ヒロイン無双~狂気のアリスを回避せよ~
四志・零御・フォーファウンド
第1話 4つの告白 1
「私、ハルのことが好きだったの!付き合ってください!」
12月24日、クリスマスイブで世間は賑わっていた。今日は未明にかけて雪の予報。今朝のニュース番組では、ホワイトクリスマスだとか騒がれていた。
そんな季節の放課後の空き教室。部活に勤しむ青春の声が校内に響き渡る中、俺は同い年の幼馴染である
マリアとは家が隣同士で、学校へ行くときも、家に帰るときも、遊ぶときも、ずっど一緒だった。高校生になったら流石にいつも一緒とまではいかなくなったが、多くの時間を共に過ごしていた。
俺はそんな平穏な日々が好きだった。
家族同然だった彼女からの告白。予兆が無かったとは言わないが、それが今日になるとは思ってもみなかった。
「マリア……」
「私、ハルのこと家族同然だと思ってた。……でも、それじゃ嫌なの」
マリアは頬を紅く染めて、恥ずかしそうに俺の瞳を見つめる。
「ハルとは恋人がいいの」
恋人。これまで17年間生きていたが、そんな関係になった人は誰一人としていなかった。相手に特別な関係を望まれる。天に昇りそうなほど心地の良いことだ。
「ハル、大好き」
マリアが俺に抱き着いてきた。逃げるなんて選択肢は存在しない。だけど、それに応えられるわけでもない。両腕で彼女を包み込むなんてもってのほかだ。
「マリア、俺は――」
「ダメ。言わないで」
俺に抱き着いたままで言葉を遮る。
「答えは今夜聞かせて。もしハルが私と恋人になってくれるなら、今夜、私の家に来て。……その、今夜……ね、パパとママ、いない、から…………」
「ちょっと待て、それって――」
「それじゃ!待ってるから!」
マリアはそれだけ言って教室を走り去ってしまった。俺はその光景を呆然と眺めてから数秒後、我に返った。こんなことになるとは思っていなかったので、このあと野暮用を入れいてたのだ。
「そうだった。
教室の時計を見ると時刻は午後3時58分。4時には生徒会室に来て欲しいと言われていた。
3年生のイリスはこの学校の生徒会長で、誰もが男女問わずに絶賛する美貌を持った校内イチの人気者だ。
そんな彼女とは同じ生徒会のメンバーとして共に活動していた。スポーツも勉強もぱっとしていない俺が何故生徒会に入っているのかと言えば、イリス直々による推薦が原因だった。
俺を推薦した理由を尋ねても、いつもはぐらかしてくるので俺が生徒会にいるのは謎のままだ。最近ではイリスが高校を卒業するまで教えてくれないのではと思い始めている。
「すみません、遅れました」
生徒会室の扉を開けると、イリスと目があった。
「ふふっ、30秒の遅れだな。それぐらいなら許してあげよう」
イリスは肩肘を付いて、俺に笑顔を向けてくれた。まさに、寛容の女神だった。
「謝らないでくれ。急に呼び出したのは私なのだから、仕方がないことさ。まぁ椅子に座ってくれ」
「それで、要件は何です?お昼休みにいきなり教室に来たもんですから、みんなびっくりしてましたよ」
昼休みのチャイムが鳴ると同時に、俺の教室にイリスがやって来たのだ。何かと思えば、俺の机に猛スピードでやって来てと思ったら「放課後、4時に生徒会室へ来てくれ」と言うだけ言って、さっさと教室から出て行ってしまったのだ。俺を含めてクラスの全員が困惑していた。
「その、なんというか、とっても言い出しにくいというか、言葉に出来ないというか……」
「どうしました?」
初めて見るイリスの戸惑った表情。今日はどうしたと言うのだろう。いつもクールな佇まいとは程遠い姿だ。
「急に自分語りするのを許してくれ。――私は人と接するのが苦手でね。キミと出会うまではもっと冷淡な言動をしていたんだ。笑ってもいいんだぞ?」
「すみません、噂には聞いていました」
――――【生徒会の氷姫】。
絶世の美女と囁かれながらも友達を作らず、自ら透明な壁を作り出している天の上の存在。それが、高校に入学したての俺が聞いた彼女についての噂だった。
「けれど、キミが入学してきたあの日。私はキミに救われたんだ」
「入学した日?」
「覚えていないのかい?」
「あの日は―――――――」
サッパリ記憶がなかった。あの日、何かあっただろうか。特に特筆すべき出来事はなかったはずだ。
「いいさ。キミが覚えていないならそれでいい」
「すみません」
「ふふっ、キミ、今日は謝ってばかりじゃないか」
クスリと小さく笑った。路肩に咲いた小さな花のような笑顔。俺はそんな表情をする彼女を可愛く思っていた。
「さて、本題に入ろうじゃないか」
そう言うと、始業式などで見せる生徒代表挨拶の様にキリっとした表情に一瞬で戻った。
「ハルくん、ちょっとそのままでいてくれるかい」
「はい」
イリスは椅子から立ち上がると、俺の後ろに回った。
「後ろは振り向かないでくれ」
「えっ、はい」
「何が起こってもそのままでいるんだぞ」
「はい」
「何が起こってもだぞ!」
「わかりましたよ」
一体何が起こってしまうというのだろう。少々身構えながらその時を待った。
「――――っ!」
頭部に感じる柔らかい温かみと、シトラス系の爽やかな匂いが俺を包み込んだ。イリスは俺のことを抱きしめたのだ。
「せ、せんぱい!?」
「じっとしてて」
「……はい」
「私、ハルくんのことが好きだ。私がこのまま卒業しても、将来を共に過ごす光景をなんども夢見てしまうぐらいにキミのことが好きだ」
「先輩……」
振り返らなくてもイリスがどんな顔をしているのかが手に取るように分かった。恥ずかしそうに目を横に逸らして、頬を紅くしているに違いない。
「私はキミの恋人になりたいんだ。キミと共に老いて行きたい。子供も欲しい。孫の顔を見てみたい――って、いまのは少し気味が悪い妄想だ。忘れてくれ!」
イリスは慌ただしく腕を解いた。
「困らせてしまってごめんね。返事はいらないよ」
「……せんぱ――」
後ろを振り返ると、すでにイリスの姿がなく、扉の閉まる音だけが生徒会室に響いた。
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