3rd story
ー俺、近藤凌空はあの日全てを失ったんだー
葉月。~The Second August ~ 凌空ver.
俺はあの日、音川夏虹に出会ったんだ。
恋に落ちたのは一瞬だった。
あいつの目を見た瞬間に俺の心は奪われた。
一生懸命なあの瞳は俺の心を捉えて、
離さなかった。
そう、あの時俺はいわゆるスランプってやつで色々な事に思い悩んでいた。
それはまるで永遠と続くトンネルのようで。光は一筋も見えなかった。
野球では、失点ばかり。
どんなに練習しても空回りをしていて。
引退すらも考えていた。
けれどそんな時に俺の元に差した光が、
あいつだったんだ。
試合では、点を奪われ、絶望的な状況だった。それでも、吹部の応援が響いて。
柔らかで優しげで、でもどこか強くて…
そんな「クラリネット 」の音が会場に
響いているのが、たしかに俺には
聞こえていた。
演奏に聞き惚れていたら、
あいつと目が合った。
おっと。
俺は、気合いを入れた。
こんな試合で終わって良いのか⁉︎
悔いはないのか⁉︎
だから
「俺らは勝つ」
そう言って、自分にカツを入れたんだ。
きっとこの時にはもう、引退という言葉は
頭から消し去られていた。
泣いていたのは、雨のせいにしてしまおう。
あの雨はまるで俺を鼓舞するかのようだった。
見事に俺はホームランを決めて、
大逆転勝ちした。
空を飛ぶボールは、空に昇って、
観客席に落ちた。
まるで虹を空に描いたかのように。
その後虹がかかっているのを見たときは
本当に驚いた。
そして、彼女にまた会えた事にも。
今でも忘れはしない。
俺がかぶせたキャップを大切そうに抱える
あいつは確かにかわいくって。
まるで優しくて強い、クラリネットみたいな子だ、と思ったのを覚えている。
虹から降り立った、天使のようだった。
そう、その瞬間恋に落ちたんだ。
夕方の、燃えた深い雲に
飛び込んだような気分だった。
でも、
そんな気分は長くは続かなかったんだ。
俺はあの後事故にあった。
転校するあいつ、音川の車を追いかけて。
あれ以来一度も会えていなかったが、
離れてしまうなら、いっそのこと告白
してしまおうと思って。
無我夢中で道路を駆け抜けていた。
だが俺は呆気なく後ろから来た車に
ひかれた。
音川の車は俺なんかに気づかずに走り去っていった。手の届かぬ存在だ、と思った。
そして俺の記憶が途切れる。
覚えているのは、1つだけ。
車にひかれて仰向けになったとき、
「虹が、綺麗」
そう思ったこと。
目が覚めたら、そこは病院だった。
「はぁっ⁉︎」
ちょっと待て。嘘だろ⁉︎
包帯が左手、両足、背中にぐるぐる巻きに
されていたんだ。
記憶を整理する。落ち着け。
俺はあいつを追いかけていた。
だが後ろからの車にひかれた。
そして横を自転車で走っていたお兄さん
が救急車を呼んでくれたんだ。
「にいちゃん!だいどーぶう?」
「あ、あぁ。悪いな、陽人。」
「ままよんでぐるねっ!」
陽人、サンキュな。あとでチョコやるから。
それにしても、いたい。
じぶんが。
必死で車を追いかけてひかれるだなんてさ。
んで、包帯ぐるぐる巻きだろ?
・・・?
ぐるぐる巻き…?
って事は骨折か?
そんなまさか。
お、俺は野球できんだよな?
どうか夢であってくれ。
「りくー?目覚めた⁉︎」
「あ、あぁ。」
「うぅっ…。良かった。
本当に良かった。うぅっ…」
そう言って母さんはベッドに顔を伏せて
泣いてしまった。
「お、俺、、野球は…?」
するとドアが3回ノックされた。
そして中に医者が入ってくる。
「怪我の説明に来ました。担当医師の
宮崎駿と申します。早速、説明させていただきたいと思います。
まず、今骨折をなさっているのは、
左腕、両足、そして背骨です。」
思わず、
「嘘だろ⁈」
と叫ぶ。
「本当です。リハビリをすれば、日常に
不便のないところまで、5ヶ月程で回復できるでしょう。ただ…」
そこで言葉を濁す。
「おい!はっきりしろよ!野球は⁉︎」
せっかく続ける事を決意したのに。
まさか…。
不穏な空気が立ち込める。
俺は悟った。
「およそ10ヶ月程かかるかと。背骨が
特殊でして…」
やっぱりだ。
もう無理。俺の人生終わった。
希望を失った。
医者はひとまず入院だという。
俺はその後の入院していた一週間、現実
と戦うので精一杯だった。
何を食べたか、何をしたか、
何も覚えていない。
そして、一言も喋らなかったんだ。
あの日俺は何かを手に入れたかのようで、
実は全て失っていた。
空と虹が奏でるスカイ 葉月 奏 @ikeleah
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