どもの技術でもありえないであろうほどなめらかな、人のように動く、人のような手。


 そこには、フィーネの知らない、しかし、懐かしい気配が色濃くある。


「その義手、魔法で動いているの?」


「これは義手じゃない」


「え? でも……」


 あきらかに、金属だ。

 それが義手ではないのだとしたら――


「勇者とみなされるには、二つ、条件があった」


 一つ、神に選ばれること。


 そしてもう一つは――


聖剣に・・・選ばれる・・・・こと・・」 


 剥き出しの左手を、腰から下げた皮袋に突っ込む。

 たった一欠片で『魔法』を再現するそれを、ひとつかみして、


「勇者を選んだのは、神とだ」


 手にした欠片がさらさらと崩れていく。


 左腕がとろけていく。

 涙のように流れて、とろけた金属の雫が集まって、刃となった。


 フィーネは聖剣というものを見たことがない世代だ。

 大気に魔素マナが満ちていた世界を知らない世代だ。


 でも、わかる。


 鋼色一色の、飾り気のないロングソードは聖剣。

 周囲にうずまくとてつもない量の魔素マナは、かつて吸って吐けるほどに世界中に満ちていたもので――


 その聖剣のきらめきこそ、老人たちが自分にしつこく語って聞かせる、気高かったエルフのいた時代の光に違いなかった。


 それが、義手ではないのだとするならば。

 その部分こそが、この存在の『本体』なのだろう。


「だから、勇者の後始末は俺がしないとね」


 ……正義感とか、憐憫とかじゃなく。

 責任感や使命感というほどでもなく――

 惰性というか、もののついで、みたいな感じではあるけれど。


 きっと自分には、任命した責任があるのだろう。


 一閃。


 横に薙ぎ払われた聖剣は、まだ遠くにあった工場ファクトリーを紙に描いた絵にナイフを入れたように切り裂いた。

 数瞬あって『ずるり』と工場とついでに切り裂かれたものがずれて、その切断面から光が爆ぜる。


 あまりにもきらびやかな虐殺ぎゃくさつ


 どこまでも美しい鏖殺おうさつ


 殺すだけしかできないという自己評価の通りだった。


 この圧倒的すぎる殺しの力の前では、他の特技などあってないようなものだ。


 ……この力があってなお、勇者は魔王を倒せなかったのだ。


「まだまだ、旅は続きそうだなあ」


 聖剣は述べた。


 きっとそれはエルフの寿命さえも超える、長い長い冒険で――


 ここはまだまだ、旅の途中なのだろうとフィーネは思った。


◆◆◆


 疑問点その一。

 聖剣はものを食べるのか?


「助けたこっちがお礼を要求しないと、君たちは不気味がるだろう?」


 それは、ただの処世術のようだった。


 疑問点その二。

 工場にはさらわれたエルフたちがいたはずなんですが……


「俺には欠陥があってね。今で言うところの旧人類種は斬れないんだ」


 その剣はヒトの守護者ゆえに、ヒトの側に立つ者は斬れない制約があるらしい。


 ……もしも、そんな制約がなければ、聖剣はヒトを斬るだろうか?


 わからない。斬らない、とは言い切れない。

 なにせ懸命に戦った勇者たちを、ヒトは『ヘマをした』などと語り継いでいるのだ。

 世界の命運を背負わされた、たった数人の気持ちになるなど不可能だけれど、不可能だからといってあきらめて理解を拒んでいい理由にはならない。

 その理解へのあきらめを、聖剣はきっと許容しないだろう。


 だから聖剣の冒険は、『残されたヒトのため』などではなく、惰性であり義務なのだろう。

 自分の帯びた制約と、自分を帯びた勇者の理念とを、ただ、だらだらと続けているだけなのだ。


 そして、疑問点その三。

 工場を潰された魔王軍からの報復はどうしたらいいのだろう?


「だから、俺はまた旅をしないといけない。俺の仕業だと明らかだから、俺はここを離れるのさ。魔石の欠片が落ちてそうなところを巡って、拾い集めて力をたくわえながら、どうにかこうにか、魔王軍を根絶やしにする旅を」


 あまりにも孤独な旅のはずだけれど、聖剣は飄々と、なんでもなさそうに言い放つ。

 きっとソレは孤独に慣れているのだろう。

 ……かつて仲間がいた時代もあっただろうけれど、もう、孤独に慣れきってしまったのだろう。


 フィーネはそれが少しだけ、寂しく思えた。


「そういえば、そうだ。俺の名前、『エクス』じゃないんだよ」


 聖剣は旅立ちの直前、唐突に、フィーネにだけ聞こえるように述べる。


「正しくは『エクスカリバー』っていうんだ。名前のなかった俺に、相棒がつけてくれたんだよ。なんでもここじゃないどこかの世界の聖剣の名前らしい」


 まあ、『エクス』としか呼ばれなかったけどね――


 そう述べて、聖剣は軽く手を振り、去って行った。


 ――これは、勇者の冒険が失敗に終わったあとの話だ。


 聖剣は旅をする。

 魔法文明の滅びた荒野。兵器を用いる魔王軍を根絶すべく、歩き続ける。


 もう大勢の決した世界にとっては微々たる抵抗かもしれないけれど――


 それでも聖剣は旅をする。

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魔法文明は衰退しましたが魔力を使って無双します 〜勇者が敗北したあとの世界は、科学魔王の支配する荒野でした〜 稲荷竜 @Ryu_Inari

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