第4話
曙光歳エルジオン、ガンマ区画の鍛冶屋イシャール堂。アルドがこの時代世話になっている店だ。店主のザオルに挨拶すると、「丁度よかった」と呼び止められた。
「セバスちゃんから、今度会ったら連絡するように言われてたんだ。急ぎの用らしいぞ」
「そうか、なんだろう・・・?とにかく行ってみるよ。ありがとう!」
「ああ、それと、弓矢背負った長髪のにいちゃんと、ゴーグルつけてる職人風の姉ちゃんを連れて来いって言ってたな。」
「・・・ダルニスとメイのことか?・・・まあ、一緒に行ってみるか」
セバスちゃんの家に行ってみると、アルドたちの顔を見た彼女は、不機嫌そうな顔をむけてきた。
「まったく、あんたたちは肝心な時に連絡しづらくてしょうがないわね。」
「そんなこと言われたって・・・。ところで、俺たちに何か用だったか?」
「そうね・・・。説明するより見たほうが早いわ。すぐエルジオン医大付属病院に行きなさい。場所はわかるかしら?」
アルドはうなずく。
「ああ、いろいろあって、何度か行ったことがあるよ」
「この前あんたたちに同行した医者がいるでしょう。あの医者から連絡があったのよ。今から行くことを伝えておくから、医大病院に行ったら彼を訪ねなさい」
「何かあったのか?」
「どうしても見てほしいものがあるそうよ。まったく、私を伝言係りに使うなんて、大した度胸だわ。」
ダルニス、メイに声をかけ、エルジオン医大付属病院へ行くと、丁度、エントランスに居た医師と顔を合わせた。
「よく来てくれました。紹介したい人がいます。」
「紹介したい人?」
いぶかしむ三人を横目に、医者は挨拶もそこそこに、足早にアルドたちを病室に案内した。着くや否やノックをして、病室に入る。医師の後に続き、アルドたちも足を踏み入れた。先に患者に話しかけているらしい医師の声がする。
「病状は問題ないようですね。すみません、以前に合わせたいと話していた友人を呼んだのですが、会っていただけますか?」
「もちろん。先生みたいな人が友達を紹介したいなんて、どんな人たち?」
患者の話す声も聞こえる。それは、三人とも聞き覚えのある声だった。
「この声・・・」
信じられない、というふうに、メイが口をおさえる。ダルニスは駆け出して、いささか乱暴にカーテンをひく。普段礼節ある彼がそうしてしまったのは、聞こえてきた声が、聞こえるはずのない声だったからだ。
「うわっ!・・・びっくりした。ふふっ・・・!変な恰好!あなたが先生のお友達?」
ダルニスの後にアルドとメイもつづく。驚いて声も出ない。そこにいるのは、あの日ダルニスが手にかけたはずの、アマルダだった。三人が言葉を失う中、医師が説明をはじめた。
「彼女はアムリタ。私が主治医というわけではないのですが、治療にKMS社の危機を使う予定で、技師兼医師として担当させていただいています。」
医師の紹介に、アムリタはベッドに座ったまま微笑んだ。
「アムリタよ。よろしく」
「アムリタ・・・。そう、アムリタというのか。俺はダルニスだ。先生には少し前に世話になってな。よろしく頼む」
アマルダ、ではない。名前が違う。それは、大事なことだった。
「俺はアルド」
「あたしはメイ。よろしく、アムリタ。」
「よろしく。それにしてもすごいわ。コスプレ?先生の知り合いにしては、面白い人たちね。」
ダルニスが自分の格好を見回す。
「それは俺たちの服のことを言っているのか?・・・そんなに変か?」
「え、それが普段着とか言わないわよね?完全に時代劇よ」
その言葉にメイが慌てる。
「あ、あたしも?」
「あなたはちょっとテーマが分からないわね。剣士とか狩人みたいにメジャーなモチーフを使うことをおすすめするわ」
「なに言ってるかわかんないけど、なんかへこむ・・・。」
彼女は、アマルダにとてもよく似ていた。顔や声だけではない。語彙は違えど話し方もそっくりだったし、仕草もなんとなく見たような動きだった。
「いい匂いね。なんだかナチュラルで落ち着く感じ。香水・・・じゃないわよね。」
「俺か?・・・そうだな、森の匂いがする、と言われたことがあるな」
「森か。なるほど。しっくりくるね。都会で生活してるとあんまりなじみがないけど。」
医師が時計を気にして声をかける。
「さて、そろそろ薬の時間です。」
「少しくらい遅れたっていいでしょ。もうちょっと話させてよ」
医師は首を横に振る。
「明日は手術です。できるだけきちんとしておきましょう。大丈夫、必ずまた話す機会をつくりますよ。」
手術という言葉に三人は反応する。アムリタは少し残念そうにしたが、
「・・・それもそうね。ありがとう、先生。みんなも、楽しかった。なんだか初めて会った気がしないわ」
アルドは笑う。
「不思議なことにオレたちもだよ。なあ?」
「ああ」
「違いないね」
ダルニスとメイが笑って相槌を打った。
病室を後にする三人。入れ違いで看護師が入っていった。薬の時間ということだから、彼女がその担当なのだろう。看護師が入っていってからあまり時間がたたないうちに、医師が病室から出てきた。
「失礼、お待たせしたようですね・・・。場所を変えましょうか。」
病室から離れた一角で、アルドたちは医師の言葉を待った。
「私が彼女のことを知ったのは、本当に偶然でした。アマルダさんの病気について、少し調べていたんです。もうできることはないし、永遠の命を手に入れた彼女には必要のないものだと、頭ではわかっていたのですがね。何もできなかったことが悔しかったのかもしれません。そうして調べていたら、症例に彼女の、アムリタさんのものがありました。主治医に頼んで会わせてもらうと、あの姿です。目を疑いましたよ。」
「待ってくれ、それじゃ、アムリタが入院しているのは・・・!」
アルドは思わず言葉に力が入る。
「ええ、アマルダさんと同じ病気です。」
「そんな!じゃあ、彼女は・・・!」
悲痛な声を上げるダルニスに、医師は両手を上げてなだめる。
「落ち着いてください。彼女の場合、発見が早かった。治療の余地はあります。具体的には、複数の臓器の人工臓器への取り換えですね。」
「助かるのか・・・?」
「助けるつもりです。私も手術に参加します。長い手術ですので、今の弱った本人の体力で乗り切ることができるかがカギになりますが、彼女には、生きたいという強い意志を感じる。アマルダさんと同じように。成否について、本来は口にすべきではありませんが、きっとうまくいくと考えています。」
「そうか・・・。ありがとう、先生。よろしく頼む」
医師は珍しく笑った。
「ダルニスさんにお礼を言われることではありませんよ。私の患者です。任せてください。」
アルドたちが病院を出ると、あたりは霧がかかったようになっていた。
「あれ、なんだろう。」
メイの問いに答えたのは、アルドだった。
「雲かな。たしか、プレートの上の雨は、俺たちが知っているのとは違うって聞いたし。」
「そっか、空飛んでるんだもんね。こうしてると実感ないけど。」
メイは納得していたが、ダルニスは険しい顔で二人の会話をさえぎった。
「いや、それにしたって、何かおかしい・・・。この匂いは!」
ダルニスは矢を弓につがえ、霧の向こうをにらみつける。アルドも剣を抜いた。
「なにかいる!?」
メイも二人にならってハンマーを構えた。
「なにかって、なにさ!」
その答えは、霧の向こうから現れた。銀色の、液状の魔物。それはかつて、生命の水と呼ばれたものだった。
「なんでこいつがこんなところにいるんだ・・・!ダルニス!」
生命の水の核は、ダルニスが処理しているはずだった。
「なんでだろうな・・・。カレク湿原の沼に沈めたはずなんだが・・・。」
銀色の液体は、人間の形に変化した。それは、かつてのアマルダのように見える。
「アマルダに似せて体を変化させたのか・・・?」
「見・・ツケ・・た・・・。」
「な、しゃべった!?」
驚くアルドたちをよそに、液状の怪物は続ける。霧は深くなり、あたりは雨が降ってきた。
「・・・タス・・ケル・・・。ワタ・・・シハ・・生キタイ・・・!」
「こいつ、何を言ってるんだ!?」
「ねえ、生命の水はあのときからずっと2万年もアマルダと一緒だったんだろう?なんていうか、アマルダの心が、乗り移ったんじゃないかい?」
「そんなことあるのか!?」
「ある種の武具にはそういうものもあるよ。オーガベインだってそれに近いものだろ」
「それは・・・!確かに・・・!」
「だとしても、なぜ今になって形をとって動き始めるんだ。ずっと前からこいつが動き出していたとしたら、見つからないわけがない」
「・・・生・・・キル・・・!」
「まさか、アムリタをアマルダだと思って、生かそうとしているんじゃないか!?」
「言われてみると、今までこいつが発した言葉、そんな感じはするな・・・。」
「アムリタに、アマルダと同じことを繰り返させるわけにはいかないよ!」
「ああ、ここは俺たちで止めよう!」
口火を切ったのは、ダルニスの矢だった。液状の身体に刺さるが、核には届かなかった。だがその矢が放たれてから、鈍い動きだった銀の魔物は豹変した。身体をトゲのように伸ばし、アルドたちを刺し貫こうとする。
「なんであの水を飛ばしてくる攻撃をしてこないんだ?」
アルドが言ったとたん、水の柱がとんできて、すんでのところで躱す。
「できないわけじゃないようだな。もしかして、この時代では精霊の力が少ないんじゃないか?」
それは、考えられる話だった。古代に四大精霊が倒れ、人類は発展のためにプリズマの、精霊の力を消費してきた。この時代、古代やアルドたちの住む時代ほど、世界に精霊の力は残っていない。
隙をついて、死角からメイがハンマーをふるう。反撃のトゲは見切って、大槌を叩き込む。銀色の人型はつぶれ、液の中に、丸い銀色の珠のようなものが残った。
「そう何度もやられるあたしじゃないよ」
メイは脇腹をおさえてそう言った。
ダルニスが近づいて、核を手に取る。
「お前が間違っているわけじゃない。生きる手段があるなら、それを選ぶことは決して悪いことじゃない。だが、彼女はこの時代に生きて、この時代に死ぬ。―――なに、命は巡る。悪いことばかりでもないさ。」
ダルニスが核を強く握ると、割れてサラサラと崩れていった。
―――もう、再生することはなかった。
手術後、アルドたちはアムリタの様子を見に来ると、すでに立ち上がって歩いていた。
「アムリタ、もういいの?」
メイの呼びかけに、彼女は笑顔でこたえた。
「うん、できるだけすぐ身体を動かせってさ。まあ私としても、ちょっと痛みはあるけど、手術前が嘘のように体が軽いし、治ったって感じがするわ。定期メンテナンスは面倒だけど、今までの苦しみに比べたらなんてことないわね。」
「そっか、よかったよ。」
「なんでメイが泣くのよ・・・。」
「え?」
知らないうちに、メイは涙を流していたらしい。
「ははっ、変だね。でもなんか、よかった。・・・よかったよ」
「手術前は平気そうにしていたが、やはり苦しかったんだな。元気になって何よりだ」
「ちょっと、ダルニスまで・・・!」
「おっと・・・。」
ダルニスも自分の頬を伝うものに気づいて、それをぬぐった。
「本当に、会ったばかりの気がしないわね。でも、素直に嬉しいわ。入院してからは、大体薬で苦痛はやわらげてもらってたんだけど、やっぱり夜中なんかにたまに苦しくなったりしてね。」
「もう家に帰れるのか?」
アルドの言葉には、アムリタは首を横に振った。
「人工臓器の調整があるんだって。両親とも話したけど、あの先生に診てもらいたいから近所に転院はしたくないし、しばらくは入院ね。」
「そうか・・・。でもしばらくしたら戻れるんだな。・・・よかった」
「えらく親身になってくれちゃって・・・。ありがとね。まあ、そういうわけでしばらく入院してて暇だから、たまには相手しにきてよね」
三人はうなずき、ダルニスが言った。
「ああ、約束する。また会いに来るよ」
「ダルニス、よかったのかい?」
病院を出て、メイがダルニスに問いかける。
「なにがだ?」
「わかってるだろ?この時代で暮らす道もあるはずさ」
ダルニスは首を横に振った。
「俺はバルオキーの狩人、ダルニスだ。・・・それに、アムリタは、アムリタさ。」
メイはあきらめたように笑う。
「そうかい。ダルニスがそう言うなら、もう何も言わないよ」
ダルニスも、吹っ切れたように笑った。
「ああ、これからもよろしくな、メイ、アルド。さあ、バルオキーに帰ろう」
未来の空にも、地上の森と同じように、鳥が羽ばたいていた。
生命の水 坂並佐藤 @sakanamisatoh
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