第3話

「そこな娘はたしか、ラウルの家でしたわよね。でしたら、わたくしの家のほうが爵位も地位も上ですのよ」


 コーウェル婦人は、複数の友人とりまきとともにアルヴェーン卿の周りに群がった。その際、友人とりまきの誰かがぽーいとアンネを卿のそばからはじき出した。

 卿はまた、スンとに戻ると「そもそも私はラウル嬢のドレスを仕立てるなど言っておりませんが」と硬質で冷たい拒絶の声を放った。婦人はそれに気づいているのかいないのか、優雅に微笑んで見せる。


「繊細な刺繍も、布の裁断も、わたくしだって素晴らしいものだと思っておりましたとも。様々な方と“青薔薇姫”のドレスについてお話していましたわ」


 婦人の言葉を引き継ぐように「あのレースをまとってみたいとか」「あのドレスで踊れたら素敵だろうとか」「きっとこういう装飾品アクセサリが似合うのだろうとか、話していましたのよ」と友人とりまきが口々にいう。言葉が重なっていくたびに、卿の表情は彫刻のように固くなり、閉ざされていった。

 あの人達は気づいていないのだろうか。アンネは思う。あんなにも不愉快そうに、あんなにも全力で拒絶を示しているというのに、どうして、気づかないのだろう。


「それは、」耐えきれなくなったのだろう。アルヴェーン卿が口を開いた。「ドレスではなくご自分の将来を夢想しているだけでしょう」

「あら、なにが違うの?」婦人は笑む。「ドレスも服。着てみたいというのは褒め言葉ではなくて?」

「違う、全く違います。ラウル嬢の言葉とは、全く」

「わたくしとお話しているのに。そこな娘の名前を出すなんて、失礼ではありませんこと?」

「……らちが明かないな」


 疲れを体外に出すようにため息をついたアルヴェーン卿は、「雑草にドレスなど不相応だろう」と吐き捨てる。

 ぴしり、と婦人の笑みにヒビが入った。友人とりまきはどよめき、アンネもひくりと喉が引きつったのを感じる。


「雑草に宝石を砕いた肥料を与えるものはいない。気位ばかりが高く傲慢、己のことにしか興味のないような輩に、なぜ私が心血を注いで紡いだ最高のドレスを贈らねばならない? あなた方がどれだけ喚いて姦しく騒いだとしても、雑草は雑草のまま。青薔薇にはなれるわけがない。せいぜい雑草らしく庭師に駆除されるがよろしかろう」


 あえてこの空気を表すならば、ぽかーん、になるのだろうか。

 アンネは、彼の美しい容姿から次々あふれてくる皮肉と罵倒の展覧会のような発言にただただ関心するばかりだったし、婦人らは突然放たれた言葉に驚いて怒りを引っ張り出すのに時間がかかっているようだった。

 満足したらしいアルヴェーン卿はアンネのほうにチラと視線をむけ、そのむこうになにかを見つけたらしい。の顔になると、アンネにのみ「少し離れても構わないだろうか」と許可を求めた。挨拶のときと同様にぎこちなくうなずけば「すぐに戻る」と残して、ひとりの令嬢のもとに駆け寄っていく。深紅というに相応しい見事な赤い髪を持った令嬢だった。卿は彼女を“リコリスの”と呼び止めて、小声でなにか話し始める。

 その様子を、アンネはぼうっと眺めていた。残されたコーウェル婦人たちが、ヒステリー気味になにか喚いているのに、なにも聞こえないくらい、ぼう、と眺めて、小さく息をつく。

 きっと次のドレスは、赤が印象的な作品になるんだろう。それを着るのはあの“リコリスの”彼女で、アンネではない。

 ──それはそうだ。だって彼とはさっき顔を合わせたばかりなのだし。

 納得する理性に反して、それでも彼に刺して欲しかったと駄々をこねる感情がやかましい。こんなに聞き分けないのない自分は初めてだ。


 結局そのあと。アルヴェーン卿はアンネの元に戻ってくることはなかった。

 ひととおりの挨拶回りを終えたらしい父は、ひとりでいるアンネを見て困ったように笑ったのち「まあだからね」と肩を叩いた。

 なんだかひどく、寂しくなった。

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