ふんわり妖精と病気の彼③




だがそんなリリーの願い空しく誠二は寂しそうに目を瞑り首を振った。


「・・・いや、それは駄目だよ。 僕にはできない」

「え、でも私は誠二さんに」

「可愛い君を食べてまで、生きたいとは思わないんだ。 妖精さんにも大切な命がある。 その命を、ぞんざいに扱ってはいけないよ」

「・・・」


命の価値に差はないと誠二は言っているのだ。 ちっぽけな自分と大きな誠二。 それ以上に大好きだった人が亡くなってしまうのだとしたら、それは耐えられない。 

それでも少しばかりホッとしている自分もいた。


それ以降は穏やかな時間を過ごした。 他愛ないことをたくさん話せて楽しかった。 だが途中から記憶がない。 どうやら眠ってしまったようだ。

リリーが起きたのは、どこかに移動されているのか身体が大きく揺れた時だった。


「ん・・・」

「あ、起きた?」


見ると外の景色が広がっていた。 今は誠二の手の平の上にいる。


「もう雨も風もおさまった。 暗くなる前に、自分の居場所へ戻った方がいい」


本当は誠二ともっと一緒にいたい。 だけどそれは叶わないのだ。 自分はここにいるべき存在ではない。 自分の我儘で誠二を困らせてしまうだけだった。 それでも、自分の心に嘘をつくことは難しい。


「あの、また会いに来てもいい?」

「もちろんさ。 でもなるべく人に会わないよう、こっそりね」


何だか二人だけの秘密みたいで楽しくて、心の中が温かくなるのを感じていた。


「あ、そう言えば、君の名前を聞いてもいいかな?」

「うん。 私の名前はリリー」

「リリーか。 いい名前だね」


結局台風は大したこともなく、雨が止み風もなくなってしまえば簡単に帰ることができる。 弟にはもう捕まえないように言い聞かせてくれるということで、無事家まで辿り着くことができた。 


―――今日は楽しかった。

―――・・・またいつか、話せるといいな。


だが当然リリーがいなくなっていたことは、皆に知れ渡っている。


「みんなぁ、ただいまぁー!」

「「「リリー!?」」」


それにどうやら虫取り網で捕らえられたところを目撃した妖精もいるようだ。


「えぇ? みんな、どうしてそんなに驚いているの?」

「アンタ、本当にリリーだよね?」

「当たり前じゃん、ラン。 もう私のこと忘れちゃったの?」

「いや、確かにリリーは人間に捕まった。 自力で戻ってきたというのか?」


レオのその問いかけに思い出したように言う。


「あぁ、そうだった! あのね、みんなに話したいことがあるの」


リリーは何故人と目が合うと妖精が消えるのか、ということを仲間に話した。 

それは人間と目が合うことが、絶対的に危険な行為ではないということを伝えたかったのだが、皆にはそうは伝わらなかったようだ。 驚き、そして恐怖に震える者もいた。


「そういうことだったの・・・。 人間が、妖精を食べるから・・・」

「やっぱり人間は怖くて恐ろしい生き物なんだな」

「違うよぉ! 誠二さんは怖くないもん! その証拠に私は今、ここにいる!」

「確かにリリーは戻ってきたけど・・・。 でもそれは奇跡中の奇跡だよ。 普通は有り得ない。 身体が丈夫な人でも危ういのに、身体が弱い人のところへ行くなんて」

「だから、誠二さんは大丈夫なのぉ・・・」


ランはそれでもリリーが戻ってきたことを素直に喜んでいた。


「まぁいいわ。 リリーが無事に戻ってきただけよしとする。 でも分かっているよね? もう誠二さんに会いに行っちゃ駄目だからね?」

「え、駄目なの!?」

「当たり前。 信用していないわけではないけど、いつ誠二さんがリリーを食べるのか分からない。 誠二さんが食べなくても、会いに行っている間に他の人間に見つかったら大変だから」

「・・・」

「お願いだからリリー、大人しくしていて。 これ以上仲間を失いたくないの。 私たちの気持ちも分かって」

「・・・分かったよ」


リリーの渋々といった様子だが返事を聞くと、ランは食事の支度をしに行く。 入れ違いでレオがやってきた。


「あぁ見えてラン、リリーのことを一番心配していたから。 そこは分かってやって」

「うん、知ってる」

「怒っているように見えるけど、リリーが無事に帰ってきてくれて凄く安心しているんだよ」

「うん・・・」

「ほら、食事の時間だ。 今日はリリーが戻ってきた祝いとして、パーっと楽しもう」


―――・・・そうだよね。

―――人間と妖精では住む世界がまるで違う。

―――だから、仕方のないことだよね・・・。


小さな冒険はあっという間に終わったが、知らなかった真実を知りリリーは充実した時間を過ごせたと思った。 窓から見える誠二は、相変わらずもくもくと勉強をしていた。 

だがどことなくその表情が明るく見えるのが嬉しかった。



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