異世界召喚前夜

真偽ゆらり

超文明遺産による異世界召喚実験計画

「いよいよっすね、せんぱ〜い」

「バカ。早くて明日、長いと一週間は掛かる計算だ後輩。それと、主任と呼べといつもいってるだろ」


 身長に行く分やらその他諸々の栄養が胸に行った後輩を指摘しつつ他の部下達に指示を飛ばす。


励起線レイ・ライン術式回路サーキットの接続に不備は無いな?」

「ありません。複数人での確認も済ませました」

「良し。班長のお前が再度、最終確認を済ませろ。それが終わればお前達の班はもうあがっていい」

「了解しました」


動力炉リアクターは正常に稼働中か?」

「三種とも正常です。補助機サブの稼働点検も完了しております」

増幅器ブースターの動作確認は?」

「問題無く稼働しました。」

「良し。励起線への経路パスに淀みが無いか点検したら補助機を待機状態で稼働させておけ。それが終われば、お前達もあがっていいぞ」

「了解です」


「こうやって指示出してるとこ見ると、せんぱいが主任みたいっすね〜」

「みたい、じゃなくて主任だっつてんだろ……」


 助手としての意識の欠ける後輩に呆れつつ、通りかかった部下を呼び止める。


「どうされました、主任?」

「被召喚者対応に関する最終の打ち合わせをしたいから、姫様を呼んできてくれ」

「どちらにお呼びすれば?」

管理室マスタールームだ」


 その後は術式回路となっている巨体建造物の細部を目視で点検していく。


「ここも異常無しっと。しかし後輩、お前助手なのに助手の仕事全然しねぇな」

「あっちも異常無しだったっす。そもそも助手って何やるもんなんすか?」

「はぁ……お前、よくそれでうちに配属されたな。

 一応エリートの集まりなんだぞ、ココ。あれか?

 所長に色目でも使ったか」

「まぁ私もせんぱいと同じ首席だったっすからね。

 それと所長は女っすよ?」

「あぁ……お前は知らんのか」

「え!? な、何がっすか……」

「はは、そんな事より管理室戻るぞ。姫様も来る頃だろうからな」


 助手であり後輩である彼女が清らかな乙女であること、腐ってもいないことに安堵しながら管理室へ移動する。


「あ、こら! 引っ付くな」

「だったら教えて下さいよ〜」

「や、柔らか……じゃなくて。おまっ……この後、姫様と打ち合わせだぞ。前屈みで会って機嫌損ねたらどうすんだ!」

「前……屈み……っ! あ、その……えっと、あのごめんなさいっす……」

「あ、いや……その、俺も引っ付かれるのは別に嫌じゃ無いと言うか嬉しいと言うか時と場所を考えてだな……」

「あ、あああの、この話はもうよしましょう! 

 ほら、早く管理室に入って姫様を待つっす」


 そう言って後輩は鍵の扉を開ける。

 計器類や術式の状態を表示する水晶板モニターが並ぶ管理室に入ると小さな人影が仁王立ちして金髪をなびかせ待っていた。室内なのに。

 後輩と変わらぬ低身長だが、後輩とは決定的に異なる子供料金でも通じる体型の幼……少じ……淑女である姫様だ。


「お主らは相変わらず仲が良いのう。今日もお揃いの眼鏡をしおってからに」

「姫様、ウチは日替わりで眼鏡を変えられる程給料高くありませんよ」

「そうっすよ。姫様の一言で上げらんないっすか」

「無理と分かって聞いとるよなお主……」

「え〜そんなことないっすよ?」

「顔がそう言っておるわ!」


 じゃれあう二人を宥め、ソファに腰かける。


「後輩、渡しておいた書類はどうした? 術式回路の点検する前は手に持ってたよな」

「なんじゃ、落っことしてきたのか? 主のちんまい手には大き過ぎたかの」

「ふ、私には姫様と違ってとっておきの隠し場所があるっす」

「な、ななな——なんじゃとぉ〜!?」


 胸の谷間から取り出される書類を見て姫様は絶叫を上げた。起伏どころかほぼ壁だからな姫様のは。

 ほんのりと温かい書類を手に取る。

 

「お前、紙ぐしゃぐしゃになってんじゃねぇか!

 ん? でも何かいい匂いがするな」

「そうかのぉ〜乳臭いだけではないか?」

「ちょっ! な、何で匂いを嗅いでるんすか!?」


 童顔のドヤ顔にイラっときたので後輩を揶揄い、気が晴れたところで打ち合わせを進める。



「被召喚者への対応は、やはり清楚で大人の女性として接するべきじゃと思うんじゃが。まぁ妾の大人の色気で魅了すると言うのもやぶさかではないぞ」

「せめて上の下着が必要な体型になってから——」


「上もちゃんと着けておるわ! 見よ、この純白の輝きを」

「姫様、崩れる形も無いのに着けてるんっすか」

「いや、だって着けとらんと擦れて変な声がのぉ」

「あ〜確かに着け忘れた日とか擦れて痛かったり、変な声が出そうになるっすね。納得っす」

「あんた仮にも王族でしょう!? はしたないから早くその子供下着をしまえ!」


「なんじゃと!? これ特注品オートクチュールじゃぞ、子供下着と一緒にするでないわ!」

「あ、本当っすね。よく見てください、せんぱい。

 ここに王族御用達店の屋号ロゴが入ってるっす」

「ああもう! 子供体型でも下着姿は童貞の俺には荷が重いんだよ! 終いにゃ、欲情して後輩に襲いかかるぞ、いいのか!」


「何故、そこは妾ではないんじゃ……胸か、胸なんじゃな!?」

「へ、ヘタレなせんぱいがようやくその気に!? 姫様には……見せつければいいか。うん、せんぱい!

 責任とってくれるなら、その……えっと、あの」

「か〜、ここで照れるのかお主。だからお主はいつまで経っても助手なのじゃ。この際、お主から押し倒してしまえ! 妾が見届けてやる」


「止めろよ! 初めてってのはもっとこう……」

「何なら妾も交じっても構わんぞ? 中年変態貴族に降嫁して散らすよりは良い」

「ちょ、姫様まで何言い出すんすか」

「妾もいい年じゃし、結婚とか考えるんじゃが……見合いを申し込んでくるのがのぉ」

「せ、せんぱいの一番は私っすからね」


「だああ、もう! 後輩!」

「は、はいっす」

「この異世界召喚が終わったら伝えたい事がある!

 だから、今は打ち合わせを進めよう」

「せんぱい……」

「なんか無事に終わらん気がしてきたんじゃが……大丈夫かのう」


 仕切り直しの為に珈琲を入れ、打ち合わせを再開する。


「相変わらずここの珈琲は濃いのぉ」

「それより姫様、被召喚者への事情説明等の脚本シナリオは頭に入ってますか?」

「問題無い、この後読んで覚えておくからの」

「……まぁ、いいでしょう。ただ、姫様の年齢設定は十二歳前後です。しっかり演技して下さい」


「……待て! 聞いておらんぞ。実年齢の半分以下ではないか。後でバレでもしたらどうするんじゃ」

「脚本に書いてありますよ? しっかり目を通していれば修正が効いたのに……。それとバレた場合は姫様はそういう種族という事で押し通します」

「混乱しないように年齢を偽ってた事になるっす」

「ぐぬぬ……」


「あ、ところで被召喚者が男性の想定でしか脚本が書いてないっすけど女性だったどうするんすか?」

「姫様の演技で庇護欲やら保護欲を煽る」

「ちょっと待て、妾任せではないか」

「そりゃそうですよ。我々の仕事は召喚するまで」

「で、姫様の仕事は召喚した後っすから」


「ふん、まぁよい。打ち合わせは以上じゃな。妾は帰って……帰ってよいのか? 召喚は今日始まると聞いておるんじゃが」

「始まるのは時軸の同期術式ですよ。いわゆる召喚の下準備です。時軸同期完了後に召喚が始まりますので、姫様は女性用宿直室で待機をお願いします」

「いつまでじゃ」

「早くて明日、長くて一週間らしいっす。宿直室の場所わかるっすか? 案内するっす」


 二人は立ち上がり、扉の方へ歩き出す。


「って、待った。姫様、脚本忘れてます! これ。

 あと後輩、仮眠とったら戻って来いよ」


 姫様が脚本を持って後輩と宿直室へ入ったの確認し、管理室へ戻りソファで横になる。



「せんぱ〜い、そろそろ時間っすよ〜」


 揺さ振られ目を開けると視界に飛び込んで来る、喋る二つの巨峰……いや、西瓜だな。大きさ的に。

 押し上げられた黒い服に緑の髪が垂れて色合いも近い。


「あの、主任がテントを張り始めたので一旦離れた方がよろしいかと」

「テントっすか? っ! これが噂に聞く朝の整理現象……せんぱい、まだ朝じゃないっすよ」

「どんな噂ですか……原因はあなたでしょうに。

 主任、起きて下さい。術式操作者オペレーター班集合完了しております。我ら女性陣に張ったテントを見せつけるのが趣味でないなら早く起床願います」


 班長の声に飛び起き、主任席デスクへ移動して隠す。

 後輩は後ろを着いてきて定位置の右後方へ。

 妙な視線を後ろから感じるが今は無視だ。いや、下半身を少し左に向けて捻っておこう。


「定刻通りの集合だな。優秀の部下達で嬉しいよ。

 だから、その……私にはそんな趣味は無いので、さっきのは忘れてくれると助かる」

「気にしないで下さい主任。私の彼氏のより立派なのをお持ちですよ。自信持って下さい」

「あ、確かに」「良いものを見ましたわ」「うん」「あんなに大きくなるものですの?」「人による」「……ごくり」「テクは無いわよ」「やめとく」

「せんぱいも男の子っすからね。仕方ないっすよ」


「ぬぁあ! もう! お前ら全員、女だろう!?

 もっと慎みを持てんのか」

「主任……主任は女性に幻想を抱き過ぎです。

 そんなだから顔が良くて、高身長で、収入も安定してるのに童貞のままなんですよ。助手さんも大変ですね」

「な、ななな何の事っすか!? わ、私は別にそのえっと……」

「ちょっと班長、二人の事は暖かい目で見守るってこないだ決めたじゃないですか」「そうだったわ」

「でも姫様も主任狙ってるて話よ」「本当なの?」「たぶん」「あれ? だと主任ってロリコン……」「拗らせちゃったのね」「でも助手ちゃんには都合がいいんじゃない?」「それもそうね」「頑張れ」


「好きになった相手が成長止まっただけで、小さいからじゃないわ! むしろバランス良く成長する事を願ってたっての」

「あら〜! 助手ちゃん聞いた?」「しまった!」

「ふぇ!? な、何がっすか。別に私はせんぱいのことがとか、その……なんでもないっす」

「こっちにも原因があるわね」「先は長そうねぇ」「見守ってる場合じゃないかしら」「そうですね」


「ぬぅ、もういい。そろそろ時間だ、始めるぞ」

「各員配置に着くっす」


「配置完了しました」


 自分の目でも全員が操作用の水晶板の前にいる事を確認し、主格制御術式メイン・エンジンを起動する。

 

「せんぱい、全ての副格制御術式サブ・エンジンの同期完了っす」

「良し。動力炉リアクター担当は出力を同調させろ」

「「「了解」」」


「同調出力の安定を確認。準備完了っすよ」

「良し。動力炉から時軸同期術式タイムアベレイターへの経路パスを繋げ!

 増幅器ブースターは稼働させるなよ」


「時軸同期術式への充填開始!」

「充填完了まで、およそ三十秒っす」


「まもなく充填完了します」

「良し——」

「ところでせんぱい、安全装置ヒューズってどこに配置してあるんすか? 図面上に無いんすけど」

「——なんだって?」

「だから安全装置っすよ、安全装置!」

「忘れてた……おい、今すぐ——」


「時軸同期術式、起動しました」


「——止め……起動しちゃったか」

「もう止められないっすね」

「そうだな。おーい、観測に異常ないか?」


 一度起動すると召喚が成功か失敗するまで止める事はできない。古代の超文明遺産オーパーツで解析できたのも一部でしかないが、止められなくはない。死体すら残らない事になるが。


「異常無しで……じ、時軸が同期完了しています」

励起線レイ・ラインの起動を確認……召喚術式回路コール・サーキットへの充填が始まっています」


「お? これならすぐ召喚が始まるっすかね?」

「バカ、異常事態だ。……一応姫様呼んで来い」

「了解っす」


 扉を出て駆けて行く後輩を横目に、水晶板の表示を眺める。数値や計器類に異常は無い。考えられるのは……開始前から既に時軸が同期していた!?

 一体いつから? 計画当初に観測した時、時軸はズレていたはずだ。


「主任! 出力が足りません!」

「っ! 増幅器の増幅比を最大に変更、三種動力炉は補助機を含めて臨界稼働だ」

「だ、大丈夫なんですか?」

「出力不足で失敗するよりは、な」


 水晶板に表示される数値越しに動力炉の挙動を見守り、他に異常がないか探っていると廊下に繋がる扉が開いた。後輩が姫様連れて戻ってきたか。


「おい! なんじゃこの脚本は! これでは十二歳どころか八歳児ではないか! 流石に実年齢の三分の一は厳しいと思うんじゃが!?」

「姫様、今はそれどころじゃないっす!」

「なんじゃ? どうしたんじゃ?」

「既に時軸が同期しており、召喚術式が起動してるんですよ」

「それの何が問題なんじゃ」

「今はそれどころじゃ……」


「主任」

「なんだ」

「出力供給も安定してきましたので、子供姫様の相手をして下さって大丈夫です」


「今、非常に訂正せねばならん事を言われんかったかの? まぁよい。で、何が問題なのじゃ」

「本来時軸は同期していないので、時軸同期が必要となるわけなんですが……」

「長い! 簡潔に申せ。また眠くなるであろう」

「姫様、後輩と一緒に仮眠とってましたね」

「一緒に起きて、その後は脚本を読んでおったぞ」

「呼びに行った時は脚本読んでたっす」

「酷い脚本じゃった。書いたのは誰じゃ」

「所長っす」「あぁ、あの変態か」


「話が逸れそうなんで戻しますよ。簡潔に説明すると、我々の他に召喚を実行した存在がいます」

「待て、この島の遺跡と同じモノは発見されて無いはずじゃろ?」

「発見されていないだけで、存在したようですね」

「帝国か?」

「帝国でなくても、この規模の遺跡を発見して隠蔽するのは困難です。秘匿したまま召喚を実行する事は技術的に不可能なので……」

「ありえない事態が起きてるって事っす」

「この超文明遺産と同じ時代の生きた装置でも存在しない限りは、だけどな」


「そんな事より、せんぱい」

「なんだ、後輩」

「所長って変態だったんすか。女っすよね」

「お前……今、それどころじゃないだろうに」

「考えてもみて下さいよ、せんぱい。私達が必死に解析しても一部しか解明できなかった超文明遺産オーパーツのここと同じ時代の代物が稼働している生きてるかもって事になるんすよ?」


「まぁ、そうなるな」

「なるほど、それは大変じゃな」

「姫様、分かってなかったんですか」

「ん? 超文明がやばいんじゃろ?」

「はぁ……もう、それでいいです。で、後輩。それがどうしたってんだ?」


「私達にできる事って無くないですか?」

「…………」

「…………」

「所長はツルペタのツルかペタのどっちかが有れば男でも女でもイケる変態さんだ。あの人が公衆浴場をよく利用するのはその為だろう。一応本人の了承無く手出しはしないが、何人か新しい扉を開けさせられてるらしい」


「できる事無かったんじゃな……」

「新人の頃にやたら公衆浴場に誘われたっすけど、そういう理由わけだったっすか。所長を見る目が変わりそうっす」

「だから毎回止めてやったんだよ」


「ん? 動力炉を止めれば良いのではないか?」

「一応止められなくはないですが、行き場を失ったエネルギーでこの島ごと吹き飛びますよ?」

「解析した資料によると世界に孔を開けるのに消費されるっす。消費されなければドカンっすね」

「……絶対に止めるでないぞ!」



「主任、充填の完了を確認しました」

召喚術式回路コール・サーキットの様子を壁面水晶スクリーンに映せるか?」

「やってみます」


 そこは召喚術式の立体魔法陣を覆うように円柱状に建造された建物のはずだった。


「なんじゃ……これは……」


 移設した遺跡に刻まれていた術式のみが白い光で描かれている。まるで空間に光で文字を刻んだかの光景が壁一面に映っていた。

 そこにあったはずの建造物は影も形も無く、球体状の立体魔法陣が絶えず形を変え続ける光景に声をあげられる者は……。


「管理棟、離れた所に建てといて良かったっすね」

「……だな」


 後輩は将来、大物になりそうな気がした。


「あの場所では結構な人数が作業しておらんかったかの……大丈夫なのか」

「たぶん飲み過ぎて寝てるか騒いでると思います」

「そうか、眠りながら安ら……なんじゃと?」

「宿舎からこの光景見たら酔いは飛びそうっすね」

「……無事なら、まぁ良いか」


「あ、だいぶ変形が収まってきたっすよ」

「二又の剣……かの?」「三本あるっすね」


 三本の二又の剣が剣先を中心へ向け等間隔で魔法陣の円周に沿って周回している。

 良く見れば術式に書かれていた文字が集まり、剣の形をとっていた。白い光で描かれていたのが紅、蒼、翠と色彩を変えた三色の光剣が動きを止め——


「うゎ、眩し——」


 ——剣と同じ鮮やかな閃光を放ち、魔法陣の中心で光が激突する。


「なんじゃ、何も無い。失敗か?」


 光が収まると、更地になった地面だけが広がっていた……。


「待って下さい、せんぱい。あそこ、光が衝突した場所! なんか歪んでないっすか」

「っ! 何か観測できないか!」


「これは孔? 拳大ほどの孔らしき歪みが観測できます。また、孔の歪みから未知の物質が流れ込んできている反応もあります」


次元緩衝物質ディメンション・マター……存在が証明されたな」

「お、おい! 大丈夫なんじゃろうな」

「理論上は大丈夫っす。孔を塞ぐだけなんで」


「っ! あれを見よ! ええい、下じゃ! 地面を映さんか!」

「これは……影? しかも人型の」


 地面には巨大な人影が投影されていた。


「なんと巨大な……」

「姫様? これ、孔の向こうにいる人の影っすよ。

 等身からみて私達と身長変わらないっす」

「おまけに猫耳付いてないか?」


 地面に映る人影は獣人の女児らしき姿であり、形状からみて服装は身体に張り付くスーツを着ているようだった。


「わーはっはっは、穴を空けてくれて感謝するぞ。

 我の名はマオーウサタン!」


「バカな、魔王じゃと!?」

「え? でも発音おかしくなかったっすか?」

「待て、自己紹介してくれてるみたいだから黙って聞いとけ」


「世界の狭間に閉じ込めてくれた彼奴あやつに報復した後にはなるが、必ず礼はしようと思うておる」


「やばい封印を解いちゃった事になるんすかね」

「だから黙ってろって。何にしろ情報を集めんと、対策のしようがないだろ」


「では、ん? あれ? ふんぐぐぐ……」


 孔から小さな手が出たり引っ込んだり、孔を開けようとしたり、足を出そうとしたりもするが失敗に終わる。


「なんじゃこれは!? 穴が小さ過ぎて出れぬではないか! おい、其方そなたらそこにおるんじゃろ?

 もう少し穴を広げてはくれんかの」


「この人、姫様の親戚とかじゃないっすか? 言動とか口調とかもそっくりっすよ」

「待て。妾以外の王族は皆、標準的な体型じゃ。

 ……自分で言ってて悲しくなってきたの」


「おーい、誰もおらぬのかー?」


「せんぱい、返事しないんすか?」

「伝声用の魔道具、建物ごと蒸発してた……」


「ん? なんじゃ、向こうにもっと大きい穴があるではないか。あちらから出ればよいな。じゃあの」


「行っちゃいましたね、せんぱい」

「……そうだな」


「孔の縮小を確認! ……孔の歪み、完全に塞がります」

「あれ? 召喚反応を三つ観測しました!」


「何!? 何処だ?」


「この座標は……何も無い空域ですね」

「他は?」

「お隣の海と陸です……」

「そうか……」


「主任! 何者かに侵蝕を受けています!」

「総員、防御体勢!」


 近くにいた後輩と姫様を抱き寄せ、二人を庇う様にその場に伏せる。



「…………」



 何も起きなかった。


「主任、メッセージが届いています……」

「待て、そんな機能は無かったはずだぞ」

「ですが……届いているんです」

「まぁいい、読み上げろ」


「『貴殿らの不完全な召喚術式に干渉を受け、召喚位置に誤差が発生した。幸い対象の召喚位置の誤差は許容範囲内であった為、報復措置は取らない。

 尚、陸と海へ召喚された者は想定外に召喚された者である。そちらには関与する気は無い。以上』」


「……助かったって事でいいんすかね」

「みたいじゃのう。召喚は失敗じゃが」


「主任。何も無いはずの空域に召喚者がいる可能性がありますが、どうします?」

「その記録は消去しておけ。我々の手には負えん」


 後処理の指示を出し、壁面水晶に映る跡地を見て溜め息をつく。横には気の抜けた後輩がいる。


「せんぱ〜い、終わったっすね〜」

「なぁ、後輩」

「なんすか〜」

「仕事辞めて、一緒に田舎で暮らさないか?」

「ははは、せんぱい。プロポーズっすか〜、それ」

「そう……だな。後輩、結婚しよう」

「いいっすよ。はは、これで姫様余計に行き遅れになりそうっすね〜」

「ははは、そう言ってやるな」



「って、待てい! お主ら、しれっと結婚するな!

 妾の立場はどうなる!?」


「結婚って誰がっすか?」「お主じゃ」

「誰と?」「此奴こやつじゃ」

「…………え?」「え? ではない!」

「私が、せんぱいと……結婚?」「そうじゃ」


 後輩は湯気が出そうなくらい顔を赤くしていく。


「あ、こら! 逃げるな」

「離して下さい、姫様! 後生ですから」

「なら、此奴は妾が貰うぞ?」


「ちょ! 姫様、目が本気じゃないっすか!?」

「うるさい。妾もいい加減、結婚したいのじゃ!

 此奴の妾を見る目は変態貴族達のそれとも、妾を対象外に見る男達のそれと違ったのじゃ……だから此奴を逃すと一生結婚できん気がしてならん」

「姫様……そこまでせんぱいの事を」

「ちと、語り過ぎたかの」

「せんぱいの一番は私っすからね! それでもいいなら——」

「本当か! それで良い、構わんとも」


「えっと、あの後輩? 姫様? 俺の意見は……」


「なんすか、せんぱい! 姫様の事、嫌いっすか」

「いや、まぁ好き……かな?」

「なら良いではないか!」「そうっすよ!」

「そうじゃ。お主、妾の下着あられもない姿を見ておる。その責任を取れば良い。いや、とれ!」


「分かりました。でも、一つだけ言わせて下さい」

「なんじゃ?」

「後輩と一緒でも良いのなら、結婚して下さい!」

「……もちろんじゃ!」


 笑い泣きする二人に抱き付かれながら、後処理をしていた部下達から祝福の言葉を貰う。


「「「「「「「「「おめでとう」」」」」」」」」


「「「ありがとう」」」






「さて、主任」

「なんだ」

「これから、どうするんです?」

超文明遺産オーパーツごと更地になったからな……」


 後ろで束ねていた髪を切り、紙で包む。

 引き出しから出した辞職届をその横へ。


「全て私の責任にして辞職する」


 その一言に、この場にいた全員が息をのむ。


「私は嫁二人を連れて姿をくらますよ。空の底へにでも飛び降りた事にしておいてくれ」

「そして一切合切の責任をあなたに押し付けろと」

「頼めるか? 次の主任の座には術式操作者オペレーター班班長である、お前を推薦しておく」


 その場で推薦状を書き上げ、班長をしていた部下へ渡す。溜め息と共に部下は推薦状を受け取り——


「お断りします」


 ——笑顔で、辞職届ごと推薦状を破り捨てた。


「ちょ、お前……なにやってんの!?」

「この大失敗の現状ですよ? 主任の首一つでどうにかなると本当にお思いですか。一人……三人が姿をくらませたところで焼け石に水です」

「しかしだな……」

「で、あればかける水を大量にしてしまえば良いのです。この島にいる全員で姿をくらましましょう」


「はい?」


「幸いにも私の彼氏が部下と一緒に巨大隠密脱出船を建造しています。それに乗って逃げましょう」

「一体いつの間にそんなものを……誰の許可を得て建造したんだ」

「主任が毎度定時であがらせてくれるので暇潰しに作ったと言ってましたよ。それと許可ですが……」

「面白そうだったんで私が出したっす」

「妾も出したのぉ。そういえば」


「国の物質で何やってんだよ……」


「安心するのじゃ、変態貴族達の汚い金が出資金の計画だからの。国民への負担は皆無じゃ。このまま帰ると変態貴族に降嫁させられるから、早く逃げる支度をするぞ旦那様よ」

「そうっす。早く逃げるっすよ、ダーリン」

「そうですよ。御三方の結婚を祝福しないと我々も結婚しずらいので早く逃げて挙式をあげて下さい」


「だぁぁ、もう。分かった! 本国にはまだ連絡は入れてないな!」

「そもそも通信機器は蒸発しています」

「良し。なら少しは時間がある。本国からの調査団が来る前に施設ごと爆破してズラかるぞ!」

「召喚の失敗で全滅した事にするっすね?」

「酔って寝ている技術班の連中も叩き起こして作業を進めろ! 昼までには島を出る」

「了解です」









 異世界召喚実験は生存者無しの大失敗と調査団の報告があげられた。

 建造物、物資、人員の全てが跡形もなく消し飛ぶ未曾有の大事故として。


 そして、小さな嫁二人を持つ男をリーダーとした謎の技術者集団が何を巻き起こすのか、誰かに力を貸すのか、それはまた別の話である。

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