第8話

「急にすみません。寒そうだなって思って。」


 ミルクティーを渡してくれたのは、私とそれほど年齢は変わらなそうな若い男の人だった。人当たりの良さそうな、少し下がった優しい目元が印象的だった。


 ちょうど帰ろうと思っていた、とは言えなかった。


「ずっとここに座っていましたよね。」


「見ていたんですか。」


「見ていた、というか...。ここに来た時にたまたま見かけて。帰る時もまだいたから。

 気持ち悪いですよね...。」


 ごめんなさい、と彼は言った。謝ることなんてないのに。ミルクティーの熱が、手の中でじわじわと溶けていくようだった。


「早めに帰ってくださいね。夜は冷えるから。」


 そう言って彼は去っていった。もう少しだけ、ここにいよう。そう思った。



 次の通院日まであと3日。私はその日、ある決心をした。

 

 久しぶりにメイクをし、髪を巻いた。



 久しぶりに潜る大学の門。大丈夫、大丈夫と念じながら、心臓の前で手を力強く握った。


 案外、平気だった。久しぶりに会う友達には、食事会以降ずっと連絡が取れなかったことを心配されたが、体調が悪くて入院していた、と伝えた。

 

 ランチもした。なんだ、平気じゃん、何を怖がっていたんだ。施設なんて入らなくても、私は大丈夫。


 ランチを終えて、友達とカフェを出ようとした。その時、すれ違いで入っていく2人組と目が合った。彼だ。隣にいたのはあの食事会で彼と抱き合っていた女の子だ。


 2人を認識したあとの記憶がない。


 気づいたら、お風呂場にいた。右手にはカッターが握られていた。驚きと恐怖で、カッターを手放した。カランカランと音を立てた。両手は切り傷だらけで真っ赤になっていた。手の甲にも傷がある。手だけではない。身体中のあちこちが痛い。


 逃げるようにお風呂場を出て、スマホを探した。


「はい、椿病院です。」



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ホタル @misakikanzaki

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