最高の茶番に巻き込まれた人たち(2)


 それからは

 白けた場をどうにかするべく、

 健志が今から

 クリスマスパーティー的なことを

 やろうと言い出してくれて

 パーティーゲームをしたりと

 賑やかな時間を過ごした。



 ひとしきり遊んで日も暮れた頃、

 俺は神と共に四人を見送りして

 静かになった家へと戻る。


 すると神が急に俺の袖を掴んで、

 さっきの話には

 続きがありますと言った。



「君のお母様が願ったからと

 先程は説明しまいたよね?」


「ああ、そうだけどまだ何かあるのか?」


「ええ……あれでは不十分なのです。

 これを見てください」



 神はそう言って

 どこからともなく取り出した

 楕円形のロケットペンダントを

 よこしてきた。


「この方に見覚えはありませんか?」


 長くてふわふわな黒髪と

 穏やかに微笑みかける

 ワンピース姿の女性。 



「これ、若いときの母さんだ……

 あーこのときは母さん綺麗だったよな。

 今もって言わないと怒られるけど」



 愚痴っぽい呟きを漏らすと、

 神は深刻そうな面持ちをした。



「楪、そのことなんですがね……」 


「な、なんだよ……」


「その方は君が思う 百合子さんでなく

 旧姓篠悠里さんといい、

 彼女こそが君の実の母親なのですよ


 ……私はあの方に楪のことを

 託されて以来、

 ずっと君のことを見守っておりました」


 暖かな眼差しで見守る

 彼女の様相は若き頃の母親と

 雰囲気がそっくりで、

 夢でも見ているかのようだった。


「え、それってどういう……」


「楪ー、柚子ちゃーん、ご飯よー」


「百合子さんに

 うかがってみてください。

 彼女ももう決意は

 できていると思うので」



 それだけ言い残すと

 神は何事もなかった風に

「はーい、ただいまー!」と

 リビングへすっ飛んでいった。

  

 リビングの戸を開けると、

 スパイスが香ばしい

 カレーの匂いが漂ってきた。


 継母であることに

 気付かれたとも知らぬ、

 母はふんふんふんと鼻歌を歌っている。


 そんな母を悩ませたくはなかったが、

 最後の謎を解き明かさないわけには

 いかなかった。



「あのさ、母さ――」


「聞いたわよ、楪。

 初彼女できたんだってね、おめでとう。

 母さんも嬉しいわ」



 俺は神をギロリと睨み付けた。


 彼はしらを切ることすらせず、

 いぇーいと

 ピースサインを掲げてくる始末だ。


 こいつくっそ……



「柚子から聞いたんだね

 ……でさ、母さん、」


「一歩大人に近付いた楪に

 プレゼントよ、実はね母さん

 ――あなたの本当の

 お母さんじゃないの」


「うん……」



 改めて母からそう言われると

 やっぱりショックだった。


 長年そうだと思い続けてきたものが

 嘘だったと知らされても、

 急に態度なんて変えられないだろう。



「でもね、全く血の繋がりがないって

 わけじゃないのよ。

 だって母さん、

 悠里の双子の妹なんだもの」


「え…………えっっっ!!?」


 ぽっかりと口を開けて

 驚きを隠せない俺に、

 母はえっへんとドヤ顔を決め込んでいた。


 しかしその中に陽だまりのような

 優しい目があったことを

 俺は見逃さない。



「それでね、あなたの本当のお母さん……

 悠里はね、

 楪が小学校へ入学する前に

 病気で亡くなったの。

 そのとき私はまだ独身だったし、

 楪にも懐かれてたし……

 あなたのお母さんになったのよ」



 もう開いた口が塞がらない。

 胸に溢れる感情を、言葉にできない。



「それと、あるときを境に

 あなたは私のことを

 本当の母親だと思うようになって、

 そのとき悠里の写真は

 隠すようにしたの。


 悲しい過去を

 思い出さないようにってね。


 でももう大丈夫よね、

 今柚子ちゃんが持ってるから

 受け取ってほしいの」



 はいと手渡されたのは

 両腕で抱えなければいけないほど

 大きなアルバムだった。


 そこには神の

 ロケット写真で見たのと

 同じ女の人がいくつも映り込んでいた。



「悠里はね、

 あなたが成人するまでを

 見届けられないのを心底悔しがってたわ。


 だからせめて祈願で

 楪の願いが叶いますようにって」



 アルバムにぼたぼたと

 大粒の水滴が落ちていた。


 フィルムタイプの

 アルバムでよかった、

 そうじゃなかったら

 大事な母さんとの思い出が

 滲んでしまうところだった。


 ……あれ? 



「柚子!」


「はいっ!」


「ちょっと来て!」



 きゃー何かしらと

 冷やかす母を余所に、

 俺は神を廊下へと引きずり出した。



「なんですか、

 わざわざ二人っきりになるなんてぇ~」



 神はくねくねとしなを作り、

 ふざけようとしていたが

 そうはいかない。



「惚けるなよ。

 お前、約束したよな?


 試練クリアしたら

 お前の正体明かしてくれるって。

 お前さもしかして……」


「ええ、ボクは君と悠里さんが

 足繁く通っていた祠の神です。

 思い出してもらえて光栄です」



 神は俺の言葉を遮り、

 営業スマイルを浮かべる。


 その笑みには

 不可侵の威圧があった。

 けれどそんなもの構うもんか。



「それとさ、

 母さんが死んだこと

 忘れさせてくれたのもお前だよな? 


 俺があんまり悲しんで

 立ち直れないもんだから……」


 神は「ええ」と静かに首肯した。



「ですが、感謝なんて

 しないでください。


 ボクは彼の方の言葉通り

 君が幸せになれるならと、

 悲しい記憶を底に沈めさせまました。


 けれどその副作用として、

 初恋のみかちゃんとの

 思い出が朧げになったり、

 つい最近までてんちゃんとしての

 天宮奏のことを忘れさせて

 しまっていたのですから」



 申し訳なさそうに項垂れる

 彼が不思議でならなかった。



「なあ神、なんでお前は

 ここまでして俺の母さん……

 悠里さんの願いを

 叶えてくれたんだよ?

 それだけの借りでもあったのか?」



 矢継早に質問を投げかけると、

 彼はふるふると首を振った。



「そうですよね……

 恩義でもなければ

 ここまで情けをかけるのは

 おかしいのでしょう。

 しかしそれでも〝私〟は

 彼の方の願いを叶えたかった。


 ちっぽけな道祖神なんぞに

 二人は毎日のように

 拝みに来てくださりました。


 彼の方に報いたかった。

 彼の方を救いたかった。


 でも私には彼の方の

 死を止める術はなかったのです……」



 唾を呑むような

 息継ぎがもどかしくて

 俺は酸素を取り入れるのすら惜しかった。



「だから、

 彼の方の子どもである

 君が幸せになってくれさえすれば、

 それが喜びなのです」


 神は一筋の涙を流した。


 その刹那、

 彼は美しい女の姿に化け、

 俺は神の涙を拭おうとする。


 しかしその手はすり抜けて、

 彼は空気に融けていってしまった。



「神っ!!?」


『大丈夫ですよ、

 ボクはずっとここにいます。

 だからどうか、いつまでもお幸せに』 


 その言葉を聞いて俺はふと思った。


 俺の神様は程度が甚だな

 天邪鬼で不器用なのだと。



 この物語は愛に始まり、

 恋に終わるのではない。


 恋に始まり、恋に終わる。


 そして恋の中心には

 いつだって〝女の子〟がいる。



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女子を理解するには美少女になるしかないようで 碧瀬空 @minaduki_51

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