第2話


 ――入力、入力、入力、入力。

 手元のボタンを鍵盤のように叩き、レバーで調整。慣れきった動きに、手は滞ることなくついてくる。頭はただ、目の前の試合で埋め尽くされている。

 最後。焔の竜巻じみた拳が、相手の顎を撃ち抜いた。

『YOU WIN!!』

 液晶に煌びやかな文字が灯って、ようやく肩の力を抜いた。

「いやぁ、お見事ですね」

 対戦相手だった青年が立ち上がり、こちらにやって来る。握手を求められたので、「どうも」と答えた。下心もなにもない、純粋に相手を讃えあう、まさしくスポーツマンシップじみたやりとりには、何物にも代え難い清々しさがあった。

「空中蹴り凄かったです。俺、あのキャラぜんぜん使えないんすよ。コンボうますぎてビビりました」

「ありがとうございます。あの技は、地元で必死に練習しましたから」

「あぁ、やっぱりここらへんの人じゃないんですね。でも『勇者』さんなら、あの人にも勝てるかもしれないな」

「あの人?」

「『魔王』さんです」

「…………ッ」

 息が詰まった。

 現代――二〇二〇年の東京。魔法の代わりに科学技術が発達した、そんな時代の大都市に転生しても。私は未だに、忘れることができないでいる。別の世界で、はるか昔に起きた出来事を。私じゃない私が、否、私自身が生き抜き、彼を殺した、あの記憶を。

 魔王、なんてありふれた単語だろう。だというのに、漫画やアニメ、ゲームでさえその名を聞くと、つい反応してしまうのだから、なんとまぁ執念深いというか、面倒くさいものだ。

「あ」

 青年が、対面を見て声を上げる。

「ちょうど『魔王』さんが来ましたね」

「え?」

 では、と言って去っていった青年に、条件反射的に会釈を返したあと――私は思わず、立ち上がっていた。

 目の前には、うつくしい男性。

 黒く艶めく長髪。真紅の瞳。てかてかのジャケットと揃いのスラックスに、『魔王』と大きく描かれたTシャツ。

「…………ダサッ」

「ごほんっっっ!」

 わざとらしい咳払い。

 嗚呼、もう、なんか。漫画やアニメであれば、すごい感動のシーンだったのに。観客全員が涙するような、諸手を挙げて喜ぶような、そういう展開だったのに。

 唇が、綻ぶ。きゅーっと、胸が締めつけられて、いっぱいになって、それでも収まらなくて、鼻の奥がツン、として。

「ここで会ったが百年目だな、勇者!」

 笑う。笑ってしまう。笑いが止まらない。だというのに、頬が、熱い。彼の瞳に映る私の笑顔は、くしゃくしゃに歪んでいる。

 ――思いきり、目元を拭った。

「言いたかったことが山ほどあるわ、クソダサ魔王。あんたから貰った城のこととか、あんたが死んだあとのこととか」

「あぁ、余にもあるぞ、泣き虫勇者。魔族であった余が転生できるまでの冒険譚、とかな。だが、それよりも先に、だ」

「えぇ、そうね」

 筐体の前に、座る。画面を見据える。そこには、剣も、魔法もない。理由とか、宿命とかも、なんだっていい。あるのは拳と、言葉だけ。

 それでいいのだ。

 だって、今。私も、きっと彼も、すっかり楽しくなっているのだから。

 

「「いざ、勝負ッッッッッ!」」

 

 あの頃よりもずっと鮮やかな世界が、目の前に広がった。

 

(了)

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勇者と魔王、至高の遊戯 シノミヤユウ @Yu_Shinomiya

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