ふんわり妖精と病気の彼④




数週間が経ち、今日も日課となって学校から帰ってきた誠二の姿を眺めていた。 いつも通りの日常、何も変わらない平穏な日々。 そう思っていたのに異変が起きた。 誠二が突然苦しみ始めたのだ。 

そして、それがただ事ではないとリリーは誠二と話したことで分かっていた。


「ッ、誠二さん!?」


心配しているうちに、すぐに誠二の家族なのか数人の人間が駆け付けた。 薬を飲まし発作のような症状が治まると、多少は安心したのだが誠二の容態があまりよくないことが伝わってきた。 

“妖精を食べると身体の悪いところがなくなる” その言葉がふと頭を過った。


「・・・私、行かなきゃ」


一人家を出ようとしたが、ランに止められる。 基本的に勝手に外に出ることは認められない。 余程のベテランでもなければ、妖精が一人で歩くのは危険過ぎるのだ。


「ちょっとリリー! どこへ行く気?」

「誠二さんが危ないの! お願い行かせて!」

「駄目に決まっているじゃない! 今度こそ、リリーが食べられたらどうするの!?」


―――誠二さんに食べられるなら、それは本望だ。

―――・・・だけどそんなこと、ランには言えない。


「でも、大切な人の力になりたいって思うのは、普通でしょ?」

「ッ・・・」


震えながらの声にランは言葉を詰まらせた。


「傍にいられなくても、誰よりもずっと見ていたいの。 見守りたいの。 ・・・だから、お願い」

「ッ、もういいよ! 勝手にして!」

「ラン・・・」


ランは叫ぶように部屋の奥へと行ってしまった。 床に涙の跡が点々と垂れていった。 もしかしたらこれが今生の別れになるのかもしれない。 

そう思うと胸が痛んだが、感傷に浸っているうちにレオに急かされてしまう。


「リリー、行くなら早くしろ。 もう救急車が来て、誠二さんを運んでしまう」

「あ、うん」

「迷子にならないよう、俺も付いていくから」


既に救急車が到着し、家族連れ添いのもと出発してしまったため、見失わないよう懸命に羽を羽ばたかせ追いかけた。 数分、病院へと辿り着き近くと木の上から様子を伺う。


「誠二さんは・・・?」

「まだ検査とか色々あるだろうから、すぐには部屋に運ばれないだろう」

「そっか・・・」


視線を落とすリリーにレオは笑顔を見せる。


「俺は、いつでも待っているから。 リリーが戻ってくるの」

「・・・うん」

「ランたちの様子が心配だから、俺はもう戻る。 家の場所は分かるよな?」


病院に来たのは初めてだが、それ程離れていないため帰ることはできるだろう。 レオはリリーが頷くのを見て、頭を激しく撫でた。


「わわッ」

「いつもぼんやりして何事にもまったりなお前だけど、好きな人のことになるとこんなにも頑固になるんだな。 そこもまた、お前のいいところの一つだ」


そう言ってレオは飛んでいってしまった。 リリーは一人になって一つ一つの部屋を窓から確認し、誠二が戻ってくるのを今か今かと待っていた。 

すっかり日が落ちた頃、ようやく誠二の姿を見つけることができた。 相変わらず病室のベッドの上で静かに本を読んでいる。


「誠二さん!」


羽を羽ばたかせ飛び上がると急いで近寄り窓を叩く。 誠二もそれに気付き、重そうな身体を動かして窓をゆっくりと開けてくれた。


「驚いたな。 よく俺の居場所が分かったね」


―――それは、ずっと誠二さんのことを目で追っていたから。

―――・・・だけど、そんなことは言えない。


最初に口から出たのは、ここへ来た目的のことだ。


「誠二さん。 やっぱり私を食べてほしいの」


誠二はゆっくりと首を振ると言い聞かせるように優しく言った。


「俺は平気だよ。 軽い発作を起こしただけ。 みんな気にし過ぎなんだ」


だがリリーから見れば家の時とは違い色々な計器があり、明らかに容態はよくないように思えた。 本人のことは本人しか分からない。 だが誠二に限って言えば、何があっても強がりを言うような気がする。


「私、誠二さんのことが好きなの!」


だからリリーは気持ちを伝えた。 自分がどれだけ本気かを示さない限り、誠二は自分を食べてくれないと思ったからだ。


「・・・え?」

「お願い、私を食べて。 誠二さんのためになれるのなら、私の本望だから」


リリーは泣いていた。 食べられるのが怖かったわけではない。 誠二がいなくなってしまった世界に生きることになるのが怖かったのだ。 妖精と人間の恋なんて端から無理だと分かっている。 

それでも、自分の想いに嘘はつけなかった。


「こっちへおいで」


誠二はリリーに向かって手を差し出した。 優しそうに笑いながら、ただそれだけだ。 リリーはそれを受け入れれば自分が食べてくれると思い、恐る恐るその手に乗った。 身体が震える。 

やはり目の当たりにすれば、食べられるという現実は怖くてたまらなかった。


「俺、本が好きなんだよ」


誠二は布団の上にリリーを乗せると、棚にあった本を取り広げた。


「人間と妖精が協力するファンタジーの話で、内容はいたって王道のものなんだけどね」

「人間と妖精が協力・・・?」


リリーたち妖精の世界にも本はある。 だが人間と協力するという内容の本は今まで読んだことがなかった。


「うん。 共に戦って、共に笑って、時には喧嘩して、二人は絆を深めていく。 人間が命を落としかけたこともあったし、妖精が悪者に捕まったこともあった。 

 それでも二人はお互いを見捨てたりはしなかったんだ」

「一緒に生きていたんだね」

「そう。 お互いはお互いに尊敬し大切に思っていたんだ。 俺とリリーはまだ出会って日は浅いけれど、もう友達だろう? どちらかの利益のためにどちらかを犠牲になんてしたくないよ」


リリーは嬉しかった。 友達ということはずっと憧れだった存在の誠二との距離がグンと縮んだということだ。 病院ということも忘れ、ベッドの上を飛び回る。 

いつしか身体がほんのりと光だし、そして、背中に生えていた羽がポロリと取れリリーはベッドに激突した。


「え・・・」


誠二は落ちた羽を拾って渡してくれたが、綺麗に取れた羽は相変わらず光り輝いているだけでどうにもならない。 


「また生えてくるの・・・?」


誠二の問いかけに黙って首を振ることしかできなかった。 リリーたち妖精は本来羽が取れれば死んでしまう。 

しかし、リリーは背中を擦ってみたが傷跡一つなく、まるで元々そこには何もなかったかのようだった。


「羽を食べてください。 何の意味もないかもしれないけど」


そんなリリーがそう言ったのに深い意味はなかった。 ただ何となく、そうするのがいいと思っただけだ。 誠二も最初は不思議そうに見ていたが、リリーのことを疑いもせず羽を口に入れた。


「何となく身体が軽くなったような気がするよ」


誠二は本当にそう感じて言ったわけではないだろう。 しかし直後異変が起きた。 先程の羽と同様に誠二の身体も光に包まれ、そしてリリーも同様に光に包まれた。 

まばゆい光が部屋中を満たし、そしてそれが消えると同時に誠二は本当に身体がよくなっており、リリーは普通の人間の姿になっていた。


「え・・・? リリー?」

「あ、うん、あれ? 誠二さん、縮んだ?」

「いや、俺が縮んだんじゃなくてリリーが大きくなったんだよ」


こうして誠二の身体はまるでどこも悪いところなんてなかったかのようによくなり、そしてリリーは誠二の家に養子として迎えられることになった。 

本当は目が合えば妖精が消えるというのは食べられてしまうということではなく、人間と心が通じ合えば羽が取れ人間になってしまうからだった。


「ラン、今日のお裾分けね」


リリーはというと、人間と妖精の橋渡しとして末永く暮らすことになった。


「あれ・・・? 養子になっちゃったら、誠二さんと恋人になれないじゃないの!」

 





                                  -END-



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ふんわり妖精と病気の彼 ゆーり。 @koigokoro

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