第4話

 あの日、帰宅したアンネはすぐに筆を執った。自分の軽率な発言のせいで、アルヴェーン卿にひどく不愉快な思いをさせてしまったから、その謝罪をしたかった。

 父が突然無茶を言ったにも関わらず、一緒にいてくれたことへの感謝。初対面だったのに、不躾な質問に対して答えてくれたことへの感謝。人嫌いだと聞き及んでいたので、優しく丁寧な対応に関する感謝と驚きと、それから喜び。とんだわがままを言ってしまった謝罪。それがきっかけで呼び込んでしまった出来事に対する謝罪。──そこまではスラスラと書けた。──次のドレスは“リコリスの”彼女に送るのかどうか。誰にあてるのだとしても、あなたが心血注いで紡ぎあげる新作がとてもとても楽しみなこと。願わくばその新作が、また社交の場で見られたら嬉しいこと。最後に、もしまたどこかでお会いできたのなら、声をかけてもいいかと問い、封をした。

 後半はひどく悩んだ。どんな言葉を選んで、どんな話題へ運ぼうか、悩んで迷って時間が経って、ペン先から伝ったインクが何度も染みをつくってしまい最初から書き直す。……なんて、何度繰り返したことだろうか。

 手紙の返事はもちろんない。父を通した言伝もない。ほかにツテもないアンネはただ、ため息をついて自室に引きこもり、あの短い邂逅かいこうを思い出して、寂しい気持ちを反芻していた。

 ひどく無意味な日々と行為に、アンネ自身がいている。こんな気持のときは“青薔薇姫”のドレスを思えば、またはそれを見に社交場におもむけば、それだけで楽しい気持ちになれたのに。今は逆だ。それが自傷行為のように寂しさを押し広げてくる。



 王国主催の舞踏会が終わり、すでに幾日かが経った。

 “青薔薇姫”が参列するであろうパーティーも行きたくなくて、届く招待状のことごとくに不参加の返答を繰り返していた。

 両親は困ったように笑いながらも「思い切り悲しんでおきなさい」「ちゃんと気持ちの整理をしなさい」と、アンネのことをそのまま受け入れてくれていた。

 そんなある日、自室でアフタヌーンティーを楽しんでいたときのことだ。アルヴェーン卿から小包が届いた。中に入っていたのは上品な緑の生地に白くまぁるい花が刺繍されたハンカチと、メッセージカードのみという、質素シンプルなもの。

 白い花を見た瞬間、なぜだろう、ひどく心が踊った。糸の一本一本が乱れることなく並んで、丸く柔らかい花の形を表している。素朴で、けれど優しい花だ。ハート型にも見える葉も添えるように刺されていたから、これがシロツメクサの花なのだとすぐに気がついた。

 まぁるい花の形を確かめるように指先でなぞって、三つ葉を一枚一枚数えて。ハンカチの優しい肌触りが、寂しさでズタズタになっていた心をやわらかく包んでくれる気さえした。

 葉も花弁もじっくりと堪能してから、ようやくメッセージカードに手を伸ばす。

 走り書きの、たった二言の短い言葉だった。よくよく見れば、カードの端にはインクが擦れたようなにじみがある。それがおかしくて、可愛らしくさえ感じた。

 刺繍はこんなに丁寧で繊細なのに、文字はなんて雑で大雑把なんだろう。このカードだけならば、石材の彫刻がぎちぎち動きながら書いたものだと言われたら信じてしまうかもしれない。

 アンネも、アルヴェーン卿の言うところの雑草には変わりがないようだった。宝石を肥料にするほどの価値はなく、青薔薇にもリコリスにもなれない。せいぜい庭師に駆除されるのをおとなしく待つ雑草である。

 けれど、アルヴェーン卿にとってアンネも、確かに花だったのである。


「ああ、本当に、嬉しいなあ」


 ──クローバーの君に。新作。

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華を彩るあのひと刺しを 唯代終 @YuiTui

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