第2話 4つの告白 2


 俺は今、大変困った状況に陥っていることに気が付いた。数時間の内に幼馴染と生徒会長という、男ならば誰もが羨むような人物から告白を受けたのだ。


 2人共、答えは要らないようなことを言ってはいたが、歪な関係になりたくはない。今後、気まずい雰囲気になってしまうのは目に見えている。


 恋人になるか友人になるかハッキリとはさせておきたい。


「どちらも捨てガタイ……」


 そんなことを考えながら一階の昇降口に辿り着いた。出入口は基本的に常時開放されているので、冷たい風が廊下に流れ込んでくる。思わず身体を委縮させて身震いした。


「さっむ」


 数年前にマリアから貰ったマフラーを首に巻き付ける。正直、不格好なマフラーなのだが、手先が不器用な彼女が数カ月もの時間をかけて作ってくれた傑作だ。俺の御気に入りの品となっている。


 下駄箱から靴を取り出すと、制服が引っ張られていることに気が付いた。後ろを振り返ると、小さな頭が視界の隅に写った。もう少し目線を下げると見知った後輩の顔があった。彼女の眠たそうな瞳が僕を見つめている。


「どうしたんだ?」


 彼女の名前は月渚ルナ。1年生の後輩だ。キョロキョロと小動物のように辺りを見渡す。


「先輩1人だけですか?」


「俺だけだぞ」


「それなら、良かった、です」


 ルナは安心したように肩を撫でおろす。一体何に警戒していたのだろうか。



「せ、先輩……その、あの…………」


「どうした?」


「いっ、一緒に帰りませんか?」


「いいよ。けど、帰る方向一緒だっけ」


「そうですね、違いま――……せん。……一緒ですよ。……途中まで、ですけど」


 そうだっただろうか。


「分かったよ。一緒に帰ろうか」


 俺とルナは並んで靴を履いて昇降口を出た。


「今日はどうしたんだ?部活か?」


 ルナは占い研究部という胡散臭い部活に所属している。部員は5人ほどいるらしいが、幽霊部員が殆どらしい。どんな活動をしているのかも不明。しかし、今年で部活が発足して20年を迎えるというので大したものだ。


「今日は部活、お休み」


「それじゃあどうしてこんな時間まで学校にいたんだ?」


「はぅっ!そっ……それは…………」


 もごもごと口を歪ませて、最終的に口を閉じてしまった。


「えーっと、言いたくなければ別にいいぞ?」


「それじゃあ、まだ、ヒミツ」


「わかったよ」


 野球部が身体づくりのランニングをしているのを横目に、俺たちは校門を左に曲がった。


「そういえば、ルナは理系と文系どっちに進むんだ」 


「先輩と、同じ、です」


「理系に進むのか。将来何になりたいとか決めてるのか?」


「そっ、それは――――っ!先輩のいじわる!」


 ルナが顔を真っ赤にさせてポカポカと俺を叩いた。一体何事かと困惑していると、すぐ冷静になったようで「ごめんなさい」と謝辞して視線を斜め下に落とした。


 いつも不思議な子だとは思っていたが、今日は特に様子がおかしい。


「何かあったのか?相談にのるぞ?」


「そうだん……。する」


「何についての相談だ?」


「恋愛」


「おっ、おう。恋愛か」


 そうきたか。いま自分がこんな状況で他人の恋愛に口を出すなんて許されるのだろうか。


「任せな!」


 自分のことは棚に上げた。


「実は、私が好きな先輩、私のことを恋愛対象として見ていないらしく困っています」


「なるほど。ルナを恋愛対象として認識させればいいんだな」


「そう、そうするにはどうしたらいい?」


「ん-ーー、無難だとは思うけどボディタッチとかどうだ?男なんて女の子に触られたら必ず意識するもんだぜ」


「…………」


「どうした?」


 ルナが突然足を止めた。


「ぎゅ――」


「え…………」


 俺の腰に手をまわして身体に抱き着いた。


「意識、する?」


「いきなりビックリしたぞ」


「意識したってこと?」


 なるほど。俺で予行練習をしたつもりなのだろう。


「ああ、意識したぞ。その調子で意中の男にもやってみるといいぞ」


「…………」


 ルナは不服そうに頬を膨らませた。一体何にご機嫌を損ねるような要素があったというのだろうか。


「そうだ。他の方法も考えてみよう」


「もういい!」


 ルナは俺から離れると腹に猫パンチのような一撃を繰り出した。


「しゃがんで」


「どうして?」


「しゃがんで!」


 意図を分かりかねているとポコポコと殴られるので、言う通りにしゃがんでみた。


「じっとしてて」


「ああ」


 ルナは両手で俺の両耳を塞ぐと何か言葉を発した。


「…………××」


 読唇術を心得ているはずもなく、彼女が何と言ったのか理解不能だった。


「なんて?」


「……××………っ!」


 ルナが頬を真っ赤に染めたと思ったら、ぎこちなく回れ右をして突然走り出した。


「ちょ、ちょっと、ルナ!?」


 俺は唖然として彼女の背中を眺めることしか出来なかった。

 


 


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