第5話 藍崎瑠々子の渡世の流儀

「『バスカヴィルの犬』なんですがね、あたしがどうしても納得できないのが、領主に攫われた娘さんが死んだってえことなんですよ」


 後日。

 老店主の経営するこじんまりした喫茶店。

 難を逃れたエンマと妖精エルフの二人、それに瑠々子るるこがテーブルを囲んでいる。


「姓も名も明らかになっちゃあいませんが、娘さんの家系、北欧のほうから来たヴァイキングのすえだったんじゃないですかね?」


 ずずっとアイスコーヒーを啜り、


「ベルセルクにウールヴヘジン。黒犬じゃなく熊か狼。領主の喉笛を喰いちぎりそのまま果てたのは、囚われ身を脅かされた娘さん自身。それなら後々まで領主の家を呪うのも、辻褄が合うってもんです」


 妖精は穏やかな笑顔のままパフェをつついている。平坦な声でエンマは尋ねた。


「で? その話が何なんです? 私が狂暴化して、妖精さんに憑いた化物を捻り潰す算段だったと?」

「あ、いや、そういうわけじゃあありやせんぜ。何か悪い因縁が絡んでいるのは見えやしたが、確証はありやせんでしたからね。バスカヴィル効果なんてえ言葉もございます。無いなら無いではっきりさせないと、収まるものも収まらねえって言いますか――」

「えー? 瑠々子は“見えた”からエンマちゃんを寄越したんだよねー? 確認のためだけにー、素人にアストラル投射をさせたりしたらー、憑いてなくてもそこで何かを拾ってくる可能性あるじーゃん?」

「アストラル投射をさせたのは妖精じゃあねえか! あたしは素人にそんな危ないことさせるなんて、とてもとても」


 ニコニコと指摘する妖精に、慌てて反論する瑠々子。


「でも、私に何も憑いてなかったとしたら、私の件も妖精さんの件も全く進展なしだったわけですよね。そんな意味の無いことやらせたんですか?」


 カラカラと、オレンジジュースの氷をストローでかき混ぜながら、エンマは問う。悩みは無事解決し命は拾ったものの、渡らされた橋の危なっかしさに納得のいかない様子。


「あーはいはい。分かってました。分かっててやったんでやすよあっしは。明確に獲物と目されてないエンマさんの件はまだしも、手前で仕掛けた訳の分かんねえ罠に嵌った妖精を、助けられるやつなんざそうはいねえ。古い馴染みの命が掛かってんだ、危ない橋の一つや二つ渡るのが女ってもんでやしょう!?」

「タダな訳ないよねー? 謝礼は取るんでしょー?」

「ったりめーだこの野郎! ダチだからって甘えんな!!」

「でも、今回瑠々子は何もしてないよねー?」

「……う」

「まったくー。上手く行ったから良いようなものの、なんでこんな危ないこと思い付くかなー? あ、マスター追加注文お願いできる」


 パフェを食べ尽し、苺サンデーを注文しながら、妖精は呆れ顔でため息を漏らした。


「それよ。死ぬのを先延ばしにしてるってだけで、一ヶ月も続けりゃ手前の正気も怪しいってもんだ。おまけにエンマさんの相談まで抱えて悩むあたしの耳に、おばさん連中の言葉が辻占めいて飛び込んできたわけよ。『バケモンにはバケモンぶつけんだよ!』ってな。映画の台詞らしいが、なかなかどうして大当たりだったって寸法だ!」

「……妖精さん、このひと一発殴ってもいいですか?」


 エンマの問いが終わる前に、妖精の投げたスプーンが瑠々子の眉間に命中した。


 了

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シュレディンガーの猫とバスカヴィルの犬 藤村灯 @fujimura

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