第4話


 その後、クラフォスは皆に振る舞われる事となった。


 城の中庭から広がる香ばしさの混じるかぐわしい香りにつられ、城中の人々が集まってきた。


「おーおー、なんか外が騒がしい思とったけどよく考えたらお前らまた他国と喧嘩しとったゆーとったな。で、原因は何や」


「そんなもの我らが知りたい。相手は意志疎通の出来ぬ野蛮で凶暴なゴブリン帝国だ。奴らの侵略に理由などない」


「はーん。そんで諦めて最後にクラフトボス飲みたなったいうことか。可愛いとこあるやないけ。でも原因がわかってない言うならまだ諦めるんは早いんちゃうか」


「もう既に防戦一方だ。貴重な弓矢は本国に接収され、この城に残された武具は数えるほど。もはや我々には耐える事しか出来ないのだ」


「あほか、そもそも喧嘩すんのに理由が無いわけないやろ。それにどつきあいだけが喧嘩終わらせる方法ちゃうぞ。せや、もうお前ら諦めたんやったらワシ外行ってくるわ。とりあえず腹わって話したらあちらさんも分かってくれるやろ。何事も挑戦じゃ」


「おい、そんな無茶を……」


 止めようとしたミランダをそっと軍師レガリスが諫める。


「良い、もはやこの城も落ちるのだ。ワシは最後にこのクラフォスを味わえて人生に満足しておる……最後はあの男に賭けてみても……」


「開門!かいもんー!」


 号令と共に開かれたそこにいたのは屈強なゴブリン帝国の兵士達。


 いや……


「ね……」


 それはもふもふとした……


「猫ちゃんやないかー!」


 嬉々として叫びながら相手に突撃するサントリウス。勇敢なその姿に皆が打ち震え、続こうとした。


 だがどういう訳かゴブリン達はサントリウスに触れると悶絶してその場にうずくまっていく。

 皆は言葉の通じないゴブリンであってもその表情が明らかに満たされ、癒されたものだと理解した。


「こ、これは一体……」


 驚いた兵士たちがにゃんごにゃんごうねうね喜び地面で転げまわるゴブリンの隙間を縫いサントリウスの元に近づいていった。


「おお、お前らか。ねこちゃんはな、首の下を撫でたら大人しなるんや。多分それがかけへんからむずむずして暴れとったんやろな。それにもしかしたら焙煎したマズマーメからマタタビみたいな効果があるんかもしれん。っていうか、ゴブリンて猫ちゃんの事やったんか。なー猫ちゃんこれ好きやろ?」


「にゃんご(肯定)」


 サントリウス卿に首筋をこちょこちょと撫でられたゴブリンは嬉しそうに鳴き声を上げた。


「ほらほらここも好きやろ?」


「にゃんご(肯定)」


「ほならワシの事も好きやろ?」


「…………」


「猫……? た、たしかにゴブリンはヤマネッコとちょっとだけ似ているが……いやでも二足歩行だぞ!?」


「お前ら猫ちゃんとどつきあいした事あるんけ?」


「いや……そういえば今まで牽制ばかりでまともに相対したことは無かった……」


「ほらな、思いこみっちゅーもんやで! 言葉が通じんなら相手が何でそんなことしとるか考えるんや。そんで、相手が喜ぶことを考える! それがワシ流『慮り』の精神や! 生きてるもんが皆気持ち良く過ごせるんが一番ええことなんやからな! 喧嘩はな、なかよーなるためにするもんじゃ! そんなもん相手傷つけるために本気でやるもんちゃうで!」


「な、なんですか貴方らしくもない……」


「うるさいのー! ってあー、せや! せっかくやしひとつ試してみたい事が――」


「サントリウス卿、それは一体――」


「は? そら新型クラフォスの原料の候補が増えたって事やんけ――」


「わあああああ! サントリウス卿その話もう絶対禁止!」


 ミランダは光の速度でサントリウスの口を塞いだ。


 もしもこの事実が露呈すれば先ほどまで泣いて喜んでいた兵士が怒り狂いせっかく訪れた平和もぶち壊しになる可能性が高い。


 ミランダはこの秘密を墓まで持っていく事を決意した。



「なんや異世界人ちゅうのは狭量なこっちゃな」





――かつてこの世界が危機に貧した際、異世界より偉大なる幻獣サントリウスが召喚されたという。


 ゴブリン帝国と同盟を組み、より良質な原料を手にした彼は癒やしの水クラフォスを完成させ、その量産化に成功。


 世界を平和に導き、更には莫大な富を築いたのだと言い伝えられている。


――だがその最初期の原料は歴史の闇に飲まれ一切記録には残っていない――。



 完

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サントリウスの戦い 猫文字 隼人 @neko_atlachnacha

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