君が好きで、(2)
「あたしはっ!
楪くんがここに来るのを
ずっと待ってた、
日が暮れても夜になって
門限を越すくらいまでずっと……
それなのに楪くんは
あたしのことなんか
ちっとも覚えてなくて……」
だからあたしは男嫌いになったの、
もう忘れられるのが怖くてと
彼女は続けた。
「……も、もしかしてとは思うけど、
祠前でよく遊んでたてんちゃん?」
彼女はピクッと反応を見せ、
鼻を愚図らせるのと
顔を覆うのをやめた。
「そうだよ。
あのときはぽっちゃりしすぎてて……
豚みたいってからかわれて、
みんなと遊べなかった
おデブな女の子だよ」
自嘲的な台詞を吐いて
彼女は頬に残っていた涙を拭う。
もうそこに泣き虫の顔付きはない。
「さすがに、
体型のことを言わなくちゃ
難しかったかな。
でも良かった、
まるきりは忘れられてなくて」
彼女は石段から立ち上がると
スカートを翻して、
くるりと一回転して見せた。
「……昔はさ、
こんな短いフリルのスカートなんか
絶対似合わなくて
いっつもジャージのズボンばっかり
穿いてたなー。
そのことを男子にも女子にも
からかわれてたけど、
楪くんは太っちょだった
あたしにも分け隔てなく
接してくれて、
体型のこと絶対笑ったりしなかった。
それからね、
あたしの笑顔は可愛いって
褒めてくれたんだ。
そんなこと言われたら
好きになっちゃうしかないでしょ
…………叶うはずないって
分かってても、諦められなかった」
唇を結んで彼女は
スカートの裾をぎゅっと掴んでいた。
せっかくのフリルスカートが
しわくちゃになってしまうのも構わず、
「だから、楪くんと約束したの。
タイムカプセルを埋めて、
十年後に開けようって。
あたしはそのとき、
十年後の楪くんに宛てた
ラブレターを書いた。
今は無理でも、
十年後ならどうにかなるかもって」
不意に地面に水滴が落ちた。
ぽた、ぽたっと
雨の降り出しのようにも
思われたけれど、
それは雨ではなかった。
「……莫迦だよね。
十年もあったら
忘れられちゃうって――」
「ねえなんで泣いてるの?」
彼女は不意打ちの問いに
目を丸くする。
そのお陰で涙が
ピタリと止んだのだった。
「え、だって楪くんに忘れられて、
好きな子ができて……」
あっと彼女は手で口元を隠す。
「そうだよ。
俺は昔からてんちゃんのことを
好きだったわけじゃないけど、
天宮奏としての
君を好きになったんだ。
みかちゃんにだって
ごめんなさいしてきた。
それで十分じゃないかな?」
俺はふらふらと
崩れ落ちそうになった
彼女を引き寄せ、
互いを見つめ合うような体勢を取った。
彼女はきょとんとした目で
こちらの一挙一動を窺っている。
「奏ちゃん、
俺と付き合ってくれますか?」
「っ…………!!」
「いやいや
顔真っ赤にしてもダメだよ。
こういうとこは
きっちりしておかないとね。
それこそ、すれ違いしたくないでしょ?」
彼女は赤面したまま
俺をキッと睨んできた。
だけど泣いたばかりの潤んだ目で
そんなことされても
可愛いだけでしかない。
「っ~~~~
あたしも楪くんが好き、だから……」
「だから?」
「……こちらこそよろしくお願いします」
むすっとした膨れ顔だった。
だけどその
拗ねた顔すら愛おしくて、
「大好きだよ」
ってにやける顔を隠さんとばかりに
彼女を抱き寄せた。
頭一つ分は小さくて、
柔らかい体躯。
腕の中に収まってしまう
彼女が俺の胸に顔を埋める。
その姿に男性の
本能的な欲求が駆り立てられて、
俺は少し身体を離した。
え……と不安そうに顔を歪める
彼女を二秒ほど見つめ、
それから唇を重ねる。
触れるだけのキスから唇を放すと、
彼女は頬を紅潮させながら
濡れた瞳で俺を見上げてきた。
「もっかいしてもいい?」
彼女は返事の代わりに
そっと目を瞑る。
見よう見まねで
口に舌を割り入れてみる。
すると彼女は
熱い息を漏らした。
その先はまだ先だと囁いて。
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