第2話


「え? き、きゃああああああっっ!? あ、愛町さんが死んでるぅぅうう!?!?」



「「!?!?」」


 高良と相楽、同時に叫びそうになってぐっとこらえる。


 キスしているところを見られた、と背筋が凍ったが、その前に今の相楽は血だらけだ。しかも傍にはナイフ……、カップルのキスシーンを見ちゃった気まずい――な状況ではなく、どちらかと言えば殺人事件を目の当たりにした驚きが勝る。


 そう、だから小柄な教師の反応は、普通なのだ。


「は、はやく、警察……の前に救急車!? それとも学年主任に連絡を……それよりもAEDを――いいえ、人工呼吸っ!?」


 ――どうしてみんな人工呼吸を思い浮かべるの!? と、相楽が声にならない声で叫ぶ。倒れている人を見たらまずは人工呼吸――という常識? があるのかもしれない。

 古くから人間のDNAに刻まれたものなのだろうか。


「じ、じんこう呼吸ですっ、せーのっ、すぅ!!」


「先生、落ち着いてください。私に人工呼吸をしてどうするんですか」


 学生とそう変わらない小柄な教師が、高良に肩をぐっと抑えられている。

 パニックになっている教師は、むぅーと唇を突き出したままだった。


「しかも吸ってますよね? 息を送るんですよ――」

「そ、そうでしたね……ええっと、ひとまずは通報しましょう! その後で、警察に人工呼吸ですね! 先生、知識はあるんです、できます!」


「落ち着いてくださ、――落ち着け!!」


 分かりやすく目をぐるぐるとさせた教師が「き、きき、緊急事態です!」と。心配になるくらいにひとりでてんやわんやして――たぶん赤いから目についたのだろう、教師が非常ボタンをぽちっと押した。


 ――ジリリリリリリっっ!! と、学校全体に広がる警報。


 あっという間に騒動が肥大化していく。


「さ、さあっ、これで通報するまでもなく人がきますねっ」

「先生!?」


 教師は、最善手でしょ、みたいに胸を張っている。

 …………最悪である。


 ただし、それは殺人現場が虚構であると知っているふたりからすれば、だった。



(ちょおーいっ!? ちょっとこれどうすんのよ、あたし起きられなくなったんだけど!?)


「愛町さんっ、気をしっかり! 絶対に助かりますからね!」


 教師は相楽を安心させるように肩に手を置いてくれる。

 追い詰めているのはあんただ、と愚痴をこぼしたくなった。


(た、助けてください……いまさら死んだふりでしたー、とは言えないよぉ……)


 歓迎サプライズのつもりが、こんな騒動になるなんて……

 相楽は泣きたくなりながらも、表情は変えずに死んだふりを続けている――と、


「愛町さん……(このまま死んだふりを……いえ、死んでいてください。必ず助けますから。ですので、仮死状態になることってできますか?)」


 教師に気づかれないような声量で、高良が話しかけてくる。

 お互いに状況は把握している。

 このまま問題が大きくなることは高良も相楽も望んでいなかった。


 相楽の勝手な行動とは言え、高良も一度は悪ノリに乗った手前、知ーらない、と放置することはできなかったのだ。だから考えている……この場を乗り切る方法を。


「(仮死……できるわけないんですけど)」


「(できなければ私に任せてください。あなたの口と鼻を塞ぎます。呼吸をしなければあなたはやがて意識を失い、倒れていても不自然ではない状態になりますから……)」


 大量出血については偽物だとバレるだろうし、演劇の練習やなにかだった、と言い訳をすることができる。それでもお説教はあるだろうが……意識を失ってしまえば相楽のイタズラ、ではなく、相楽は被害者になることができる。

 なってしまえば、騒動も仕方ないことだった、と分かってもらえるようになるだろう。


「(気絶……? でも無呼吸で、意識を失うって、それって――)」


 つまり、だ。


「(危険ですけど、たったの数分でいいんです。ほんとうに死んでください、愛町さん)」


 そして、人工呼吸という名目で高良の熱烈なディープキスが相楽を襲った。


 相楽の口の中を食べるように高良が隅々まで味わって――――そして、


 相楽は呼吸が止まり、確実に心肺停止となった。



 数時間後――

 愛町相楽が目を覚ますと、見えたのは白い天井だった。

 マジで病院だった。


「……夢じゃないっぽい……」


「ええ、夢じゃないわよ。ちゃんと、あなたは死んで生き返ったの。……せっかくだから聞くけど、死んだ感想はどうだった?」


「……ふつうにぐっすりと寝た感じ……」

「そう、つまらな……まあそんなものよね。……さて」


 手元にあった文庫本を閉じた転入生――響鬼高良。


「これに懲りたらあんなことはもうしないようにね。あの後、警察もてんやわんやだったんだから。あまりにもリアルな血と傷口で、刺殺されたのだと警察でさえも騙せていたんだから。あなた、才能あるんじゃない?」


「えへ、へー……そなんだぁ……」

「嬉しがらないの」


 褒めておきながらそんなことを言う高良。


「目が覚めたら説教だー、って、先生警察親御さんが言ってたわよ?」


 うぇ、と空気を吐き出した相楽だった。

 今後のことを考えると二度寝したいところだったが、ばちっと高良と目が合い、次にふたり揃って「ぷっ」と噴き出した。


「……あははっ、まさかこんな騒動になるなんてね……想像もしてなかったよ」

「こっちもよ。死んだふりなんてしてさ……どういうつもりだったの?」


「そっちだって。騙されたふりしてたじゃん。あれはなんだったの?」

「それは……」


 高良はにやける表情を元に戻しつつ……しかしできていなかった。

 にや、と嬉しさがこぼれ出てしまっていた。


「だって、私を楽しませようとしてくれたんでしょ? だから無下にもできなかったし……それに、面白いものが見れたからね、うん……楽しかったわよ」


「そっか……じゃあ死んだふりをしたかいがあったね」

「死んだふり? ちゃんと一度は死んでるけどね」

「なら――死んだかいがあったねっ」


 病室で言うセリフではなかった。

 通りがかったナースが怪訝な顔をしていたが、高良が会釈で誤魔化す。


「あっちゃダメなのよ……まったく……。ねえ、愛町さん」

「ん?」


「――これからよろしく、また楽しませてね」

「うん。クラスメイトとして、よろしく!」


 相楽の言葉に、高良は唇を尖らせて不満そうだった。

 相楽は彼女の尖った唇を見て……唇、キス……を、思い出す。


 そう言えば深く熱烈なキスをしたんだった、とあらためて認識した。


「キスした仲なのにただのクラスメイトなんだ……ふぅーん」

「あれ、転入せ――響鬼さん?」


「何度も何度も熱烈なキスをしたのに他のクラスメイトとそう変わらないのね。へえ、手慣れるてるのね……それともキス慣れしてる?」

「はぁっ!? あたし、初めてだからっ! 手慣れてるわけないでしょお!?」


「そ、なら良かったわ……じゃああらためてよろしくね、愛町さん……いえ、相楽……?」

「あ、うん……よろしく……。クラスメイト、じゃなかったらさ、その……あたしたちの関係性って、やっぱり……」


「キスしたのよ? ならもう分かるでしょ? クラスメイトよりも深い深い…………関係性よね? キスして逃げるなんて、許さないからね?」


 ……なんだか、手を出してはいけない子に関わってしまったような気がする。

 彼女に一目惚れしたのは相楽だし、この関係性は望んだことではあったのだけど……想定していたよりも深く、抜け出せない穴だった気分だ。


 愛情に溺れそうとは、このことかもしれない。


「…………くかー」


 相楽は一旦、二度寝することにした。

 寝て起きれば、状況が変わってるかもしれないと思って――――


「寝たふりで誤魔化されないからね? 死んだふりの前科があるんだから……それともその寝たふりはキスしてほしいっていうおねだりなのかしら?」



 その後、病室で深く熱烈なキスをする女子高生を目の当たりにしたナースが噂を広め、病院で一躍有名人になるふたりなのだが……、当人たちは知らない出来事だ。




 …おわり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

真面目ちゃんにジョークは通じない? 渡貫とゐち @josho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ