第17話故郷での噂

 

「隣国、レアノール王国のオレンジはいかがかな?」

 

 夏宗主との話し合いが終わり、マリエッタと炎輝イェンフイは店の外に出た。ちょうど露天で果物を販売している物売りの声がした。

 隣国レアノール王国は、マリエッタの出身国である。故郷でよく食べた果物に惹かれてマリエッタは露天商に話しかける。

 

「ね、レアノール王国から来たの?」

 

 店の主人は、マリエッタや炎輝イェンフイと同年代だ。レアノール王国の国民の大半が来ている服装をしている。旅の商人のようだ。人懐こそうな顔立ちだ。

 

「そうさ。お客さんは、レアノール王国出身だね?」

 

 マリエッタの容貌は、レアノール王国の特徴がよく出ている。服装は緋国の物でも、レアノール王国出身であるとすぐにわかる。

 

「うん。最近は故郷に帰っていないの」

 

 マリエッタの言葉に、店の主人がマリエッタの隣にいる炎輝イェンフイに視線を向けた。

 

「良い人がいたら帰れないね。王国では殿下の御成婚話で持ちきりだよ」

 

 露店の主人は、マリエッタと炎輝イェンフイが夫婦だと勘違いをした。マリエッタはあえて訂正をしなかった。彼女が気になったのは別のことだ。

 

「殿下? サーシャ殿下のこと? メンショフ公爵様のところに御子息がいらしたでしょう」

 

 マリエッタが国外追放された時、もう一人の従兄弟であるサーシャは婚約はしていたものの結婚はまだ先の予定だった。国外追放の原因となったメンショフ公爵家の一人息子、アレクセイがエレーナとまだ結婚していないことが気になった。


 正式な婚約者である自分を追放してまで手に入れた相手と結婚していないのは、おかしい。

 

「さあ? そこまでお貴族様の考えていることは詳しくはわかりませんで。サーシャ殿下と婚約なされたのは男爵家の娘でエレーナ様とか。玉の輿だっていうんで大盛り上がりです」

 

「エレーナですって」

 

 マリエッタは顔色を変えた。手のひらに嫌な汗をかく。

 店主はそれに気が付かず話を続ける。

 

「なんでも長い間エレーナ様は、サーシャ殿下に片思いをしていてようやく実ったそうです。サーシャ殿下には婚約者がいたようですが、婚約解消してまでエレーナ様をお選びになったそうですよ」

 

「へぇ……他に面白い話はあるかしら?」

 

 マリエッタは言いたいことを飲み込んで、店主に話を促す。

 祖国を追放された時とだいぶ事情が変わっている。

 

「あとは、景気の悪い話ですね。サーシャ殿下の結婚に先立って奸臣を討つとかで、お偉い貴族様が処刑されましたね……えっと名前はなんと言ったか」

 

「奸臣を討つ」

 

 マリエッタは言葉を繰り返した。冷たい汗が手から滲んだ。

 嫌な予感がする。

 

「ドロリナ公爵一家ですね! 悪事を暴いたのもエレーナ様って言うのだから、凄いものです」

 

 思い出した! と顔を輝かせて店主が答える。

 レアノール王国では「聖女の誕生」と民衆がこぞって彼女の噂をしているのだ。

 

 

 

「マリエッタ、マリエッタ! どこへ行く」

 

 店主へのお礼もそこそこに、マリエッタは血相を変えて街から出て行こうとする。その後を炎輝イェンフイがオレンジの入った袋を抱えて追いかける。

 炎輝イェンフイは、手を伸ばしマリエッタの片腕を掴んだ。

 

「マリエッタ!」

 

「離して! 私、行かなきゃ」

 

 炎輝イェンフイの手を振り解こうとするが、しっかりと手首を掴まれて振り解くことができない。

 

「どこへ?」

 

「レアノール王国よ。決まってるでしょ」

 

 マリエッタは、炎輝イェンフイの手を振り解こうと右腕を振るが炎輝イェンフイは逆にマリエッタの手首を引っ張り自分の方へと引き寄せた。

 マリエッタと炎輝イェンフイの視線が交わる。

 

「行ってどうするんだ」

 

「エレーナを殺すわ」


 マリエッタは低く恐ろしく冷たい声で呟いた。


「殺してどうするんだ? 君まで殺される」

 

「命なんか惜しくないわ。あの女、私だけではなく家族も、サーシャも陥れて」

 

 従兄弟のサーシャは、最初に生きた時も、二回目の転生時もマリエッタの噂に動じない数少ない人物だった。

 一回目の時も、二回目の時も自分はさっさと死んでしまっていたが、もし自分が死んだ後に家族も死に、アレクセイを踏み台にしサーシャと結婚していたとしたら。

 

 エレーナを殺すしかない。

 

「落ち着け、マリエッタ。無駄死にするだけだ」


「死なんか怖くないわ」

 

「無駄死には、失敗したから無駄死にと言うんだ! 成功したら本懐を遂げると言うだろ」

 


 

 マリエッタと炎輝イェンフイは、街を見下ろせる丘の草の上に並んで座っていた。どこかの店に入って話すと誰かに聞かれる恐れがあるからだ。

 

「私が罪人であることは?」

 

「知っている。仙洞門に連れてきてすぐ身辺調査をした」

 

「犯罪者だと知っていたの?」

 

「ああ。すぐに冤罪の可能性を考えた」

 

「なぜ?」

 

「婚約者の浮気相手を殺すなら、失敗しない腕前だと思った」

 

 マリエッタは最初からその主張をしていたが、レアノール王国では聞き入れてもらえなかった。少しでもマリエッタと手合わせをすれば、護衛を連れていない貴族令嬢を殺すことなんて他愛もないことだとわかるはずである。

 しかし、エレーナの主張が真実とされた。

 

「ドロリナ公爵令嬢は、その財産で騎士の地位を買ったのです。貴族令嬢が女騎士なんてお飾りに決まっているじゃありませんか!」

 

 炎輝イェンフイは手にした報告書で、エレーナがそのように裁判で主張したとわかっている。マリエッタ不在の裁判である。

 そして、裁判が決着してマリエッタは国外追放となった。エレーナがマリエッタを処刑できなかったことを歯噛みしていた証言も炎輝イェンフイの手にした報告書には書かれていた。

 

「我が緋国の公主の婚約者を知っているか?」

 

 マリエッタは、頷いた。サーシャ殿下は国益のために他国の王女を娶ることになっている。それが、緋国の皇帝の娘であることも。

 

陛下ビーシャーが黙っているとは思えない。それを利用する手があるだろう」

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仙洞門の妖魔退治師-ループ3回目公爵令嬢は隣国の貴公子に執着される- 橘川芙蓉 @fuyo_kikkawa

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