第3話
「どうか、この村を
「いいよ」
食料庫で待ち受けていたエルフの長老とそんなやりとりがあって、ガスマスクのそいつは村を守ることになった。
「あなたの世話役には、フィーネをつけましょう」
ここで初めてガスマスクのそいつは、自分をここまで案内した子供エルフの名前を知った。
名前を知ってしまったからには、こちらからも名乗らねばならない。
それがガスマスクのそいつの知る『礼儀作法』というものだ。
「俺は『エクス』っていうんだ。相棒がつけてくれた名前だよ」
「それで、その、護衛についていただくために、こちらからは食料を供出させていただくだけで、よろしいですかな?」
「護衛?」
「……工場の連中から守ってくださるのでは?」
「いやいや。工場の場所を教えてよ。潰しに行くから」
周囲のエルフたちがざわめく。
ガスマスクのそいつは首をかしげ、
「その方が早いでしょ。俺、殺すしかできないし」
全員があっけにとられている中で、ガスマスクのそいつはフィーネを連れてさっさと工場へ向かってしまった。
◆◆◆
案内のために連れられたフィーネは、案外すんなりとその役割を受け入れた。
あっけにとられている中で気づけばもう『森』の外に連れ出されていて、引くに引けないからという理由ゆえかもしれないけれど。
二人は荒野を歩いていく。
自然の消え去った荒野は天候が荒れて、よく砂塵混じりの風が吹く。
呼吸器に入ったり、目に入ったりすると危ないこれら砂塵を防ぐには、マスクやゴーグルを身につけるしかない。
ただしそれは『弱い種族』の場合だ。
エルフやドワーフなどはその種族的な強さゆえに大気中の
「あんた、もしかして人間族?」
それは『弱い種族』の代表格だ。
……かつて、勇者と呼ばれる者がいた。
それは魔王を打倒するために人間族から神が選ぶのだけれど、そういった一部の特例を除けば、人間族は繁殖力が強いだけの弱い種族にしかすぎない。
その種族は魔法文明という環境が消え去ったあとの変化に耐えきれず、淘汰された。
それでも、完全に滅びたわけではないのだろう。
顔を完全に覆うガスマスク、全身を隠すマント、そして手にはめられた分厚い手袋に、丈夫な編み上げのブーツを見て、フィーネはエクスのことを人間族だと判断した。
そこまでの重装備でなければこの程度の環境さえ耐えられない『弱い種族』だと……
戦闘的な力とは別の、環境適応能力の低い種族だと判断したのだ。
そして――
「あんたが人間族なら、なんとなく、ゴブリン退治をしたがる理由もわかるわ。だって、魔王が勝って世界がこんなふうになったの、人間族のヘマだものね。責任をとりたいって思う人間もいるらしいじゃない」
勇者は、負けたのだ。
そのせいでこの世界から神の加護は遠ざかり、大気に満ちていた
世界が変わったのは、勇者が弱く、責務を果たせなかったからだ。
だから勇者を排出した人間族の中には、その責務を代わりに果たそうとする者がいる――フィーネにはそういう知識があった。
けれど、
「『人間族のヘマ』っていう考え方は面白いなあ。たった数人に世界の命運をたくした、その他大勢の分際で」
どこか飄々として心中を見せなかったエクスの声音が、わずかに剣呑な色を帯びる。
フィーネは慌てて、
「ごめんなさい。悪気はなくって……」
「わかるよ。そういう言い回しをする大人たちの中で育ったんだよね。つまり、そう言い伝えられているんだ。言い伝えた人たちにも不満はあれど悪気はなかっただろうね。でも、彼らにはたった数人に世界の行く末を押し付けている自覚が欠けていた」
「……エクス?」
「いや。俺のやることに変わりはないよ。俺には殺すしかできない」
そこからは無言での歩行が続いた。
フィーネはゴブリンの
それは『森』の全員が共有していた知識だ。
なにせ、さらわれたエルフたちは決まって同じ方向に運ばれるし、ゴブリンどもには根城の位置を隠蔽する理由などない。
ならばその方向に必ず工場があるのだというのは、考えるまでもないことであった。
誰も、実際には確かめていない。
怖いから。
そんなことをしても無駄だから。
立ち向かうつもりなどないから。
父や祖父の話の中に出てくる『気高いエルフ』は、フィーネにとってお伽話でしかなかった。
なにせ、その『気高いエルフ』を語るエルフたちは、そんな面影を微塵も宿していないのだから。
……だから。
あの『気高かったエルフ』たちが、工場を実際に見なかったのは、いいことだと思った。
「……なに、あれ」
フィーネたちの眼前には、もうもうと黒煙を上げ続ける巨大な建造物がある。
金属と石でできた、一つの街とさえ言えるその建物こそが
新人類種たちの兵器を生み出し続け、旧人類種との差を広げ続ける、魔王軍の武力の要――
その、数多くあるうちの、一つなのだから。
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