ふんわり妖精と病気の彼②
少年は二階へと上がり、ある部屋の前まで行くと、そのままノックもせず勝手に入っていった。
「お兄ちゃん! 見て見て! 面白いものを取った!」
視界が高くなる。 リリーはまだ俯いているが、虫かごごと掲げられているのだと分かった。
「嵐の中、外へ行くなって。 危ないから。 ・・・って、それ妖精じゃん!」
その声を聞きリリーは息を呑む。 誠二を常に近くで見ていたし、声にも聞き覚えがあったからだ。
「ねぇお兄ちゃん! これで遊んでもいい?」
少年が嬉しそうに跳ね回ると、虫かごが激しく揺れた。 リリーは調達へ行くことが少ないため運動能力は低い。 何度目かにもなる激しい揺れに胃の中が爆発してしまいそうだった。
「駄目に決まっているだろ! 遊んでいいのは昆虫だけ、妖精は駄目だ! ほら、あっちへ行っていろ。 それは俺が預かっておく」
「えー」
「あとで一緒に遊んでやるから、部屋で大人しく待っていろ」
「はーい」
少年は不満気だったが、素直に部屋から出て行った。 となると、今リリーが思うのはただ一つ。
―――誠二さんと、二人きり・・・!?
気持ちが舞い上がっても顔は断固として上げない。 寧ろ目を瞑っているくらいだ。 すると頭上から声がかかる。
「妖精って初めて見た。 本当にいるんだな。 怖かったろう? ごめんな、今すぐに出してやるから」
窓の方へ足を進め、そのまま窓を開け虫かごも開けた。
―ビュッ。
その瞬間、突風が部屋に入り込んでくる。 それに驚き誠二は慌てて窓を閉めた。
「こんな荒れている外には、流石に返せないな・・・。 ごめん、あとでちゃんと返すから今はここで大人しくしてて。 大丈夫、君が怖がることは何もしないから」
そう言って虫かごごと机の上に置かれる。 すぐ目の前に誠二が座った。 リリーの心臓は鳴り止まない。
「俺の声って、聞こえているのかな。 ねぇ、よかったら俺と話さない?」
「・・・」
本当は話してみたくてたまらなかったが、消えてしまうのは嫌だった。 ずっと好きだった相手が目の前にいるというのに、見ることもできない。 今の状況をどう思えばいいのか分からなかった。
誠二はリリーが一切の反応を見せないため椅子に座ると細く呟いた。
「やっぱり駄目か。 ・・・そう言えば、身体の弱い人の前に妖精が現れるって本当だったんだな」
「・・・え?」
その言葉に思わず顔を上げてしまった。 思ってもみなかった言葉に反射的に、だ。 だがそれは自分の意図しないことであり、目の前に誠二がいたことをすっかり忘れてしまっていた。
つまり彼とバッチリ目が合っている。
「あの・・・」
リリーの身体に何か異常が起きたということはない。 ただ消えるという事実が、自身が存在していられる時間が短いのだと悟らせた。 もう取り返しのつかない事態に頭の中がぐらぐらと揺れる。
「驚いた。 本当に言葉喋れるんだ?」
もう今更取り繕っても仕方がない。 そう考えたリリーは、誠二と言葉を交わしてみることに決めた。 どうせ終わる命なら最後は自分の望むことをしたい。
誠二は虫かごから出してくれ、そのまま机の上に座ることになった。
「あの、誠二さんは身体のどこか悪いの・・・?」
その質問に誠二はまたもや驚いた顔をする。
「え、どうして俺の名前を知っているの?」
「あ!」
慌てて口を押えるももう遅かった。 どうやって説明しようかと考えていると誠二は小さく笑う。
「まぁ、そんなことはどうでもいいか。 妖精は特別な感じがするからね。 俺たちのこと、知っていてもおかしくはない」
続けて自分の状態を教えてくれた。
「俺、心臓が弱いんだ。 だからいつも学校から帰った後は、そのまま家に帰って読書や勉強、ゲームとかをしている。 激しい運動はできないから」
いつも机の前の椅子に座っている理由が分かった。 だけど本当に聞きたいのはそこではない。 確かに誠二の身体の事情も心配だったが、一番気になったことは他にあった。
「・・・どうして、身体の弱い人の前に妖精が現れるって、分かるの?」
「ん? あぁ、人間の間ではそう噂されているんだよ。 “妖精を食べると身体の悪いところがなくなる”って。 だから、妖精を見つけたら『食べろ』って言われている」
「ッ・・・」
「あぁ、怖がらないで。 俺は君を食べたりはしない。 安心して」
怖がっているわけではなかった。 寧ろ誠二に食べられ身体がよくなるのなら本望だ。 だがそれ以上にリリーは真実を理解していた。
―――人間と目が合ったら消えるって、そういうことだったの・・・?
―――人間に、妖精が食べられちゃうから・・・。
「誠二さんは、怖くないの? 身体が弱いこと」
「もちろん怖いよ。 いつ、何が起こるのか分からないし」
「だったら・・・」
リリーはゆっくりと立ち上がり誠二のことを見上げてハッキリと言う。
「私を食べてください」
誠二が幸せに生きてくれることが、リリーにとって一番の幸せだったのだ。
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