君が好きで、


 天宮さんからの

 レスポンスは存外早かった。


 丘を駆け下りて

 麓に着くまでの僅か二分の間に

 数件のLINKを受信していたらしい。

 スマホの解除を解くと、



『え、急にどうしたの?』


『会えなくはないけど、今どこにいるの?』


『何時に会う?』



 何も知らない彼女を騙すみたいで

 気が引けるけれど、

 うだうだ言ってもいられない。


 スマホの画面右上に表示された

 時刻は十三時五十四分。



『できるだけ早く会いたいな』


『私から会いに行くから

 どこに行けばいいのか教えて?』



 会いたい気持ちが

 胸も頭も支配して、熱を滾らせる。



『木隠れ神社』


『最近になってようやく

 神社になったばかりの

 小さな場所だから、分かりにくいかも』


『でも、そこで待ってるね』



 何が何でも今

 会わねばならないような気がした。

 いつまでだって

 告白できる保証がある

 というわけではないことに

 ようやく気付けたから。



 スマホで検索してみれば

 その木隠れ神社というのは

 思いの外すぐ近くだった。

 丘から歩いて十分かそこいらだろう。



 入り口らしき階段を登り詰めると

 ようやく目的地に到着する。


 木々に囲まれた

 敷地は奥行きがあり、

 右手側には祠の数々が

 積み上げるように陳列されている。

 できてまだ新しいという神社の割に、

 祠は苔むしており

 随分年季が入っているように思う。


 歩みを進めると

 右手には手を清める手水舎があり、

 そちらも苔がびっしりと生えていた。


 さらに奥まで突き進んでいくと、

 賽銭箱のある石段の上に

 腰掛けてスマホを覗き込んでいる

 彼女を見つけた。



「あ、かなちゃ、じゃない――天宮さん!」



 手を振り、大声で呼び掛けると

 彼女はすぐさま俺に気付いて

 ……顔を強張らせた。

 口元に手を当てて

 驚きを隠そうとすらしている。



「ゆずちゃ…………

 ど、どうして閑くんがここに……」



 そうだ、

 目の前にいる彼女は

 俺が柚子と同一人物

 であることを知らない。

 しかも彼女は、

 今どこにもいない

 閑柚子という女の子に会うため

 ここで待っていると言ったのだ。

 俺じゃない。



「……その柚子に頼んだんだ。

 天宮さんと会えるよう

 セッティングしてほしいって」



 彼女の震えはまだ止んでいない。

 それを視界の端で捉えつつ、

 俺はあくまで

 陽気な振りで歩み寄った。



「それにしても柚子ってば、

 セッティングしてくれるのは

 いいけどまさか伝えてないだなんてさー

 ……それならそうと

 教えててくれれば――

 天宮さんに怖い思いもさせずに

 済んだのにね」



 怯えでその場を動けない

 彼女との距離を目前まで詰めて、

 俺はぴたと足を止めてみる。

 そのままの距離感で、

 彼女の出方を窺いたかったから。



「……怖い思いなんてしてないよ」



 彼女は今も行儀良く

 揃えた膝の上で

 握り拳をぷるぷるさせている。



「まっさかー……

 今だってそんなに震えてるのに?」



 俺は迷うことなく彼女の両手を指した。


 指摘された彼女は

 気まずそうに顔を逸らして、歯噛みする。



「ほら、やっぱり――」


「平気だって言ってるじゃん……

 あたしのことはいいから

 用件を教えて。

 柚子ちゃんに頼んでまで

 あたしに会って

 したかったことあるんだよね?」



 彼女の言う通り、

 その眼差しに恐怖は映っていなかった。

 映っていたのは

 急に凛とした彼女に臆して

 たじろぐ情けない本来の俺だった。



「うん、そうだよ。

 俺は天宮さん、

 君に言いたいことがあって

 ここに来たんだ」


「言いたいこと?」



 それってなぁにと問わんばかりに

 彼女はこてんと首を傾げる。


 この目はきっと俺が

 同じクラスになってから

 目で追っていたことを知らない。

 天然で鈍感で、

 色んな事に疎くて、

 男嫌いを克服中で……

 でも俺はそんな彼女が、



「君が好きだよ、天宮奏さん」



 一仕事終えられたと

 息を吐こうとしたが、

 そういうわけにもいかなかった。



「ふぇぇ…………」



 すっきりした俺とは反比例して、

 彼女はショート寸前らしい。

 視点はあわあわ揺れて定まらず、

 口もだらしなく

 半開きになっている。

 しかもちょっと

 涙目でエロい……



「うぁぁああああああ

 …………っく、ひっくぅ……

 うぁあああああああ

 あああんっ!!!!」


「ご、ごめんなさいっ!!

 もう邪なことは

 考えませんからっ……ってえ、

 そんなに泣くほど

 嫌だったんだ…………はは」 



 さすがにこの反応は

 予想外というか、

 胃へダイレクトにくる痛みだ。

 もう男の身体に戻ってしまったし、

 痛みはそのまま自分のものになる。


 でもまぁ初恋の女の子を裏切って

 今の恋を優先したんだ。

 その結果がこれなら

 報いと思えなくもない。


 女を泣かせる男は

 最低だと誰かが言っていたけれど、

 泣かせた本人が励ますよりは

 マシなはずだ。

 そう胸に言い聞かせて

 俺は立ち上がった、

 否、立ち上がろうとした。


 何故~ろうとしたなのか、

 それは、



「天宮さん、この手何?

 ズボンの裾摘ままれたら

 帰れないんだけどさ」


「……帰らせないから」


「っ!?!!」


 無自覚の破壊力ったらない。

 惨事を食い止めた

 理性の強さだけは讃えたい。



「いやね天宮さん?

 そのー……今し方

 君を好きだって言った

 男子に向かってその発言は

 結構際どいと思うんだよねー。


 ほら、男子ってさ莫迦だから

 そんなこと言われたら

 エロいこと考えちゃうし、

 勘違いしちゃうからさ……」


「勘違いって?」


 天宮さんは曇り一つない瞳で

 俺に目を向けてきた。

 これだから天然は質が悪い。



「……だから、

 天宮さんが俺のこと好きかもって

 思っちゃうってことだよ!」



 半ばやけくそで叫んだ俺は

 顔が火照って仕方ないというのに、

 彼女は顔色一つ変えず口を開いた。



「――それの何がダメなの?」


「何がダメってそりゃあ……」


 溜飲を下げるほかなかった。

 

 だって彼女は音すら漏らすことなく、

 静かに、顔を歪めて泣いていたのだから。



「…………やっぱり、

 気付いてもらえないんだね。

 楪くん、あたしとここで

 十年前に遊んでたこと覚えてない……?」



 ぐすぐすと泣いて

 顔中を涙でいっぱいにする

 姿は誰かと重なる。


 あまりに思い出せないで

 唸っていると

 彼女は痺れを切らしたように

 大声を上げる。


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