最高の茶番に巻き込まれた人たち


 先日、神に女の子として

 一つだけ願いを

 叶えてもらうということで

 俺は初恋のみかちゃんに

 会わせてくださいと願った。


 それは初恋に終止符を打ち、

 今の恋を成就されるためだ。



 そして見事

 神からの試練もクリアし、

 俺は憧れの天宮さんと

 付き合うことになったのだった。


 ふふふふ、

 これで俺も

 夢のリア充デビュー……!!!!



 とはいかないのは

 呪いなのだろうか……

 というのは冗談はさておき、



『天宮さんに告白できたら、

 結果報告と……

 どうして楪くんが

 柚子になっていたのかの

 事情説明をしてくださいね』



 という成瀬との

 約束を果たすべく、

 翌週の日曜日である

 今日家の前で彼女を待っている。


 俺は人生初の交際相手に

 妙な誤解をさせないためにも、

 屋外にある丘がいいと

 主張したのだが、


「初恋の思い出の場所で

 振られてしまったのに、

 楪くんは

 そこがいいと言うのですね?」


 なんて嫌味を言われてしまえば

 彼女に従うほかなかった。



 とは言えど、

 クリスマスイヴに振られた男の家に

 押しかけるのもどうかと思うが

 ……しかも真冬の空の下

 二十分も待たせるなんて鬼畜だ。



「そろそろ、かな……

 あ、LINK来た」


『もう家の前に着きます』


『びっくりするかもしれませんね』


 ふふと意味ありげな

 スタンプも添付されていた。



 今さら驚かされることも

 ないだろうと

 高を括っていたら次の瞬間

 俺はずっこけそうになった。



「よっ楪! 聞いたぞ~?

 天宮と付き合うことに

 なったんだってな~

 良かったなぁ楪、

 お前一目惚れ

 だって言ってたし……」


「ちょ、それ初耳なんやけど!?

 閑、ちょっと詳しく!!」


「や、やめてよほのちゃん……」


「みなさん、

 よくお揃いで……?」



 はは、

 と頬を引き攣らせながら

 口の端で笑っていると、

 主催者がようやく

 お出ましになった。


「ほら、

 びっくりしたでしょう?」


「ホントにね、

 とんだサプライズだよ……

 まあ、ここで立ち話

 なんかしてたら

 身体冷やしちゃうし、上がって」



 内心、成瀬と

 二人きりじゃなくなって

 ほっとしたけれど。



「――で、

 説明してくれますよね。

 楪くん?」



 五人分のココアを配りながら、

 俺はそう急かされていた。



 失恋を得た成瀬は

 これを契機にと

 髪をばっさり切って

 ボブヘアにし、

 色も戻したと言っていた。


 しかし

 派手な染色だったため、

 黒には戻りきっておらず

 まだらな髪模様になっている。



 それにしても女というのは

 意外に頑丈に

 できているらしい。


 自分を振った男を詰問して、

 にやにや観察するくらいの

 余裕を見せるのだから。



「え、えーっとですね。

 実は――」



 俺はこれまであった

 事の流れを詳細まで語った。


 その現場を

 目の当たりにした健志以外皆、

 現実離れした出来事に

 頭を悩ませていた。


 神が現れて

 どうこうされたと言われても

 ぱっとしないのは

 無理もないだろう。



 みんながみんな黙り込んで

 部屋に静寂と

 ココアの香りだけが充満する。


 しかしある一人が、

「あのさ」と口火を切った。



「うち、多分閑のこと

 昔から知ってると思うねん……」



 どういうことかと尋ねると

 立花さんはうろ覚えながら

 記憶を頼りに

 語り始めてくれた。 



「うちな、姉ちゃんがおるんやけど

 仲ええ男子がおって、

 うちはまだちっさかったから

 一人にしたらあかんから言うて、

 姉ちゃんがその友達の家に

 連れて行ってくれたねん。


 そこでその友達の

 弟っていうのが、

 ゆずりって

 名前やった気がする……」



 断言はできへんけどな、と。


 彼女にそう言われて

 俺はうっすらと

 断片的な記憶を思い出した。


 濃い関西弁の女の子が

 たまに

 遊んでくれていたことを。



「でもそれならなんで

 今まで

 思い出せなかったんだろ……」



 何かも忘れてばかりだ。


 一つ一つ

 大事な思い出であるはずなのに、

 それらの記憶は

 あまりに曖昧だ。


 立花さんは

 かろうじて思い出し、

 天宮さんはずっと忘れずにいて、

 成瀬もまた然りで。

 それなのに俺は……、



「でも、

 そんなもんじゃないん?」


「え?」



 俺は思わず

 立花さんの方を見た。



「だってさー

 十年とか前の記憶って、

 相当インパクトないと

 思い出されへんなんて

 当たり前やし。


 他の衝撃的な出来事とか

 あったらすぐ忘れてまうって」



 彼女はけらけら笑って、

 平然としていた。


 俺が忘れていたことなんて

 気にも留めないように。


「そっか……

 それなら良かった」


 長年の重荷を下ろせて

 ほっとしている俺に、

 彼女は鞭打つ

 一言を投げるのだった。



「でもま、

 奏を泣かせたことに

 変わらんけどな」



 腕組みをして、

 彼女は天宮さんをちらと見遣る。

 この子やっぱり悪魔だ。



「うっ。

 そ、それは本当に

 申し訳ないと……すみません」


 謝罪を向けられた

 当の天宮さんは

 あわあわしている。



「い、いや謝らなくていいよ!

 むしろ謝られたら

 なんか悲しいし……」


 挙げ句、

 泣きそうな顔になっていた。



「――てかそれよりさ、

 結局楪を女にするよう

 願ったのは誰だったんだ?」 



 カオスな空間に

 なりつつあった空気は、

 健志のその発言によって

 打ち砕かれる。



「そういやそうだ。

 神に聴かせて

 もらってないし……」


「はぁ~い!

 お呼びですかぁ~!?」


 台詞と同時に

 肩へ手が乗せられる。


 周囲は彼の登場に

 唖然としていた。


 それもそのはず神は

 瞬時に出現し、

 現在の姿はつい一週間ほど

 前まで俺がなっていた

 閑柚子そのものなのだから。



「うぁああああっ!!?」


「しっつれいですねー、

 呼ばれたから

 出てきたというのに……

 まあいいでしょう。


 みなさんお待ちかねの

 答え合わせといきましょうか」



 話す声音は真剣そのものだった。


 おふざけモードもやめ、

 神は俺の肩からするりと

 手を抜くと床に正座をして

 居住まいを正した。



「楪を女にするよう願ったのは

 ――君のお母様です」


「「「「「え??」」」」」



 一同が口を揃えた。


 いやいやいや、

 ここで最初のフラグ回収

 とかいらないからね?



「しかし何も

 ご自分の趣味で

 というわけではありません。


 彼の方は

 楪の幸せを第一に願い、

 自らの手で幸せに

 なってほしいと祈ったまでです」



 それから神は、

「申し訳ありませんが

 お話しは以上です。

 ご期待に添えず、

 申し訳ありません」

 と言い放ったのだった。


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