第2話

「なるほど、君たちの話はわかった。こちらの調べと照らし合わせても、筋が通っている。むしろよく町に被害を出さず抑えてくれた。君たちにはアマルダという女性殺害の嫌疑がかけられていたが、不問ということでいいだろう。ただ、正式な決定が下るまでは、しばらく王都にいてもらう」


今も魔獣王との戦いの爪痕が残るミグランス城の一室。アルドたちはアマルダに関する一件のことで、騎士団長ラキシス直々の事情聴取を受けていた。


「倒れていた二人はどうなった・・・?一応、はっきりと聞いておきたい」


二人、というのはアマルダと、アマルダを追っていた男のことだ。ダルニスが一応とつけたのは、最後に見た二人の姿がどうだったか、言うまでもないことだったからだ。


「亡くなっていたよ。ちなみに、男の方は手配されていた。素性もわかっているし、住んでいた村に事情を話すと、村長がなきがらを引き取ってくれることになった。」


「手配?」


アルドがたずねる。


「家族、友人、婚約者を殺した疑いでな。疑いが完全に晴れたわけではないが、君たちが彼から聞いたという話の内容は村長にも伝えてある」


そうか、と目を伏せるアルド。ダルニスは、ラキシスの話にひとつ、ひっかかることがあった。


「婚約者も、殺したことになっていたのか」


「うむ。その殺されたはずの婚約者というのは、あのアマルダという女だな。面識があるようだったので村長にも顔を見てもらったが、間違いないとのことだ。」


話していると、外から甲冑がこすれあう音と大きな足音が部屋に近づいてくる。ラキシスが扉に目を向けると、兵士が部屋に飛び込んできた。


「ラキシス様!ご、ご報告です!」


兵士は部外者であるアルドたちが部屋にいることに戸惑ったようで、目線を送った。


「急ぎのようだな。この者たちは信頼のおける者だ。構わず続けろ」


「は、はい!先日の事件の被害者の女性、というか、加害者の女性、の、ええと」


「慌てるな。落ち着いて要点を言え」


「はい!アマルダという女が、生き返って逃げました!」


「なに!?」


部屋に居た全員が驚きに声を上げる。


「セレナ海岸方面へ逃走中で、数名が追っていますが、反撃に合い負傷した者もおります!」


ラキシスは腕を組んでうつむいたが、すぐに自分の思考を振り払うように首を振った。


「・・・確か、自分の胸にナイフを突き立てられたのに、そのあと動き回っていたという話だったな。とはいえ、まさか死体が動き出すとは・・・。まあいい。考えるのは後だ。まずは追って捕えねばならん。・・・さて、君たちにかけられていた嫌疑の原因が元気に逃げ回っているらしい。さきほど、ユニガンに居てくれといったのは忘れてくれ。」


「だったら俺たちも協力させてくれ。アマルダが生きてるんだったら、放っておけない。」


アルドがいうと、ダルニスもうなずいた。


「俺からも頼む。腑に落ちないことだらけなんだ。俺は、彼女ともう一度話さなければならない。」


「あたしからも頼むよ、騎士団長さん!」


メイもつづき、三人に迫られてラキシスは息をつく。


「いいだろう、協力を頼もう。一度確保した者を逃がすなど、本来は騎士団の恥もいいところ。騎士の面子にかけて取り戻すのが筋なのだが、お前たちに対して今更、体面もあったものではないしな。」


ラキシスはそう言って報告に来た兵士に呼び掛ける。


「彼らを案内できるか?」


「はい!」


兵士は息を切らしながらも、大声で肯定した。


「よし頼む。では、三人とも、ひとまず彼と行動してくれ。当事者であることは重々承知だが、あまり私情を挟みすぎないでくれるとありがたい」


「わかったよ。ありがとう!」


「礼を言うのはこちらだ。頼むぞ」


間を置かずに出発した一行は、ミグランス兵の案内でセレナ海岸に着くと、岩陰で座り込んでいる負傷した兵士を見つけた。


「無事か!?」


アルドたちが駆け寄ると、負傷兵は申し訳なさそうに返事をした。


「俺は大丈夫だ。だがすまない。足をやられて逃げられた。この先はリンデだ。手当たり次第に暴れるとは思わんが、被害が出る前に止めてくれ。」


「わかった。もうすぐ、負傷者の回収班が来るはずだ。それまで我慢していてくれ。―――みなさん、リンデからであれば船で遠くへ逃げる可能性もあります。急ぎましょう」


案内を任された兵士は先ほど騎士団長の部屋での報告は大慌てだったが、走っているうちにすっかり冷静さを取り戻した様子で、意外に頼もしい働きぶりを見せていた。

追跡には、ダルニスの狩猟の知識も役に立った。


「走ってきて、ここで振り返って攻撃しているようだな。大きさも合う。この足跡が、アマルダのもので間違いない。これを追おう。」



足跡は、予想通り港町リンデに続いていた。だが、町には変わった様子は全くと言っていいほどなかった。


「さて、どうする?足跡から考えると、まず間違いなくアマルダはここにきているが、街中で足跡が入り乱れて、これ以上は追えない。アマルダを見た人がいないか聞いてみようか」


「そうだね、船に乗って逃げるかもしれないんだろ?まずは船着き場で聞いてみるかい?」


「よし、そうと決まれば急ごう」


アマルダらしき女性を見たという人には、すぐに会うことができた。


「ああ、その人ならザルボー行きの船に乗ったんじゃねえかな。」


船着き場で荷物の上げ下ろしをしている男が、こともなげに答えた。


「ろくに荷物も持たず、女一人で長旅だろ。しかも船は出航間際に飛び乗りときたもんだ。何かあるんじゃねえかとは思ったが、まさか騎士様に追われているとはなぁ・・・。」


「間に合わなかったか・・・。」


ダルニスが肩を落とすが、アルドには考えがあった。


「いや、まだ船はリンデを出たばかりだし、合成鬼竜に頼めば先回りできるかもしれない。」


合成鬼竜は未来の技術で作られた戦艦だ。それは現代では考えられない速さでの移動ができるし、その最大の特徴は時空を超え、二万年前の過去や八百年後の未来に行くことだ。案内してきてくれた兵士は少し考えるようにして言った。


「みなさんは、なにか手があるようですね。・・・私は一旦ここで報告に戻ります。おそらく彼女は正式に指名手配されるでしょう。私も報告が終わったらザルボーに向かいますので、進展があったら騎士団員にお伝えいただけると助かります。」


「わかった。じゃあ俺たちは先を急ごう!」


合成鬼竜を呼び、アルドたちは難なくザルボーに先回りできた。

ザルボーの港に着くと、リンデからの船の到着は大幅に遅れていた。三人は物陰に隠れ、降りてくる客を見ていたが、アマルダは一向に現れず、とうとう最後の客が降りて、あとは船乗りが荷物を下ろすばかりになった。


「この船で間違いないんだよな。どういうことだ・・・?」


話していると、船から荷下ろしをしていた船乗りが声をかけてきた。


「兄ちゃんたち、待ち人かい?」


ダルニスがうなずく。


「まあ、そんなところだな。」


船乗りの表情が曇った。


「もしかして、銀髪の女かい?」


「何か知っているのか?」


「やっぱり、彼女の連れか。すまねえ。嵐が急に来やがって、甲板から落ちちまったみたいなんだ。・・・気づいた時にはいなくてよ。探したんだが、嵐の後で水面も荒れてたし、ほかの客のこともあるし、水や食料だってそんなに多くは積んでねえ。申し訳ねえ。嵐を読めなかった俺のせいだ。恨んでくれてかまわねえ」


「なんだって!?」


「やられたな・・・。」


驚くメイとは裏腹に、ダルニスは納得した様子で首を振っていた。


「ダルニス、やられたって、どういう意味だ?」


「どうもこうも、ユニガンで彼女が嵐を呼ぶのを見ただろう。今回もアマルダの仕業だろう。嵐を呼んでその隙に逃げたのさ。ここで待ち伏せされていることを予測してな」


「そういうことか・・・!」


「・・・どうも、俺が想像してた状況とは違うみたいだな。あの女、追われ人だったか。実は積んであった小舟が一艘、嵐の後になくなってんだ。てっきり流されちまったもんだと思ったが、そういうことならそいつが乗ってったのかもしれねえな。」


「そうか、情報ありがとう。恩に着るよ。」


「いや、変な話だが罪の意識ってやつから開放されたぜ。あんたらにゃ探し人を届けてやれなくて悪かったけどな。」


 船乗りはそう言うと、荷下ろしの作業に戻っていった。


「さて、完全にまかれたな。さすがにもうどこに逃げたのか想像がつかん。」


「そうだね。これから、どうしようか。」


 話しているうちに港がまた騒がしくなった。リンデからもう一隻船が着いたようだった。


「皆さん、合流できてよかった。・・・彼女はいないようですね。状況を教えていただけますか?」


 今しがた到着した船に、行動を共にしていたミグランス兵も乗ってきていたようだった。仲間を連れ、三人で来ているようだ。アルドたちは顔をっ見合わせ、船乗りから聞いた話をそのまま伝えることにした。


「そうですか。それでは、ここから足取りを追うのは難しいでしょうね。アマルダには正式に手配がかかることになりましたのでご報告しておきます。ただし、彼女は亡くなった男性の婚約者になる以前の素性が全く知れず、手掛かりは無いに等しい状態ですがね。」


「なるほど、そちらにも手掛かりはないということか・・・。」


「残念ながら、そうですね。我々はミグランス城に戻ることにします。・・・今はできることはなさそうですから。」


「わかった。俺たちは少し考える。何かあったら連絡するよ」


「はい、ではお気をつけて。」


 騎士たちを見送って、三人は再びため息をついた。


「ぐっ・・・!いたたたた」


 急にメイが脇腹を押さえて座り込む・


「メイ、大丈夫か?」


「ああ、大丈夫。なんだか気が抜けちまって、痛みがぶり返してきたよ。」


「いったん、宿で休もうか。いろいろありすぎた。」


「そうだな。彼女が生きていると聞いてがむしゃらにここまで追ってきたが、正直、まだわけがわからない。すこし落ち着こう」


 メイもうなずく。


「悪いね。そうされてもらえると助かるよ」




 ザルボーは砂漠に隣接する砂の町だ。宿には砂風呂があって疲れを癒すことができた。


「アマルダは、何を考えていたのだろうな。」


 砂から頭だけポツリと出した姿で、ダルニスは誰に言うでもなくつぶやいた。


「俺には彼女が、あんなことをする人間には思えなかった。・・・ナイフで刺されてから、まるで別人みたいだった」


 ダルニスの言葉には、メイが返事をした。アルドを挟んで反対側で砂風呂に埋まっている。


「でも、私たちのことも、あの婚約者だったっていう男の人のことも、ちゃんとわかったうえで、攻撃してきたじゃないか。あたしもバルオキーでのアマルダが嘘だったとは思えない。けど、別人っていうのとは、なんだか違うような気がするんだ。アマルダは、最初から最後までアマルダだったんじゃないかな。あたしたちが知らないだけで、あんな残酷な一面もあったってことなんじゃないかい?」


「ふふっ」


 ダルニスが笑う。


「なにがおかしいのさ?」


「いや、確かに、メイの言うとおりだ。俺は俺に都合のいい幻想を見ようとしていたようだ。早めに叩き潰してくれて、感謝するよ」


「あたしにだって、何が本当かなんてわからないけどね。それにしたって、その叩き潰したって言い方はなんとかならなかったのかい」


「はは、すまん」


 静かに三人の笑い声が砂風呂に響く。


「あとは、アマルダの力だな。どう思う?アルド。あの嵐を呼ぶ力。それに、胸にナイフを突き立てられても平気だった。俺はあの時、てっきりあのナイフの傷が見た目より浅かったんだと思ったんだ。だがそのあと、お前がオーガベインで斬った。あれは間違いなく致命傷だった。・・・彼女は息をしていなかった。」


 アルドはうなる。


「嵐を呼ぶ力の方は、似たようなのを見たことがある気がするけど。斬っても倒れない、というか、倒れても蘇ってくるのは、ちょっと普通じゃ考えられないな」


 そこに、隣でアルドたちの会話を聞いていた老婆が割って入った。


「なんだ、おまえさんたち。魔女アマルダの話をしとるのかね?」


「魔女?」


 アルドは聞き返す。その言葉に、あまりいい印象はない。


「おばあさん、アマルダのこと何か知ってるのかい?」


メイの言葉に、老婆は砂に入ったままうなずいた。


「知ってるもなにも、この辺じゃ有名なおとぎ話だよ。私も小さい頃はよく聞いたもんだし、最近じゃ孫にも聞かせてやってるよ。」


「おとぎ話・・・?それ、聞かせてもらってもいいか?」


「いいとも。アマルダはとある村で生まれた子で、それはそれは両親に愛されて育った。だが、ある日体調を崩してね。呪術師にみてもらうことになったんだ。その頃は呪術師が今の医者や神官のような役割をすることも多かったんだね。そこでアマルダをみた呪術師に言われたのさ。『この子は生まれつき病に侵されています。エルフの秘宝といわれる生命の水でもない限り、命は数年も持たないでしょう』ってね。それを聞いて悲しんだのはアマルダを愛していた両親さ。できることはなんでもして、彼女をみた呪術師も必死になって探してね。とうとう、その生命の水を手に入れた。銀色に輝く生命の水を飲んで、アマルダは元気になって、それはそれは末永く幸せに暮らしたのさ。

だがそれで話は終わりじゃない。そのあと両親が天寿を全うして、友人が死んで、夫が死んで、彼女の子供たちが死んでも、彼女の命に終わりは来なかった。生命の水の効果は、人を元気にすることじゃない。不老不死にすることだったのさ。長い長い時間の中で、いつしか彼女は人に災いをもたらすようになり、魔女と呼ばれるようになった。そんな話さ。」


 誰も、すぐには反応することができなかった。老婆の話を反芻している。


「ね、ねえ、おばあさん。その災いってのは、どんなことなんだい?」


「ん?そうさねえ、いろんな話が残っているよ。嵐を呼んで川を溢れさせただとか、子供を操って親を殺させただとか、どこぞの王族をだまして国家を滅亡させた、という話まであるね。この辺は子供にきかせるような話じゃないし、私はあまり知らないんだがね」


「・・・ありがとう、おばあさん。すごく参考になったよ」


「そうかい?まあ、役に立ったならよかったよ。じゃあ、私は失礼するよ。いい加減のぼせちまう。」


 老婆が部屋から出るのを確認して、アルドが口を開いた。


「今のおとぎ話、なんだか本当にあのアマルダのことのような気がしてきたぞ。」


「森の匂い・・・。」


 ダルニスが、思い出したようにつぶやく。


「え?」


「バルオキーでアマルダと話していて、森の匂いがする、と言われたことがある。それは、懐かしい匂いなんだと言っていた。彼女は記憶をなくした振りをしていたかもしれないが、あの言葉は、嘘じゃない気がする。」


「森の匂い・・・。ザルボー周辺で語り継がれているおとぎ話・・・。そして、不老不死か。」


アルドの言葉に、メイもはっとする。


「今のアマルダはどこにいるかわからないが、昔のアマルダならサルーパに行けば会えるかもしれない!どうせこれ以外に手掛かりは無いんだ。行ってみよう!」

 

 合成鬼竜に乗って時空を超え、現代ではザルボーが位置する場所に二万年前にあった草原の村、サルーパに着いた。


 村はいつもと変わらないようだが、少しざわついているようにも思えた。

 道を行く人を捕まえて聞いてみたところ、どうやら生命の水を探していた夫婦が、とうとうそれを手に入れたのだという。


「まさか、こんなタイミングだとはな」


「手遅れになる前に、急ごう」


 目的の家は、すぐに見つかった。生命の水を一目見ようと、人だかりができていたのだった。人だかりをかき分けて中に入ると、夫婦に見える二人が呪術師から銀色の液体を受け取るところだった。どうやらアマルダの両親のようだった。


「これが、そうなのですか」


 母親の問いかけに、呪術師はうなずく。


「エルフの集落で事件があったようで、いくつかの宝が流出したという噂があり、それを元に探しておりました。間違いありません。これが生命の水です。」


「アマルダ・・・。これで・・・!」


苦しそうに横たわる娘の前に、父親が生命の水をもって近づく。


「待ってくれ!」


 飛び込んできたアルドの声に、父親の足が止まった。


「なんだ、君は?」


「それは万能薬なんかじゃない。人を不老不死にする薬だぞ!」


 アマルダの父はうなずいた。


「その通りだ。アマルダには、もうそれしか残されていない。」


「なっ、わかっていて使おうとしていたのか!?不老不死っていうのが、この子にとってどんな残酷なことか、わからないのか!?」


「こんなに若いのに、この子は悪いことなどなにもしていないのに、死んでしまおうとしているのだぞ!これ以上に残酷なことなどあるものか!そこをどいてくれ」


 アマルダの父は容器のふたを開け、アマルダの体を起こして生命の水を飲ませようとする。その腕をダルニスがつかんだ。


「待ってくれ。せめて話を聞いてくれ!」


「しつこいな、なんなんだ、君たちは!」


 そのとき、容器に満たされていた銀の液体から、水の柱が立った。顔をめがけてきたそれを、ダルニスはかろうじて避けることができた。


「なんだ!?」


 銀の液体はひとりでに容器から出ると、その体積を膨らませ、液状のまま人型になった。直後、耳鳴りのような、甲高い音が鳴った。それは、この液状の生物が吠えたかのようだった。その音に呼応するように、空に雨雲が満ちて大雨が降ってきた。室内で直接雨は降りこまないものの、大気が水の波動で満ちていることが感じられる。その尋常ではない様子に、見物人たちは次々と逃げて行った。

 銀色の怪物は、狙いを定めたのか、ダルニスだけを攻撃する。


「彼女の中に入るのを邪魔したから怒っているのか?」


「ダルニス、ここじゃアマルダや両親が危ない!外に誘い出すんだ!」


「任せろ!」


 外に出るダルニス。追う銀色の怪物。飛び出した瞬間にダルニスが放った矢を水の柱で払うと、死角からハンマーが振り下ろされた。銀色のモンスターは叩きつけられて形を変え、一瞬動きが止まる。


「出し惜しみなしだ!いくぞ、オーガベイン!」


アルドはすぐにオーガベインを抜き、銀色の怪物を切り裂いた。怪物は人型の体をなさずの液状になって飛び散り、それとともに、雨が嘘のようにあがった。


「一体、どうなっているんだ・・・。」


 部屋から出てきたアマルダの父が、茫然と飛び散った「生命の水」を眺めている。

 彼に生命の水を手渡した呪術師もでてきたが、驚きで開いた口がふさがらないようだった。


「まさか生命の水が、かようなものだったとは・・・。」


アマルダの父がさらに一歩前に出ると、持っていた容器、そこに残っていた銀色の珠を中心に、同じ色の液体が吸い込まれていった。

 それを見てアルドは驚いたが、勘を働かせた。


 「なあ、もしかしてそれって、ふたを閉めないとまた動き出したりしないか?」


 アルドの言葉に、アマルダの父が手元を見ると、カタカタと瓶の中で液体が動いていた。慌ててふたを閉める。

 ―――部屋の奥から、すすり泣く声が聞こえる。

 アルドたちが部屋に戻ると、一部始終を見ていたアマルダの母が座り込んで泣いていた。


「気持ちはわかるが、しっかりしないか・・・。」


 アマルダの父が背中をさする。


「でも、最後の希望だったのよ・・・。もう、この子には時間が残されていないのに・・・。」


「なあ、あんた。本当に他の方法じゃどうにもならないのかい?これじゃ、あんまりだよ。」


メイの言葉に呪術師は目を伏せた。


「この子は生まれつきの病があってな。これは我々の呪術や回復魔法ではどうにもならんのだ。・・・今の光景を見た後で抵抗はあるだろうが、やはり生命の水を飲むべきだ。この生命の水は、過去にエルフとともに生きた人間が実際に使っていたものだ。その者が自らの意思で生命の水を断つまで、ずっとその者の命と若さを守っておったという。恐ろしくも見えたが、その不老不死を得る効果そのものに間違いはない。」


アマルダの母は、その言葉に背中を押されたようだった。


「大丈夫なのね。信じるわ。あなた、アマルダに生命の水を飲ませましょう」


アマルダの父は、迷っている。先ほど見たあの恐ろしいものを娘の口に入れることに、不安と抵抗があるようだった。


「待ってくれ、体の異常に違いはないんだよな」


アルドの言葉に、呪術師はうなずいた。


「生命の水を飲んでしまう前に、少しだけ、時間をくれないか?」



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