第2話

 エルフの『森』は近くにあって、そこにはいくらかの農耕地があった。


「エルフが農耕っていうのは、なかなか慣れないな」


 ガスマスク越しにそうつぶやく。


 このガスマスクを外さない怪しい人物の案内を仰せつかったのは、たまたまこの人物に最初に声をかけられた子供エルフだった。


 金髪に碧眼。

 整いすぎた顔立ち。

 ……ガスマスク越しに見るエルフたちは誰もかれもがそんな感じで、男女の区別さえもなかなか難しい。


 その中で明らかに他より背が低く、また、あからさまにこちらに敵意というのか、警戒心みたいなものを抱いているせいで目つきの険しいその少女は、『他と見分けがつきやすい』というだけの理由で、案内役としてちょうどよかった。


「エルフは『マナの大樹』のそばに広がる森を根城にする集団で、その食料のほとんどを木の実と狩猟で確保していた――っていうのが、どうしても頭にあって」


「何百年前の話よ」


 気の強そうな少女は、機嫌悪そうにぼそっとつぶやく。

 少しつぶやいてしまうと、堰を切ったように、言葉が出てくる。


「私の生まれたころから、エルフはこう・・よ」


 少女は両手を大きく広げて、周囲の状況を見せつけるようにした。


 枯れた森。

 汚れた水。

 剥き出しの土の上にはうねがあって、そこでは痩せた野菜がいくらか転がっている。

 人々の顔に生気は薄く、みな、どこか疲れ果てている。


 身にまとう衣服は『マナの大樹』の葉っぱを加工した貫頭衣で、それはたっぷりと魔素マナを吸い上げた大樹の恩恵により枝から切り取られたあともみずみずしさをたもっている――はずが、ぼろくなり、くすんで、薄汚れていた。


 世界から魔素が消え去ったせいだ。


 魔法の恩恵を特に強く受けていた旧人類種・・・・は、その文明ごと衰退してしまった。

 新たなる文明に合わせて技術を開発しようにも――


「ゴブリンやオークたちが――人類種・・・が技術を制限してるせいで、エルフの森は枯れていくばっかりよ。木の実もない。獣もいない。汚い水で畑を育てるしかないってわけ!」


「君は若いわりに、昔のことを経験したかのように話すね」


「みんな、毎日のように『あのころはよかった』って話すからよ! あのころはよかった。あのころの暮らしが本来のエルフの暮らしなのだ。魔法のおかげで栄えていたあの時代がよかった――いい加減理解しろっての! 今は! こう・・なの! 嘆いたって帰ってこない時代を、その時代に生きてなかった私に言い聞かせてなんになるっていうのよ⁉︎」


「元気がいいなあ」


「……あ、その、ごめんなさい。こんな話はされたって、なんにもならないわよね」


「いやあ、いいよ。こちらにはその話を聞く義務がある。きっとね」


「……助けてくれたのは、ありがとう」


 照れるような小さい声で言ってから「でも」といったん言葉を切り、


「余計なことをしてくれたわね」


「ああ、報復?」


「私たちが大人しくさらわれてたら、ここに残ったみんなは、しばらく安全だったのに」


「誰かの犠牲の上に成り立つ安全は、安全とは呼べないよ」


「だから、もうそれ・・はないのよ。誰も犠牲にしないで成り立つ安全なんか、どこにもないの。どうして大人たちはそれをわからないの?」


「……いやあ、胸が痛むな」


「でも、食料は持っていくんでしょう?」


 ガスマスクの人物が要求した『お礼』がそれだった。


『助けた代わりに食料をよこせ』


 非常にシンプルな交換条件だ。

 ただしガスマスクの人物にはゴブリン二輪車乗りバイカーを蹴散らす武力があって、食料という条件は事後に要求したものだ。

 武力でも道理でもエルフたちは逆らえないし、そもそも、もう、誰かに逆らおうなんていう気力さえも枯れ果てているようだった。


「悪いね。俺には目的があって、野垂れ死ぬわけにもいかないんだ」


「ところであんた、男なの?」


「うん? どうして?」


「だって顔は見えないし、背はそんなに高くないし、声が……よく・・わから・・・ない・・んだもの」


「それは俺の体がまだ幼体だからだよ」


「あんた、旧人類種じゃないの?」


「おおむねそうだよ。七割ぐらい」


「なによそれ」


 子供エルフはいぶかしむように眉根を寄せた。


 ガスマスクの人物はそれ以上答えず、食料庫へと案内させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る