第4話 さよならとただいま



 工業都市廃墟。

 崩れかけた高層ビルが多く、隠蔽や死角にもなるその地区は実力の低い新人ハンターはまず近づかない。

 それでも今回は質より量で敵を追い抜くことが優先され、新人から古株まで数多のハンターが駆り出されていた。


「ハンターがこれだけ集まるのは初めてね……」


 エイミは感嘆を込めて言った。

 足の踏み場がないほど同業者たちが一か所に集結している。ただし、一歩間違えると烏合の衆になるとも彼女は思った。

 情報を常に共有し、集団行動の天才である合成兵士部隊とは逆に個人の技量と意思で立ち回るのが彼女たちハンターの流儀だ。アルドたちの時代で騎士団が使うような集団戦法は著しく衰退していた。


「もしもし。聞こえるかね」


 エイミの情報端末機に通信が入った。


「え?誰、この通信?」

「私はエルジオンの司政官だ。セバスちゃんから君たちの作戦参加を強く推奨されてこうして連絡を取った次第だ」

「うわっ、こっちもあの司政官なのね」

「あの人とそっくりの声だな」

「きっと顔色と目つきが悪いのも同じよ。見る気はないけど」

「全て聞こえているのだが?まあ、いい。君たちが誇大妄想を抱える病人なのか、本当に別世界の人間なのかは私にはわからない。だが、我々にも敵にもイレギュラーで危険な存在なのは確かだ。その危険性に賭けてみろとセバスちゃんから言われてる」

「一応は信用してくれるってことね。ありがと。それで作戦は本当にあれでいいの?」


 エイミは不満そうに言った。

 リィカたちから聞いた反攻作戦は極めて単純だ。

 廃墟の中には敵部隊を統率するガリアードという個体がいる。

 その首魁であるガリアードを物量に物を言わせて滅ぼす。それだけだ。


「ガリアードがこの世界にもいるのはちょっと驚いたわね……」

「リィカもいるんだからおかしくはないだろ?」

「まあね……」


 エイミとアルドは複雑な顔をした。


「君たちの世界にもガリアードがいたのか?信じがたい話だが」

「いろいろと因縁のある相手よ。廃墟の中にガリアードがいるって情報は信用していいの?偽装の可能性は?罠じゃないの?」


 エイミは当たり前の懸念を確認した。


「まずない。奴自身が生体信号をわざと発信し、映像でも視認できるようにして我々を誘っているんだ。餌が本物でなければ我々は食いつかないからな」

「罠と知ってて物量で圧し潰すわけね」

「ああ」


 アルドたちは目配せしてお互いに頷いた。

 この戦闘に参加するのは十分すぎる別世界への干渉だ。しかし合成鬼竜と合流できなければアルドたちは永遠にここで暮らすしかない。それは元の世界を見捨てるのに等しく、誰も許容できなかった。

 

「結局、私たちも自分の都合と願望で他人を振り回しているんでしょうね……」

「ああ。せめて介入が最小限になるよう努力しないと……」

「お二人とも。あまり自分を卑下するのはよくないでござる」

「正義と悪の二元論は高度な思考ではアリマセンヨ」

「あれ?ところでもう1人のリィカは?」

「別行動デス。彼女ニハ彼女の所属する部隊がアリマスノデ」

「そうか……」

「君たちは合成鬼竜とやらに接触するのだろう?それを復帰させたらすぐに元の世界に帰るのか?」


 司政官は半信半疑という感じで聞いた。

 アルドは申し訳なさそうな顔をする。


「そのつもりだよ。悪いけど、ここは俺たちの世界じゃないからな」

「できれば敵の殲滅に力を貸してほしいのだが……」


 その声にはすがりたい気持ちが混ざっていた。

 人類はかなりの劣勢だから無理もない。


「それはできないんだ」

「ごめんなさいね。でも、この世界の未来はこの世界の人が守るべきよ」

「そうでござる」

「ワタシたちは神や救世主にはナレマセン」

「……そうだな。うむ、理解してるとも」


 司政官は自分に言い聞かせるように言った。

 全員がそれぞれの考えと覚悟を抱きながらハンターたちは行動を開始した。

 廃墟内を進むとすぐに合成兵士たちの迎撃が始まり、爆音と振動が休みなく聞こえるようになった。アルドたちは他のハンターたちに支援や誘導を受けながら廃墟の中を走り抜けてゆく。


「まだ着かないのか、エイミ?」

「もうすぐよ。反応はあと100メートル先……そこを曲がるわ!」

「この先に…おおっ!いたでござる!」

「合成鬼竜さんデス!」


 瓦礫の山を曲がった先でアルドたちは損傷を受けた合成鬼竜を発見した。

 何と戦ったのか、装甲のあちこちは焼き焦げて穴が開き、砲台のいくつかが粉砕されていた。


「おい、合成鬼竜!生きてるか!?」

「しっかりして!」

「何があったのでござろう?」

「コレホドの損傷を与えるトハ。合成兵士には不可能デス」


 全員が自我を持つ戦艦に駆け寄り、アルドたちは話しかけ、リィカは用意していた半有機生命体への治療を始める。5分ほどすると合成鬼竜の目が僅かに開いて金属をこすり合わせるような呻き声が聞こえた。


「ぐ……うう……」

「おっ!良かった!生きてるんだな!」

「あなたもこの世界に飛ばされんでしょ。何が起きたの?」

「何……が……?」

「治療に時間が必要デス。皆サンは周囲の警戒をお願いシマス」


 リィカがそう言うと合成鬼竜の全身に起動音や光の点滅が生まれた。

 見た目の損傷こそ直っていないが彼の体は急速に回復しているらしい。全員がひとまず安堵し、敵の襲撃を警戒しながら周囲を見回った。

 アルドはある場所で足を止める。


「どうしたの、アルド?」

「この瓦礫、何か埋まってるみたいだなって……」


 アルドは合成鬼竜の近くにある瓦礫の山を見て言った。

 高く積まれた高層ビルの残骸はそこに何かが突っ込んで建物が倒壊したようにも見える。彼がなんとなくその瓦礫の一部を動かすと見慣れた砲台が現れた。


「これ、合成鬼竜の砲台だよな?」

「そうね。あっちから吹き飛んでここに……あれ?でも、数は揃ってるわよね?」


 二人は治療中の合成鬼竜の砲台を数え、数が多い事に気づいた。

 お互いの顔を見合わせるとさらに瓦礫を除去してゆく。大きなブロックをエイミの拳が叩き割ると合成鬼竜の顔が現れた。


「きゃあっ!」

「なんでこっちにも合成鬼竜が!?」

「アル……ド……」


 もう1体現れた合成鬼竜は奇跡的に意識を保っていた。

 合成音がゆっくりと彼らに語り掛ける。


「奴を……治療……ル……ナ……」

「お前は誰だ?」

「待って。これってリィカと同じじゃないの?」


 2人はこの世界と自分たちの世界、2つのリィカを思い出した。

 この場所で激しい戦闘を行い、合成鬼竜は深手を負った。すぐ傍には同じ状態の合成鬼竜がいる。アルドとエイミが相打ちという言葉を連想するのはすぐだった。


「リィカ、治療は待て!」

「もしかしてそっちは……」


 エイミが考えたことを口に出す前に治療を受けていた合成鬼竜は復活した。瓦礫を吹き飛ばし、甲高い笑い声が響く。


「はははは!治療には感謝するぞ!」

「あなたはどっちなの!?」


 エイミは答えが薄々わかっていたが質問した。


「お前たちを次元の彼方から引き寄せた方だ」

「どういうことでござるか?」

「俺たちが助けたのはこっちの世界の合成鬼竜だったんだよ!」


 アルドはサイラスの疑問に剣を構えながら答えた。

 この世界に飛ばされた合成鬼竜はすぐにこちら側の同一体と出会った。しかも相手は悪意を持って彼らをこの世界に呼び寄せた張本人で、すぐに合成鬼竜を処分しようとしたが相打ちになって両者とも瓦礫の中に沈んだ。

 アルドたちが見つけて治療したのは運悪く敵の合成鬼竜だったらしい。


「どうせ1度は倒してるんだし、今度も倒してやるわよ!」


 エイミは硬化金属の籠手をガツンと打ち合わせて言った。

 アルドとサイラス、そしてリィカもそれぞれの戦闘体勢をとったが、それに対して敵の合成鬼竜は小さく笑った。


「その戦闘データはそいつから収集済みだ。お前たちは物理的干渉より精神干渉で戦う方がよさそうだな」

「何を言って……」


 アルドがそう言いかけたのをエイミは確かに聞いた。

 しかし、その直後に彼女の視界は真っ白になり、虚空の彼方に吸い込まれた。


「エイミ、起きなさい」

「……え?」

「早く起きて。朝ご飯を食べたら学校に行くんでしょう」

「……母さん?」


 エイミはベッドから身を起こした。

 何か夢を見ていた気がするが思い出せない。


「ほら、早く起きて」

「えっと……あ、そうだ!私、学生だったんだ!」


 彼女はあわてて着替え、父と母と朝食をとり始めた。

 その後はIDAスクールで勉強に勤しむ。成績優秀で友人も多く、理想的な学校生活を送る彼女は下校時刻になるとアーケードで買い物を楽しみ、夕方になると帰宅して両親と夕食をとった。

 平和な日は次の日も続いた。その次の日も。その次の日も。

 何かがおかしいと思いながら幸せな日々を過ごした。


「エイミ、将来なりたい職業はもう決めたの?」


 母がにこにこしながら聞いた。

 彼女はなんとなく惹かれている職業を言ってみた。


「うーん、お父さんがウェポンショップをやってるからハンターなんてやってみようかな」

「まあ、そんな危ない仕事はやめておきなさい」

「え?」

「そうだぞ、エイミ」


 父も笑顔で反対した。


「そんな事をしても誰も褒めてくれないぞ」

「都市の中で安全な仕事をしなさい」

「父さん……母さん……あれ……?」

「こんなに幸せな生活を失ってもいいの?」

「お前がずっと欲しかったものだろう?」


 両親は微笑みながら彼女を止めようとする。

 どうしてこんなに胸がざわつくのかエイミにはわからなかった。

 ただ、両親の顔が作り物のようにしか見えない。


「私、ハンターにならないといけない気がするの……」

「そんな事をしても何もならないわよ」

「辛いだけじゃないか」

「違うわ……ハンターは……皆の命を守る……皆の未来を作るの……」

「あなたの未来は誰が守ってくれるの?」

「私達を置いて出ていってしまうのか?」

「違う……違うわ!」


 彼女は椅子から立ち上がって叫んだ。

 何がおかしいのかがわかった。今、ここにあるすべてだ。


「こんなもの、ただの夢よ!」

「夢のどこが悪いの?」

「幸せになりたくないか?」

「ええ!幸せになりたいわ!」


 彼女は全身を斬られるような苦しみを感じながら言った。


「こんな幸せが欲しかった!」


 父と母が揃って帰りを待つ家が欲しかった。

 手に入らなかった。

 反抗期に母と喧嘩をしたかった。

 1度も出来なかった。

 誕生日に贈物をしたかった。

 もう何が欲しいか聞けなくなった。

 いくら願っても幸せな未来にならなかった。

 ならなかった。

 ならなかった。

 ならなかった。

 だから自分の手で幸せな未来を作ろうと決めた。


「こんな夢、いらないわ!」

「ぐおおおっ!」


 合成鬼竜の苦痛に満ちた声が聞こえ、彼女の視界から幸せな嘘が消えた。

 目の前には合成鬼竜を魔剣で斬りつけたアルドがいた。

 サイラスとリィカが彼女を庇う位置で立っている。


「おお!エイミ殿!起きたでござるか!?」

「戦闘は可能デスカ!?」

「私、何が起きてたの?」


 彼女は仲間が戦ってる間に自分だけ寝ていたことを理解した。


「お前も変な夢を見たんだろ!」

「この合成鬼竜の攻撃でござるよ!リィカ殿が破ってくれたでござる!」

「指向性の電磁波を検知シマシタ!精神干渉を受けたと推測シマス!」

「精神干渉?」

「くうっ……ただの汎用アンドロイドと侮ったか……」


 合成鬼竜は忌々しそうに言った。

 彼らが知る合成鬼竜と声も姿も同じだが、中身はまるで違う。

 そしてエイミは自分たちが乗っている敵の合成鬼竜がエルジオンから飛び上がって高く浮遊しているのに気づいた。


「こいつ、私たちの知ってる合成鬼竜とは全然性格が違うわね!」


 彼女はすぐに戦闘に参加しながら言った。

 彼女が眠っている間に戦艦の中にはドローンや合成兵士が侵入したらしく、そちらとも戦わなければならない。


「ははは!私はあの軟弱な小物とは違う!」

「私達の仲間を馬鹿にするんじゃないわよ!」

「そうだ!あいつは良い奴なんだぞ!」

「お主も変わったらどうでござるか!?」

「投降をお勧めシマスヨ!アナタはモウスグ敗北シマスカラ!」

「馬鹿馬鹿しい!」

「いいや、馬鹿はお前だ!」


 もう1体の合成鬼竜の声がした。

 どこから?真下からだ。

 半壊していたはずの合成鬼竜は誰かの治療を受け、アルド達の方へ高速で向かってくる。


「馬鹿な!!」

「こちらへ来て早々によくも不意打ちしてくれたな!」

「迅速な治療に感謝シマス」

「イイエ、こちらコソ」


 もう1人のリィカが通信してきた。

 彼らが戦っている間にリィカはこちらの世界のリィカに応援を頼み、味方の合成鬼竜を治療させていたのだ。

 怪我を押して砲撃を開始した合成鬼竜とアルドたちの攻撃で敵の合成鬼竜は再び損傷を増やしてゆく。


「ねえ!最後に聞かせて!あなたの目的は何?私たちを呼び込んでどうする気だったの?」

「どうする気か?次元の狭間からお前たちが見て面白そうだから呼んだだけだ!こことは少し違う世界らしいが、ただの余興にすぎん!」

「余興ですって……」


 エイミの目に憤怒の火が燃え上がった。

 その足が踏みつけた甲板が陥没する。


「人の人生をなんだと思ってるのよ!!」

「知るか!」

「いつまでも俺の姿で悪役ぶるな!三下の戦艦め!」


 合成鬼竜がこの世界の同一存在に向けて接近し、2つの艦体が衝突した。巨大な質量がぶつかる衝撃でアルドたちの体が飛び上がる。それだけでなく強瀬氏鬼竜はゼロ距離から砲撃を始めた。


「ぐおおおおおっ!」

「ちょっと待て!合成鬼竜!俺たちも乗ってるんだぞ!」

「そこから飛び乗ればよかろう!早くしろ!」


 合成鬼竜はそう言いながら砲撃を続けた。


「皆サン!早急な脱出を奨励シマス!」

「戦艦同士の戦いはさすがに拙者たちも出る幕なしでござる!」

「アルド!その魔剣で援護してあげたら!?」

「無理を言うな!」


 4人は味方の合成鬼竜に飛び乗った。

 その直後、彼らの時空漂流を生み出した元凶は煙に包まれながら汚染された大地に向かって落下し始めた。完全な機能停止、あるいは半有機生物としての死を迎えたのかはわからない。

 この世界の人間たちと再び戦いを繰り広げるのか。それとも錆びた鉄屑として大地に埋もれてゆくのか。それを知るのはこの世界を生きる者たちだけだ。


「結局、俺たちをこの世界に連れてきた犯人は別の合成鬼竜だったのか」

「ふん!あんなものを私と同じ名前で呼ぶな!」

「でも他に呼びようがないでしょう?」

「悪の合成鬼竜はどうでござるか?」

「合成鬼竜の名を外せ!」

「合成鬼竜マーク2はどうデショウカ?」

「さらに強そうじゃないか!却下だ!」

「まあ、それは置いといて……むこうも終わったな」


 アルドは工業都市廃墟の戦闘が終了しつつあるのが見えた。

 この世界のガリアードがどうなったのかはわからない。


「ちょっと気になるけど、帰った方がいいよな?」


 アルドが全員を見ると異議は出なかった。

 この世界の合成兵士と人類の戦いにかなり干渉してしまったが、これ以上は付き合えない。彼らが最後のあいさつにエルジオン上空を飛行すると空中の戦いを見ていた大勢の人々が手を振っていた。


「お前ら、よくやってくれた!」


 ザオルが太い腕をブンブンと振っている。


「あーあ!こっちに落としてくれたら研究できたのに!いえ、地上に落ちたのを回収すれば……」


 セバスが名残惜しそうに、そして物欲しそうに合成鬼竜を見ている。


「皆サン、アリガトウゴザイマス!」


 この世界のリィカが金属製のおさげをくるくると回している。司政官もひょっとしたらどこかで手を振っているのかもしれないが、人が多すぎてどこにいるかもわからなかった。

 エルジオンの誰もかれもが彼らに感謝を示していた。これが人類の勝利を決定づけたかはまだかわらない。それでも戦場と化したエルジオンで暗くなっていた彼らの目は未来を向き始めていた。


「結局、彼らにものすごく加勢しちゃったな」

「元はと言えばこの世界の敵が私たちを招いたのがきっかけでござる」

「大きな皮肉デスネ」

「ええ。これでよかったと思いましょう。大勢が助かったし…………あ……」


 エイミはエルジオンから手を振る人々の中にある顔を見つけた。

 彼女の唇が震え、目からぽろぽろと涙をこぼし始めた。


「エイミ?」


 アルドはその様子に不安になったが彼女が誰を見ているかに気づいてすぐにエイミの方を見ないようにした。

 エイミが見つめる先には中年の女性がいた。それはエイミがいくらか歳を取り、年頃の娘を持った頃はこんな風になるのではないかという美しい女性だった。


「さよなら……元気でね……」


 嗚咽の混じった声を聞かないようにアルドたちはその場から離れた。

 合成鬼竜は時空の狭間に穴を開け、本来あるべき世界へ旅立ってゆく。

 光の粒子と共に戦艦が消えた後、この世界のどんな時代にもエイミたちは存在しなくなった。しかし美しいハンターたちの伝説はこの日からいつまでも残った。




 エイミは合成鬼竜の艦橋にいた。

 そこから帰還したエルジオンを眺めている。その都市には父やセバスや同僚たちが住んでおり、そして母親はどこにもいない。


「ただいま、父さん」


 小さくつぶやいた彼女が振り返るとアルドが立っていた。話しかけようか迷ってるのが表情でよくわかり、彼女は苦笑した。

 

「なによ。私がむこうの世界に行って母さんと暮らしたいとか言い出すと思った?」

「いや、そうじゃないけどさ……」

「ここが私の世界。わかってるわよ」

「そうか……もしも辛くなったら言ってくれないか?俺じゃ頼りないだろうけど、力になるよ」

「頼りないわけ……」

「え?」

「ううん。ありがと」


 彼女はお礼を言って合成鬼竜から出ようとする。

 その時、セバスから通信が入った。


「あ、もしもし。エイミ、今から暇?」

「急にどうしたの、セバスちゃん」

「うちのラボを修理するのに部品が必要なの。パーツショップに注文出してるからうちに寄るなら途中で受け取ってもらえる?」

「いいわよ。でも修理なんて珍しいわね?」

「それがねー、水道管の出力をいじったらシャワー室の所が破裂しちゃった。壁に穴が開いてえらいことになってるの」

「うわーっ。それは災難ね」


 お風呂に入れないと大変だからと彼女はすぐに部品を持っていくと約束した。

 通信を切るとアルドが怪訝な顔をしていた。


「どうしたの?」

「いや、シャワー室って聞いて何かを思い出しそうなんだ……」

「何を……え?」

「壁に穴……そうだ。誰かが壁に穴を開けて……うわっ!」


 突然、エイミは彼の襟首をつかんで壁にドンと押し付けた。

 息がかかるほど顔を近づけた彼女は必死の形相でこう言った。


「そんな事はどうでもいいでしょう!」

「いきなりどうしたんだよ?」

「私の前でシャワーとかの話をしないで!二度としないで!わかった!?」

「な、なんで?」

「わかったの!?」

「は、はい……」


 アルドは何が逆鱗に触れたのかわからず、生存本能に従った。

 その後、アルド経由でその話を聞いたセバスはエイミから事情を強引に聞き出し、お腹を抱えて笑っていた。

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エイミの時空漂流記 M.M.M @MHK

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