ダクファン作家とラブコメ作家

二木弓いうる

ダクファン作家とラブコメ作家

 どうも皆様、初めまして。月刊コミックフラッペの編集者です。

 この度お偉いさんから、とある企画を担当するよう頼まれました。


 漫画家さん二人による、作品のコラボ。まぁ企画自体はそんなに珍しいものじゃないですね。


 問題はコラボさせる先生達なんですよ。


 今日はそんな先生達の、初めての顔合わせ兼ねた打ち合わせ。編集部内にある、打ち合わせ用の個室に集まりました。

 恐れ多いですが私はお誕生日席に座らせていただきます。

 それでは二人の作品のキャッチコピーと共にご紹介しましょう。


 私から見て右手に座っておられますのが、『皆殺し狂喜乱舞』

ダークファンタジー漫画家、北島マヤ先生。


 私から見て左手に座っておられますのが、『恋する二人はミルクチョコレート』

ラブコメ漫画家、わだまなみ先生。


 です。

 ……誰ですか、この二人をコラボさせようって言った人!


「えー……今回コラボしていただくのは、マヤ先生の『異世界毒支配』と、まなみ先生の『幼馴染の放課後デート』で……」


 自分で言ってて分かる。タイトルの時点でどうコラボさせれば良いのか分からん。


 ちなみにそれぞれの作品あらすじ紹介欄。


 まず『異世界毒支配』。


 家庭でも学校でもいじめられ、人間不信の主人公タクマが不慮の事故で異世界に転生。悪魔の夫婦に育てられ何だかんだ幸せに過ごしていた。

 だが人間達に悪魔夫婦を殺され、復讐のために人類皆殺しを決意する。夫婦に教わった、毒の魔法で――。


 という感じ。


一方『幼馴染の放課後デート』。


 付き合ったばかりの幼馴染カップル、和彦とまい。今までの距離感が近かったために、付き合ったからと言ってどんな事をすればいいのかが分からない二人。

 そこで放課後、街に繰り出して他のカップルの真似をする事にしてみた。友人カップルが手を繋いで歩いていたら自分達も手を繋いでみる。見知らぬカップルがクレープを食ってたら自分達も食う。大人のカップルがキスをしていれば自分達も……って、それはまだ早いのでは!?


 的な。


 あらすじを確認すればするほど、このコラボは無謀なのでは? と思ってしまう。


 所詮お遊び企画だ。笑ってくれれば良いんだけど。

 私はチラッと、二人の顔色を伺う。ものすごい剣幕で互いを見ている。

 そもそも作品の前に、見た目と性別からして真逆なんだ。


 マヤ先生は成人男性のはずだけど、背中に「Saitama peng High school」と高校名の入った紺色のジャージを着ている。髪もボサボサ、髭も伸びてて、悪いが清潔感は見当たらない。


 まなみ先生は現役女子大生で、見惚れる位サラサラな黒髪ロングヘアー。服も清楚な水色ワンピース。メイクも完璧。絶対モテる。


 どうしよう、何から話せば良いのか……。

 まずコラボするよーとは言われたけど、どういう風にコラボさせるかはこっちで決めていいらしい。今思うと丸投げ。


 そこから決めないとなんだけど――。


 ん、まなみ先生が紙を渡してきた。マヤ先生にも同じものを渡している。

 並んでいる文字列。これは……プロット、いやシナリオ? 


「あの、マヤ先生とわたしの作品、かなり雰囲気が違うので……正直打ち合わせとか長引きそうだなって思ったんですよ。だからプロットとシナリオ、先に描いてきたんです」


 おぉ、それはありがたい。それを元にすれば話は早いし、マヤ先生の描きたいものがあれば話の基盤になるプロットにねじ込んで、そこからシナリオ制作を進めていけばいい。


「では拝見させていただきます」


 私はわくわくしながらシナリオに目を通した。


『主人公タクマは異世界に転生後、毒による人類皆殺しを企んでいた。一方その頃、タクマの元居た世界にあるパン屋でバイトをしている少年、裕也は毎週火曜日に来る女子高生ゆみの事が気になっていた。どうにかしてゆみの気を引きたかった裕也は、彼女がいつも買うメロンパンにチョコで絵を描く事にした』


 ……パン屋の話になってる!


「おい、誰だコイツら。毒支配にそもそもパン屋なんて出てこねぇぞ。これじゃ俺の作品のキャラじゃねぇだろ。しかもほのぼのしやがって。せめてパン焼くの失敗して家燃えろ!」


 最もだよマヤ先生。家燃えろはちょっと言いすぎだけど。

 フォローを入れよう。


「まなみ先生、確かにマヤ先生の作品に出ていないキャラの話を描くのは流石に」

「出てますよ。マヤ先生、忘れました? 第一巻の二ページ目。主人公が転生する前のシーンを描いたでしょう。そこに彼らはいます」


 あぁ、そんなシーンはあった気がする。一応確認しておこう。


「ちょっと失礼」


 私は席を外し、社内に置かれている異世界毒支配の単行本を持ってきた。

 席に座り直しながら、表紙をめくる。これは……!


「見たってないだろが。パン屋なんて」


 自信満々なマヤ先生には悪いけど。私は仕方なく口を開いた。


「……ありました」

「は?」


 確かに一巻の二ページ目には、主人公の背後にパン屋が描かれていた。

 加えて、その店内には店員の男とお客さんと思われる女子高生の姿もあった。なんちゅう所に目をつけているのか。


 今度はまなみ先生が自信満々だ。そしてマヤ先生はとても機嫌が悪い。怖いよー。


「ね? いたでしょ? ちなみにもうお分かりかと思いますが、女子高生ゆみは放課後デートのヒロインまいの親友です。マヤ先生の描いたキャラ、ゆみに似てるので。ゆみという事にしましょう。ゆみは明るく元気な子でいつもヒロインを助けてくれる、読者からも人気の高い子で」

「こんなもん背景とモブだ! こんなん毒支配とのコラボだなんて言える訳ねぇだろ!」


 うん。これじゃ読者も分からないと思う。というかこのキャラ、絶対マヤ先生のアシスタントさんが描いたやつだ。もはやアシスタントさんとのコラボになってしまう。


「あら、じゃあマヤ先生はどうするおつもりで?」

「少なくともこんな主人公同士の絡まないコラボにするつもりはねーよ」

「嫌です。わたしのキャラを殺させはしません。この際だから言わせてもらいます。今までの先生の作品も一通り見ましたけど、先生の作品はハッピーエンドじゃない。全てバットエンド。そういうの正直、どうかと思うんです」

「……ふふっ、ははははっ……ぶっ殺す!」


 やーめーてーよー!


「落ち着いて下さい。先生達の気持ちは分かります。ですが先生達のコラボを望んでいる人だっているんです。その人達のために、どうか協力して作っていきましょう!」


 自分で言っておいて何だけど、この作品のコラボ望んでる人いるかな?


「分かった。じゃあ放課後デートの主人公、殺していいよな」


 いい訳ないだろ。

 まなみ先生も、マヤ先生を白い目で見ている。


「主人公殺す許可を出す作者がいるはずないでしょう」

「じゃあヒロイン殺させろ。もしくはモブレ」

「モブレ?」

「名もなきモブによるレイプ。豚みてぇなデブのおっさんがいいかな。主人公の前でヤるか」

「許すはずないでしょう」

「んじゃタクマが毒と間違えて媚薬を手に入れ、捨てる。それを拾った放課後デートの主人公とヒロインがレッツ子作り」

「止めて下さい。放課後デートは純情ピュアが売りなんです」

「好きな相手と出来るんだから幸せだろうが。俺的にはヒロインの頭破裂させても良いし、内臓引きずり出しても良いんだぞ」

「そんな血みどろ、放課後デートの設定で出来るはずないでしょう」

「てめぇ、否定ばっかじゃねぇか。ちったあ自分でも考えろよ!」

「一番最初に考えたじゃないですか!」

「パン屋の話は忘れろ! パン屋は死んだ!」

「勝手に殺さないでください!」


 ここでも二人の違いが出てしまっている。


 マヤ先生はアイディアメーカーで、ポンポンネタが思い浮つく。常識なんてない、現実的にはアウトな残酷ネタが多いけど先生の作風にはあってるから問題ない。

 ただ非常に遅筆のため、アシスタントさんがいないと締め切りに間に合わない。


 逆にまなみ先生は描くのが非常に速い。アシスタントさんなんて雇った事ないし、一日で三十ページの原稿三本とネーム三本持って来られた日はどうしようかと思った。

 しかしネタ出しに非常に時間がかかる。ネタさえ出れば早いし、面白くて質も良いんだけど。どうしても間に合わなくて、ストックからどうにかする事もしばしば。

 確かに軽く読んだ感じ、パン屋の話は面白かった。これはまなみ先生のストックとして採用してもらおう。


 とりあえず今は……そうだ。


「一緒にお話を作るのは諦めて、互いの作品の短編を考えるというのはどうでしょう。マヤ先生が放課後デートを描いて、まなみ先生が毒支配を描く……ダメ……ですかね」


 二人して私を見ている。怖い。


「まさか俺にあの角砂糖の塊みたいな話を考えて描けと? 無理。考えただけで吐きそう」

「こっちのセリフです。わたし、あんな野蛮な話思いつきませんし。描くの嫌です」

「どこが野蛮なんだよ」

「全部です」


 ダメか……。いや、諦めちゃいけない。今回のコラボが成功すれば、互いに創作の幅が広がる可能性だってあるし。


「そう言わずに。例えばですけどマヤ先生、どんな女性が好みですか。見た目や仕草、シチュエーションなど。何かあるでしょう」


 腕を組んで黙り込んだアイディアメーカー。どうしよう。まさか男が好きって事ないよな。それだと放課後デートでも毒支配でもなくなってしまう。


「……結婚秒読みの女」


 予想外の答えが返って来たぞ。きっと私、今アホ面になっている。


「結婚秒読みの女、とは」

「結婚秒読みの女が、ある日別の女に男を取られて、仕事でもしくじって、ハゲ頭の上司に無理やり抱かれて、失禁して、ボロ雑巾みたいになる様」


 とんでもねぇ答えが返ってきたぞ。

 まなみ先生は深いため息を吐いた。


「酷い思考回路をお持ちなようですね。どうしてマヤ先生は捕まらないんですか」

「マ、マヤ先生現実では犯罪者じゃないので……あと作品人気なので……」

「あれじゃ犯罪者みたいなものですよ。何故人気なのかが分かりません」

「では、まなみ先生は」

「私、好みの殺し方とかないです」

「でしょうねぇ……そうだ。異性の嫌いな所とかないですか。嫌な事をされた、とかでも構いません」

「嫌な異性……」


 そう呟いた彼女は、静かにマヤ先生を指さした。やめてー。せめて言葉で言ってー。


 ガンッ!

 マヤ先生が足で机を蹴とばした。勘弁してほしい。私泣いちゃう。


「暴力は止めて下さい」

「言葉の暴力って知ってるか? 先にやったのはそっちだろーが」


 しかし全く話が進まないな。仕方ない。


「そこまで合わないようであれば、残念ですが……お偉いさんに頼んで、この企画はなかった事に」

「「それは嫌」」


 声が揃った。


「え、な、何で」


 あまりにも予想外だった。

 二人はワザと顔を背けている。


「出来ないと思われんのがムカつく」

「そうですね」

「まぁ死なないのはどうかと思うが、コイツの作るキャラ設定は面白いと思うし……」

「こう言ってすぐ血祭りにするマヤ先生ですけど、絵だけを評価すれば凄く繊細でキレイですし。むしろ尊敬出来ます」


 ……真逆だと思っていたが、どうやら根は似たもの同士らしい。そんでもって、互いの良い所は認めている。


「……失礼しました。では、続けましょう」



 そうして私達は相談に相談を重ね、何とか双方が納得する作品を作り上げた。


 結局二人でストーリーを考え、それぞれのキャラクターを描く合同作業となった。二人にバラバラで描かせると、自分の世界観を強く出してきて主人公の人格が崩壊すると分かったからだ。ファンシーショップで犬の人形を欲しがる毒支配のタクマ・放課後デートのまいを監禁、暴行しだす和彦なんて、読者は誰も見たくないだろう。


 相談にかかった時間は、約二週間ほど。決まってからネーム・ペン入れ・ベタ塗り・トーン・仕上げまでかかった時間は約三日。何でだ。


 とにかく大変だった。すごく大変だった。

 全てを語ると長くなるので、かいつまんで言うけれど。


 言い合いが酷くて、殴り合いに発展するんじゃないかって思うような事もあった。

まなみ先生が失踪した事もあった。


 アシスタントさんと一緒に、マヤ先生のモチベーションを上げた事もあった。


 経費で食べた焼き肉はすごくおいしかった。


 すごく疲れて、何が面白いのか分からなくなった事もあった。


 あれほどストーリーには口出ししてたのに、作画に関しては全く口出ししない双方がすごいと思った事もあった。


 今度はアシスタントさんが失踪した事もあった。


 いっそ今までの流れを撮影して動画サイトに投稿した方が面白かったんじゃないかと思った事もあったが、炎上する可能性があるから止めた方が良いなと冷静さを取り戻せた事もあった。


 本当にこれ私の仕事だろうか。そう思う事もあった。


 それでも、新しい漫画を見てみたい。

 その気持ちだけで頑張った。


 すごく頑張った。


 描き終えた二人は、もう二度とやりたくないと言っていた。本当にやりたくないのは私の方である。


 それでも形にはなったし、本誌にも掲載された。それだけで私の苦労は無駄じゃなかったんだって、満足感がすごい。


 努力と結果は絶対にイコールではない。はっきり言って、読者からの評価は悪いものかもしれない。アンケート結果がとても怖い。


 けど、楽しんでもらえたらいいなって気持ちは込めた。

 そう思って無い漫画家さんなんていないだろうけどね。


 マヤ先生もまなみ先生も。漫画家さんだけじゃなく、小説家さんや放送作家さん。

それから、私みたいな編集者も。

 この思いが、読者にどれだけ伝わるかは分からないけど。

 出来る限りたくさんの人に伝えるために、この仕事を続けていきたい。


 そんな苦労の集大成でもある合作漫画のあらすじはこちら。


『幼馴染カップル、和彦とまい。何と異世界に来ちゃった! そこで出会ったタクマから出合い頭に腹パンされるし、毒をかけられそうになって大ピンチ! って所でまいは目が覚めた。つまり彼女の夢落ちって事ね。でも怖い思いをしたまいは、和彦に慰めてもらえてハッピーエンドちゃんちゃん!』


 あぁ、なんかやっぱりダメな気がする。大丈夫かこれ。

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