第3話 4つの告白 3


「どうして私を選ばないの!」


「うあああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!」


 腹部に感じる鋭い痛み。刺された場所からドクドクと流れている大量の血。ジワジワと無くなっていく身体の熱。


 俺の身体を跨って何度もナイフを振り下ろす彼女は狂気に満ちた笑顔を浮かべている。


「はぁ……、うぐっ、はぁ……あああぁ、はぁ…………うぅっ!!!」


 息が苦しい。呼吸が上手く出来ない。


 一体何が起こっているのか。ルナと別れてから……家に帰ろうと…………クソッ!その後の記憶が曖昧だ。


「愛してる!」


 ナイフが刺さる。


「愛してる……」


 ナイフが刺さる。


 彼女の名前は同じクラスの甘城あまぎ有栖ありす。彼女とはただのクラスメイトだ。


 愛しているなんて嬉しい言葉を貰うのは有難いことだが、その手に持っているもは大変物騒なので離して頂きたい。


 残念ながら、愛し合う関係ではないはずだ。


「愛してる!」


 ナイフが刺さる。


「愛してる!!!!」


 ナイフが刺さる。


 俺の気持ちなど知る由もなく、彼女の愛情表現は続いている。


 腕が振り下ろされる度にアリスの白いドレスに赤い血が染まっていく。それは死という概念が一歩ずつ近づいている視覚的証拠だった。


「――くる、しい……」


 やっとの思いで絞り出した言葉に、アリスは一度手を止めた。


「ハルくん、苦しいの?でもね、私もね、もっと苦しいの。私以外の女がハルくんと会話をしている度に、ナイフが刺さるのなんて比にならないほどの痛みが私を襲っているんだよ?」


「そん、な」


「ハルくん、どうして私以外の女と仲良くするのかな?どうしてかな?私とハルくんが出会った日に私以外と仲良くしないって約束したよね?どうして約束が守れないの?今日だって3人の女の子とそれぞれ2人っきりになってたよね。全員と抱き着いてたよね。どうして?ねぇ、どうしてなの?そんなに私のことが嫌いなの?私のことが好きっていうのは嘘だったの?どうして私が傷つくような嘘を吐くの?」


「……そんなこと、言ってない」


「言ったじゃん!」


「うぐっ!」


 アリスは再び俺の腹にナイフを突き刺した。


「私、あの声を録音していつも聞いてるんだよ。朝目が覚めたら聞いて、学校に行くときに聞いて、家に帰るときも聞いて、お風呂に入っているときも聞いて、寝る前にも聞いてるんだよ?……ほら」


 そう言ってスマホを取り出し、音声を再生した。

 

『アリス、だ、いす、き。き、み、だけ、あい、してる』


 確かにその声は俺のものだ。しかし、ところどころプツン、プツンと途切れているところがある。恐らく、これは合成音声だ。俺の発言したところを都合よく切り取って言葉を作り出しているのだ。


「ハルくん、私も愛してるんだよ?だからハルくんも私のことをもっと愛してよ。私のことを裏切らないでよ」


「…………」


 どうしたものか。こういう危険人物やべぇヤツに初めて遭遇した。こんな人、ホントにいるんだな。


「でもね、今日はとっても嬉しいことがあったよ。ハルくんが自分から私の家に来てくれたね。私ね、ずーっとハルくんにこの部屋を見せてあげたかったんだぁ。素敵でしょ?この部屋に入れば三食昼寝付きの自堕落な生活が出来るんだよ?私だけのものになるんだよ?ハルくんは幸せだね」


 周囲を見渡すと、全面鉄格子。この部屋とは牢屋のことを言っているのだろうか。こんなところに住んでいたら、俺はまるで奴隷じゃないか。


「ハルくん、ずーーーーっと、ここにいてくれるよね?私の愛をぜーーーーんぶ受け止めてくれるよね?」


 アリスは狂気に満ちた瞳で俺のことを見下ろす。果たして、本当に俺のことを見えているのだろうか。彼女には別人が見えているのではなかろうか。


「ハルくんは永遠に私のモノだからね」


 ナイフが天井に向かって振り上がる。


「あ・い・し・て・る・♡」


 5文字の言葉が脳内に響き、俺の首元にナイフが振り下ろされたその瞬間、意識が暗闇へひきずり込まれていった。


 朦朧とした意識で部屋に飾られてたカレンダーが目に入った。


————最低なクリスマスイブだ。


 

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