第3話

アルドたちが住む時代よりおよそ八百年後、人類は科学の発達とともに汚染された地上を離れ、大陸を空へと飛ばした浮遊プレートの上で生活をしていた。

その中心である曙光都市エルジオン、シータ区画。アルドはこの時代で頼りにしている人物に、お願い事をしにきた。


「せっぱ詰まった顔ね・・・。一応、話だけは聞いてあげてもいいわよ。」


「ありがとう、セバスちゃん!恩に着るよ!」


「とりあえず、話を聞くだけよ。」


セバスちゃんは強調する。アルドは事情を話してみたが、セバスちゃんの反応はあまりいいものではなかった。


「悪いけど、そもそも医療は専門外よ。」


「そうか・・・。セバスちゃんでも難しいとなると、どうしようか・・・。」


「だから、紹介するだけになるけど、いいわね?」


「え?」


「KMS社に、スタンドアローンのメディカルツールを研究開発しているチームがあったはずよ。本来は災害時対応のための研究だけど、運用テストの一環として使えないかしら。エルジオン医大から出向してきてる医者も多いし、受けてくれるかはわからないけど、声だけかけてみてもいいわ」


「よくわからないけど、医者を紹介してくれるってことか!?恩に着るよ」


「受けてくれるかはわからないっていってるでしょ。ちょっと待ってなさい」


セバスちゃんは一言残して、奥の部屋にいった。連絡を取ってくれているらしい。と、待つまでもなくすぐに部屋に戻ってきた。


「どうしたんだ?・・・もしかして断られたのか?」


「ろくに事情も話していないのに即答でオーケーだったわ。物好きな医者でよかったわね。」


「ああ、いつもすまない!」


「大した事してないわよ。でも、ひとつ貸しね」


入口のセンサーが反応した。誰か来たようだった。


「嘘みたいな早さね。」


「まさかもう来たのか!?」


どうやったか、セバスちゃんがロックを解除したようで、すぐに入口からリフトが上がってきた。


「お待たせしました。患者はどこです?」


現れたのは、白衣を着て眼鏡をかけた、真面目そうな男だった。かたわらにアタッシュケースのようなものを浮遊させている。


「待ってないわよ。こちら話していたアルド。患者のところへは彼らが案内するわ。」


「よろしく頼むよ」


「ええ、では急ぎましょう。患者の症状などは道すがら聞かせてください。」


アルドたちはすぐに合成鬼竜に乗り、とんぼ返りでサルーパに戻った。

医者をアマルダの家まで案内すると、待ちかねたようにアマルダの父親がアルドたちを呼び込んだ。

医者は家の中を見て、すぐにアマルダのそばに駆け寄った。アマルダの様子を見て、次に横で回復魔法をかけ続けていた呪術師に頭を下げる。あらためて、アマルダに向き直った。


「自分のお名前は言えますか?」


アマルダは目をつぶり、荒く息をしながらも、少しだけ、口を動かした。医師は表情を変えない。アタッシュケースが開き、中に入った器具の一つを取り出して、そこから出る光をアマルダに照射した。もう一つ、モニタを取り出して横目に内容を確認する。


「薬を調合します。これで治るわけではありませんが、一時的に体力は回復するでしょう。」


言いながら、モニタを操作するとアタッシュケースから音がして、中の注射器に薬が満たされた。素早くアマルダの腕に注射し、息が落ち着くのを確認した。


「ご家族ですか?」


医師は、アマルダの両親に問いかけ、二人はうなずいた。


「少し場所を変えてお話ししたいのですが、よろしいでしょうか。また、大丈夫だとは思いますが、どなたか彼女を見ていていただけますか。」


それならば、と名乗り出ようとした呪術師に、医師は首を振る。


「あなたは彼女をずっと診てきた方ですね。すみません、できれば一緒に来て、あなたの話も聞きたい。」


緊迫した面持ちで様子を見ていたメイが、声をあげた。


「あたしが見てるよ。その、いいかな?」

 

メイはアマルダの両親を見る。彼らにとって自分たちは、急に現れた素性の知れない旅人だ。


「どういう縁か知らないが、君は、アマルダのためにここに来てくれたんだろう?頼むよ」


家の外、少し離れた場所で、アマルダの両親、呪術師、そしてアルドとダルニスが医師に話を聞く。


「まず状況を確認させてください。彼女が体調を崩すのは、これまでに何度もあったことですね。」


医師の言葉に、アマルダの父がうなずく。医師はそれを確認して、次は呪術師を向き直す。


「あなたは、いつごろから彼女の治療を?」


「三年ほど前だ。以来、生まれつきの病があるとみて、定期的に様子を見に来ていた。」


「生まれつきの病というのは、私も同じ見解です。彼女が今こうして命を長らえていられるのは、あなたの治療によるものでしょう。素晴らしい。私たちにはない力だ。」


「私の力など、大したものではない。もう限界が来ていた。最後の希望を見つけてきたと、思ったのだがな。」


「聞きました。永遠の命など信じがたいが、事実なのでしょう。」


 アルドはダルニスを見る。医師への説明はダルニスがしている。彼が聞いたというのは、どこまでの話だろうか。ダルニスは小声でアルドに伝えた。


「おおまかに、不要なところはぼかして伝えてある。疑問は山ほどあっただろうが、詮索せず聞いてくれた。」


「・・・そうか」

 医師と呪術師の話は続く。


「確かに、正体は恐怖を呼ぶもので、ためらうのも無理のない話だが、私は今でも、ほかに方法がなければ生命の水を飲むべきだと思っている」


 医師はうなずき、アマルダの両親に向き直った。


「本当に申し訳ないが、私には、彼女を救う手立てはありません」


「・・・そんな!」


二人の顔が悲痛に歪む。ダルニス、アルドも目を伏せた。


「病はすでに、身体中に広がっています。脳を含めて・・・。例え全身サイボーグ化したとしても、命を長らえる時間はそう長くないでしょう。先ほど彼女に投与した薬ですが、一時的に症状を抑えることができます。しばらくすれば薬が効いてきますので、普段通り話ができるようにはなりますので、その間に、本人とよく話して決めてください。生命の水を飲むかどうかを。」

 

 アマルダの家に戻ると、彼女は起き上がってメイとお茶を飲んで話をしていた。意識を戻したことに彼女の両親は喜び、アマルダも二人と話せることを喜んだ。

 アマルダの両親に招待され、アルドたち三人とエルジオンの医師、呪術師は夕食を共にした。夕食はアマルダの母親の手料理で、アマルダの好物だと言っていた。

 ダルニスやメイに言わせると、アマルダの性格や話し方、受ける印象はバルオキーに居た頃とあまり変わらないらしい。アマルダは、よく笑っていた。

 夕食の後、彼女と両親は部屋にこもって話をしていた。メイにはアルドから、医師の話を伝えた。


「そんな・・・。じゃあ結局、生命の水を飲むしかないってのかい?飲んだらいつか、心が壊れるって、わかってるのに・・・。そんなのってないよ・・・。」


 アマルダと両親の話が終わってしばらくして、外で風にあたっていた三人のもとに、アマルダがやってきた。涙の跡がある。声をかけると、アマルダは少し笑った。


「みんなは、どういう関係?旅の仲間なの?」


アルドは腕を組む。


「そうとも言えるけど、ちょっと違うかな。俺たちはもともと同じ村で育ったんだ。」


「へえ、みんな匂いが違うから、てっきり旅の中で会ったんだと思ったよ」


「匂い?」とメイが訪ねる。


「そう。実際の匂いっていうよりは、なんとなく、印象というか、感覚に近いものなんだけど、例えばアルドは旅人らしい風や海や、あと動物の匂いがするし、メイは、なんていうか、鉄とか、そんな感じの匂いがするかな。」


 アルドとメイはうなずく。


「あたしは鍛冶屋だし、アルドはもう旅も長いからね。なるほどって感じはするよ」


「そうなんだ。ダルニスは、森の匂いがする。この村と同じ匂い。」


「・・・。」


 ダルニスは驚いたように口を開けていた。


「ダルニス?」


「いや、そう言われたのは、二回目だ。・・・俺は狩人を生業にしているからな。森にいる時間が長いせいかもしれん。」


「そうなんだ」


 屈託のない顔で、アマルダは笑う。


「みんなは、なんで見ず知らずの私のところへ来てくれたの?」


「・・・生命の水を飲んだという知り合いがいる。その子は、本来とてもやさしい子なのだと思う。だが、長い長い時間にとらわれて生き続けたことで、心が疲れ切って壊れてしまっていた。・・・君には、そんな想いをしてほしくなかったんだ。」

「そっか・・・。」


アマルダは続けた・


「でも、私・・・。死にたくないよ・・・。お父さんとお母さんが泣くところなんてもう見たくない・・・。友達といつかアクトゥールに旅行しようって約束してるし、ほかにもやりたいことがたくさんあるの・・・。この村ではね、成人の儀式で使う衣装を小さいころから少しずつ作っていくの。もうすぐ完成なのよ!同じ年の女の子みんなで衣装を着て、一緒に踊るの!・・・いやだ!いやだよ!なんで、なんで私が・・・!」


見ていられなかった。震えるアマルダの肩にダルニスが羽織を着せ、メイが抱きしめる。


「生命の水を捨て、生きることをあきらめろ」とは、その場にいる誰にも言うことはできなかった。


 ―――その日の夜、アマルダは生命の水を飲み、不老不死になった。


翌朝、アルドたちは旅立つことにした。


「いろいろすまなかった。オレたちを信じて、待ってくれてありがとう。結局、何も変えることはできなかったけれど・・・」


 アルドの言葉に、アマルダの両親は首を横に振る。


「娘を想ってやってくれたことだ。ありがとう。あなたも、手を尽くそうとしてくれたことに、感謝します。」


 両親に言葉を向けられて、医師は「力になれず、申し訳ありません。」とだけ言った。


「たくさん話ができてよかったよ。あたしのこと、忘れないでおくれよ」


「必ずまた会える。それまで、自分を大切にな」


アマルダは、目に涙をためて見送った。今のアマルダにとって、アルドたちと接した時間はそう長くない。だが、自分の生き死にがかかった大事な時間を共有した彼らと、別れるのはつらかった。


アマルダの家から離れたところで、アルドたちはもう一度話をしなければならなかった。


「結局、アマルダは永遠に死ねない苦しみを味わうことになったわけか」


すると、一緒に旅立った呪術師が口をはさんだ。


「いや待て、それは違うぞ」


「え、違う・・・?どういうことだ?」


「少し話した気もするが、あれは実際に使った前例のあるものだ。前に使った者は、自らの意思で生きることをやめたと聞いているぞ。」


「なんだって・・・!?」


「それじゃあ、説明がつかないよ。あたしたちの時代のアマルダは、死ねなくておかしくなっちゃったって話だったのに」


「時代・・・?よくわからんが、これはアマルダの両親にも説明している。そこは安心していいと思うぞ」


エルジオンの医師がつづく。


「その話は私も支持します。今朝、彼女にメディカルチェックを受けてもらいました。生命の水とは、どうやら魔法生物のようなもののようです。水そのものは全身に行き渡って臓器の代わりをしていましたが、胸に核となる部分が確認されました。おそらくこの核も再生される性質のものなので、身体の中にあるときに傷つけても意味はありませんが、身体から分離し、身体の中に戻らないように容器に詰めれば、そこで命を終えることはできるはずです。」


 呪術師は得心がいったようにうなずいた。


「なるほど、具体的な方法はわからなかったがそれなら理解できる。はじめ、彼女に生命の水を飲ませようとしたとき、銀の液体は外に出て形を作っていたが、瓶には銀の玉のようなものが入ったままだったんだ。言われてみれば、液が瓶に戻るときはそれを中心に戻ったように見えた。」


アルドたちは顔を見合わせる。


「どういうことだ・・・?なぜ、死ぬ方法がわかっていてアマルダは生き続けたんだ?」


「そう不思議な話でもありません。『いつか』死ななければならないとわかっていても、その引き金を自分で引くのは余程のことがなければ難しい。余命少ない患者の終末医療に携わったこともありましたが、『いつか』を『今日』にするのには、周囲を含めて、理解と覚悟が必要なんですよ。」


 医師の言葉は、言われてみれば納得のいくものだった。「死にたくない」と漏らした彼女の泣き顔が目に浮かぶ。


「さて、ここでお別れかな」


呪術師が村の出口であいさつをする。


「結局、口出ししたばかりで悪かったよ。」


「いや、今回はいろいろと考えさせられた。私は少し短絡的だったかもしれん。それに気づけて、むしろ感謝するよ。」そう言い残して、歩いて行った。


アルドは医師に向き直る。


「無茶を言って連れてきてすまなかった。これからエルジオンに送るよ。」


医者は首を振る。


「いえ、こちらこそ、力になれずすみませんでした。私にとっては、貴重な経験ができましたよ。・・・地上、いいところですね。いい時代です。・・・なに、他言はしませんよ」


アルドたちの時空を超えるたびについて、医師にはあまり話していなかったが、さすがに察する部分が多かったらしい。


「ああ、恩に着るよ。」


「これは、あまり聞くべきではないかもしれませんが、私をエルジオンに帰したら、その後どうされるおつもりですか?」


アルドは腕を組む。どう、すべきだろうか。


「彼女が十分に生き、罪を犯したのであれば、彼女を止めます。それは、彼女を殺すことになるかも知れない。」


ダルニスの言葉に、メイの顔がこわばる。


「ダルニス!!」


 アルドが咎めるように言っても、ダルニスは気圧されなかった。


「アマルダは、苦しんでいた。不自然に歪められた命によって。―――命は巡るというのが、狩人の先人たちの教えだ。」


 ダルニスは、自分に言い聞かせるようにつづけた。


「命は終わって別の命が始まる。命は、巡るものだ。」




アルドたちの育った時代。バルオキーからほど近い場所に、月影の森はある。精霊の力が色濃く残り、モンスターも多い、人間のテリトリーから外れた場所だ。だが、そんな森を生活の拠り所としている者たちもいる。ダルニスのような狩人たちだ。彼の家は代々森で獲物を狩ることを生業にしてきた。ダルニスの仕事はバルオキーの村を守る自警団でもあるが、どちらかといえば彼の本質はこちらにあった。


「アルドか。しばらくぶりだな。」


「最近ずいぶん村を空けているそうじゃないか。もしかして、ずっと月影の森に居たのか?」


「ずっと、というほどでもないさ。・・・いや、正直に言おう。ここに居れば、彼女にまた会える気がしてな。」


「アマルダか・・・。王都の方でも特に進展はないみたいだぞ。」


「そうか・・・。」


「なんで、アマルダがここに来ると思うんだ?」


ダルニスは矢じりの手入れをしながら答える。


「はじめ、ここに倒れていたんだ。」


「そうなのか。」


「なぜ、倒れていたのかはわからない。生命の水の力で、病気やけがは治ってしまうし、空腹でも死にはしないはずだからな。もしかしたら、偶然にここを通りかかる誰かを騙して遊んでやろうと思っていたのかもしれない。だが、この人気のない森だ。人に見つかるよりモンスターに見つかるほうが早いだろう。」


「確かに・・・。じゃあなんでだ?」


「なんとなく、ここはサルーパに似ている気がしないか?古代ほどではないが精霊の力にあふれ、木々が音を吸い込んでとても静かだ。・・・匂いも、サルーパに似ている。」


「匂いか・・・。」


 アルドは繰り返す。それは、ほかならぬ彼女が言っていた言葉だった。


 カラン、とダルニスが座っている隣にあった木札がこすれて音が鳴った。


「ひとまず獲物だ。アルド、せっかくだから手伝って行けよ。うまくいけばごちそうしてやる。」


「そりゃいい!もちろん、手伝うよ!」

 

 見に行くと、そこには罠に倒れこんだモンスターと―――アマルダが、いた。


「あら、また会ったわね。」


「ああ、元気そうで何よりだ。・・・つれないじゃないか。旅なら俺も誘ってくれればよかったのに。」


 ダルニスは弓に矢をつがえながら言葉を返す。


「悪かったわね。女の体を真っ二つにするような怖い人に追いかけられて、それどころじゃなかったのよ。」


「・・・一応、聞いておく。罪を償って、これから人を傷つけずに生きるつもりはないか」


「誤解があるようだけど、先にあの人が私を襲ったのを忘れてないかしら」


「違う。それだけじゃない」


「あなたたちにしたこと?ごめんなさい、あの時は混乱していて・・・」


「違う。よくそんな話が通用すると思ったな・・・。俺が言っているのは、君が今までこの二万年の間に犯してきた罪のことだ」


薄笑いを浮かべていたアマルダの顔が凍った。


「・・・そう。私のこと、随分調べたみたいね。」


「まあ、そんなところだ。・・・もう一度聞く。罪を償って、人を傷つけずに生きる気はないか?」


再び問うダルニスに、アマルダは背中を向けた。


「私は、多分、幸せだったと思うのよ」


アマルダの表情は、アルドたちからは見えない。


「あなたたちはどこまで調べたのかしら。でも、二万年前というからには、その話はきっと合っているわ。実は割と有名なのよ。私の話。まあ、私自身と私の話をつなげられた人はあんまりいないんだけど。」


「私ね、静かな村に生まれて、家族や村の人から愛されて、楽しく過ごしたの・・・。」


「周りの人はその生涯を終えていったわ。満ち足りて死んでいった人もいたし、道半ばの人や、無念を抱えたままの人もいた。家族や、友人や、子供や孫のそんな姿を見てきた。」


「そのうちね、だんだんと、私は人の輪から外れていった。親しい人の死に私が耐えられなくなったのか、一向に歳をとらない私を周囲が疎外したのか。あるいはその両方、すこしずつかしら。もう理由はおぼえていないわ。」


「時間がたって、私の心は楽しいも悲しいも何も感じなくなって、もう自分の家族の顔も声も、名前すら思い出せなくなったわ。その頃、村にちょっとした悲劇があったの。」


「そのころの私は村の知恵袋みたいな立ち位置でね、ある夫婦から、自分の娘が嫁いだ先の男がひどい奴だっていうことで相談を受けていたんだけれど、結局その娘は、自分と自分の子供を捨てた男を刺して殺してしまったの。」


「私、そのときね、とっても久しぶりに、なんていうか、心が動くのを感じたのよ。」


「ああ、『おもしろい』ってね」


アルドも、ダルニスも、何も言えなかった。二人の感覚では、二万年前の彼女に会ったのは、つい先日のことだ。今目の前にいるアマルダは、それから二人には想像もつかないほど長い時間に、心をすりつぶされてしまった。


「人を傷つけずに生きる気はないか・・・?そうしていたら、きっとまた心が死んでしまうわ。・・・私、死にたくないの」


アマルダの言葉に、ダルニスは覚悟した。


「・・・限界だったのだな。あのころの君の心は死んで、身体だけが生きながらえてしまっていたんだ。君の罪は、俺が口を出すようなことではないのかもしれない。だが、君の命は、俺が終わらせよう。」


「いいんだな、ダルニス」


アルドが問う。


「ああ、俺が、アマルダを、殺す。覚悟しろ。前衛を頼むぞ、相棒」


「おう!」


ダルニスの弓から矢が放たれ、水の柱に叩き落される。アルドが同時にアマルダの懐まで踏み込んだ。アマルダの体のあちこちから、水が光線のように噴き出す。だが、アルドは、すでに見たものに対応できないような剣士ではない。それに威力も速度も、前回ユニガンで戦った時ほどではない。今回は出会い頭からダルニスが弓を構えて牽制し、水天陣を展開する隙を与えなかった。


「嫌よ・・・。死にたくない・・・。」


 劣勢。しかも、アマルダはオーガベインの力を知っている。アルドがまだ腰に携えているそれを、警戒しないわけにはいかなかった。


「人は、生き物は、必ず死ぬ。・・・でもそれで終わりじゃない。命は巡る。時代を超えて・・・。」


だから、ダルニスの矢への対処が疎かになった。

アルドがかがみこんだ瞬間、それまで彼の体で死角になっていた正面に、ダルニスがいた。その放った矢はアマルダの胸に深く突き刺さり、彼女は倒れた。

ダルニスは駆け寄ると、ナイフを取り出す。普段は、狩った獲物を処理するために使うものだ。膝をつき、息も絶え絶えのアマルダの目を見つめる。


「残酷ね・・・。あなたは、死ぬのが怖くないの?殺すのが怖くないの?」


「怖いさ。でも俺は狩人だ。命を奪うのも、仕事のうちだ。・・・殺すのが怖くないかと聞いたな。君は、人を殺すのが怖くなかったのか?」


胸に矢が刺さったまま、再生する様子はない。前回、王都の時もそうだったが、胸にある核を傷つけられると、再生に時間がかかるらしい。


「そっか・・・。私、人を殺してるのよね・・・。たくさん、たくさん・・・。もう、わからないくらいの人を・・・。なんで、怖くなかったのかしら・・・。」


「君は、君自身は二万年前に話したあの時から、そんなに変わっていないような気がするな。変わったのは君の周囲への認識なのかもしれない。君は自分の人生を生きなくなって、君の周りで起こることを、演劇の舞台上のことくらいにしか思えなくなってしまった。そんな風に見える。」


「二万年前に話した・・・?何を・・・?」


ふときになって、すん、とアマルダは匂いを嗅いだ。


「森の、匂い・・・!」


「別れ際、必ず会えると言ったろう。」


「ああ・・・!ああああ!」


アマルダの目から涙がこぼれる。


「自分を大切にしきれなかったことは、知っていた。ずるいことを言ってしまって。悪かったな・・・。」


「会いに来るのが遅すぎよ・・・!もう顔も覚えていなかったじゃない・・・!ああ、でも、思い出せる。思い出せるわ。生命をつないだあの日のこと。みんなの顔も、声も、母さんの手料理の味も・・・!」


「ああ・・・。私は、これまで、なんてことをしてきたのかしらね。・・・父さんに合わせる顔がないわ。娘たちには、人のために生きるようにあんなに厳しく教えていたのに・・・。母さん、酷い人になってしまったわ・・・。ごめんなさい。ごめんなさいね・・・。」


 堰を切ったように、アマルダの、本来の記憶があふれ出してきた。


「なんだか、長い夢から醒めたみたい。あなたは、私を止めるために来てくれたのね・・・ダルニス、ありがとう。・・・お願い。」


 アマルダは目を閉じダルニスに身をゆだねた。彼はうなずき、ナイフを、矢じりの刺さった彼女の胸に突き立てた。痛みに顔を歪めるアマルダから目を背けず、彼は彼女の中から銀色の珠を取り出した。珠からあふれ出す液を払って、手持ちの容器に入れる。


「ねえ、ダルニス、覚えていて・・・。アマルダという名前、これだけは何があっても変えなかったの。私が私である証明として、忘れたくなかったんだと思うわ・・・。」


「そうか・・・。アマルダ。君を忘れない・・・・。 “―――――”」


ダルニスが最後にアマルダにかけた言葉は、彼女に聞こえていたかどうか、わからない。アルドは、ダルニスがその言葉を使うのを、初めて聞いた。



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