魔法文明は衰退しましたが魔力を使って無双します 〜勇者が敗北したあとの世界は、科学魔王の支配する荒野でした〜

稲荷竜

第1話

 荒廃した都を一人で歩いている。

 砂塵にまみれた廃都には、かつての繁栄の名残が見えた。


 宙を浮かんでいたであろう『塔』の残骸が地面に突き立ち、魔導により動いていたであろう炉が砂に埋もれながら転がっていた。

 かつて制御されていたはずの天候はもはや秩序を失い、荒れ狂う風が砂を舞いあげ、視界をふさぐ。


 息苦しさを覚えるならば、それは過去において『瘴気』と称された大気中に漂う有害なチリが原因だ。

 これはもはや組成が解明され、ガスマスクで簡単に防ぐことができた。

 魔道具と呼ばれた数々のアイテムはもはや種の割れたおもちゃに成り下がった。

 個人が個人の裁量のみで使えた『魔法』などという技術は、とっくに廃れ去ったのだ。


 ここは滅びた魔導の都。

 カガクに塗りつぶされた遺跡。


 金属製の左腕を軋ませながら、ガスマスク越しに周囲をうかがう。

 砂に埋もれた探し物がある。

 魔法文明の残滓たち。


 迷彩機能のあった・・・マントをはためかせながら、重苦しい向かい風をかき分けるように進む。


 ――ああ。


 なんて息苦しい、機械と油にまみれた、この世界。


 魔法の終わってしまった、この世界。


◆◆◆


 これは、勇者の冒険が失敗に終わったあとの物語だ。


◆◆◆


「お、ラッキー」


 砂塵の中でしゃがみこんで、あるものを拾う。

 それはガラス玉のようだった。……正しくは、『元はガラス玉であっただろうものの破片』に見えた。


 分厚い手袋に包まれた右手でそれをつまみあげると、ベルトにぶらさげた皮袋にその破片をしまいこむ。

 皮袋の中にはすでに似たような破片が大量におさまっていて、ちゃりん、と小気味よい音を立てて新しいそれも加わった。


 これほど早く見つかるとは思っていなかった。

 だから、少しだけ気分がいい。もう少し探せば、あと一つ二つ見つかるかもしれない。がんばってみようかな、という気分にもなる。


 けれど――


 うぉんうぉん・・・・・・という唸り声が耳に届く。


 すると一気に不機嫌になり、舌打ちをして、あたりを見回した。

 身をひそめられる場所を探しているのだ。


 けれど、そんなものは見当たらない。

 少なくとも、あの唸り声の主が自分を視認するまでに潜める距離には、なにもない。


 迷彩マントは――ダメだ。

 起動を試みても、全体が一瞬だけ周囲の色合いに同化するだけで、すぐさまもとの茶色を取り戻してしまう。


 やはり、自分は、機械との相性が悪い。

 

 いざという時に備えて左腕の調子をたしかめるように、五指を動かす。

 それは金属製とは思えないほど軽やかでなめらかに動くけれど――ダメだ。力が足りていない。


 砂塵が姿を覆い隠してくれることを願った。

 けれど天候は気まぐれで、こっちの有利には働かない。先ほどまで吹き荒れていた風はすっかり凪いでしまって、雲の切れ間からは日の光が差し込んでいる。


 やはり自分は――世界そのものと、相性が悪い。


 なにも成せないうちに、唸り声を上げながら鋼鉄の猛獣が近寄ってくる。



 それは自動二輪車バイクの群れだった。



 おおよそ二十台のそいつらは、どれもこれも刺々しいアタッチメントをつけた攻撃的なフォルムをしている。

 しかも通常は静音であるはずなのに、あえてうなり声・・・・が響くように改造を施しているのだ。


 マシンパワーの方はどうかと言えば、無改造車と大差なく見える。

 ……派手に、攻撃的に、しかしマシンスペックまで変えるほどの技術や資金はない。どうにもそれが、連中のスタイルのようだった。


 さて、自らの車輪で砂塵を撒き散らしながら走ってくるそいつらは、暴走行為に夢中で、視線をこちらに向けてくる様子はなかった。


 ただ。

 こちらが、見つけてしまった。


 暴走二輪自動車の群れ。

 それを駆る――ゴブリン・・・・ども。


 そいつらが戦利品のようにバイクに縛り付け、あるいは肩にかついでいるのは、どうにもエルフ・・・の女たちだった。 


 あのとがり耳に、金髪に、碧眼に、独特の衣装――

 彼女たちの集落に必ずある『大樹』の葉っぱで作った緑色の貫頭衣は、もう遠目に見ても、暴走自動二輪車に乗せられてても、見間違いようがないほど、エルフなのだった。


 エルフとわかったならば、助けないわけにはいかない。


 仕方なく立ち塞がる。


 暴走二輪車の群れの先頭にいたゴブリンは、間違いなくこちらに気付いた。


 その上で、アクセルをめいっぱいふかして、加速した。


「……武器の使い方を理解している。知能があるな」


 おどろきのあまり、つぶやいてしまった。


 だって連中、二輪自動車という兵器・・による轢殺れきさつを狙っているのだ。


 前に相手にしたゴブリン二輪車乗りバイカーどもは、いちいち減速してこちらを取り囲み、その上で因縁をつけてから、二輪車から降りて殴りかかってきた。


 相手に知能があると、こちらもある程度の手札を切らねばならない。


『もったいない』という気持ちを噛み殺しながら、腰に提げた皮袋に右手を入れる。

 そこからガラスのような質感の欠片を一枚だけつまんで、目の前に掲げる。


 そして、


「【風よ】」


 それはガスマスク越しということを差し引いても、不自然にブレてくぐもった声だった。

 この世界の言葉ではない言語を同時通訳しているような、妙なエコーとサラウンドのかかった音声だ。


 その音声を認証するとともに、手にした欠片がサラサラと解けて消えていき……


『現象』が起こった。


 不意に吹き荒れた風は衝撃波となり、正面から迫ってくるゴブリン二輪車乗りバイカーたちを吹き飛ばした。


 同時に、宙に放り投げられたエルフたちをふわりと受け止め、ゆっくりと地に降ろす。


 その『現象』の名は――


「『魔法』⁉︎」


 地に降ろされたエルフの一人が、子供らしい甲高いおどろきの声を発する。


 たしかに、魔法だった。


 ほんの数百年ほど前までは、誰でも使うことのできた技術だ。

 しかも、大気中にあふれている『魔素マナ』というものを利用して、誰だって兵器のようなことができた。


 けれど、もうこの世界に魔素マナはない。

 今ではもう、『代償』を拾い集めなければ使えないし――『代償さえあれば使える』のだということさえ、知る者は少ないのだろう。


 ガスマスク越しに周囲を見る。


 エルフたちは縛られたままだが全員無事だ。

 ゴブリンどもを二輪車バイクから降ろすことには成功したが、地面に打ち付けられた連中は、痛みにうめきながら起き上がってくるところだった。


 しかも、連中、機関銃マシンガンを持っている。


工場・・が近いな。エルフたちは労働力として連れ去られていたところか」


 特にゴブリンにとって、女エルフは繁殖にも使える労働力だ。


 助けなければならない。

 ……正義感とか、憐憫とかじゃなく。

 責任感や使命感というほどでもなく――

 惰性というか、もののついで、みたいな感じではあるけれど。目に入った旧人類種・・・・を救済するのは自分の義務みたいなものだと考えている。


 起き上がったゴブリンたちが、黒光りする機関銃の銃口を向けてくる。


 右手を皮袋に伸ばして、新しい欠片をつまもうとしたが――

 やめた。


「まあ、機関銃マシンガンぐらいならなんとかなるか」


 ゴブリンたちが狙いを定め、引き金を引く。


 火花を上げて銃口から飛び出す弾丸を見つめる。


 それから、動き出して――


 ゴブリンの集団を通り抜けた。


「なんとかなった」


 ゴブリンたちがドサドサと崩れ落ちる。


 それから、たまたま一番近くにいた子供のエルフを見下ろして、


「助けたお礼をしてもらっていい?」


 手を差し伸べることもなく、しゃがんで視線を合わせることもなく、そう言った。

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