西の国1

 色彩豊かな色石で施されたモザイクと吹き抜けとなった高い天井に吊るされたシャンデリアが目を奪う。王座の間に相応しく、威厳に満ちたその空間で、王は王座に座り、大きく溜息を吐いた。

「アーサーにも困ったものじゃ……」

 王の溜息の原因は、跡継ぎとなるべき王子であった。彼の王子は王族であることを良いことに、税金の無駄遣いが甚しかったからだ。

「どうにかならないものか、大臣よ」

 王は御前に控える大臣に問いかけた。

大臣は一歩前に出て、恭しく礼をすると、

「陛下、城下では南の賢者の話で持ちきりです。どうやら、彼は今、我が国に滞在中のようでございます。彼の者に知恵を借りたら如何でしょう?」

 と言った。王様は白くなりかけの顎髭を撫でながら、ふぅむ、と唸り声を上げた。王の耳にも南の賢者の話は伝わっていた。彼の賢者は日照り続きの南の地で、雨を降らせてみせたという。その他にも数々の奇跡を起こした彼は、生きる伝説として人々の口に半ば御伽噺様に語られている。王にはその内のどれが真実で、どれが作り話なのか判断し兼ねたが、大臣の案には心動かされるものがあった。

 王は、ふぅむ、と再度唸り声を上げると、

「試してみる価値はありそうじゃな」

 と呟いた。その呟きは大臣の耳にも確かに届いていた。

「では、南の賢者を城にお連れしましょう」

 そう言って、大臣はもう一度恭しく礼をすると、慌ただしく広間を後にしていった。


その後、彼は一刻程で戻ってきた。その時、彼の傍らには若い男が一緒だった。日に焼けた小麦色の肌、波打つようにウェーブの掛かった黒髪。外見だけを取れば、年の頃はニ十五、六といったところか――。南の国の民特有の外見を持った男は、不機嫌そうに眉間に皺を寄せ、口を一文字に結んで立っていた。

大臣は傍らの男に目を向け、

「陛下、南の賢者を連れて参りました」

 と言った。間違いなく、この若い男が南の賢者らしい。王は驚きに目を丸くしたが、大臣の先を促すような視線に気付いて、口を開いた。

「よく参られた南の賢者よ。お待ち申しておりましたぞ」

 王座から立って、王はその気持ちを最大限に現すように大きく腕を広げた。それに対して、賢者の眉間の皺がより一層深まる。

「この国では、客人に対して身ぐるみを剥ぐのだな……。とても、歓迎しているような出迎えではなかったぞ」

 賢者は低い声で言って、恨めしそうに王を睨んだ。王は状況が読めず、大臣を見る。大臣が申し訳なさそうに、額に滲んだ汗を拭った。

「如何に賢者と言いましても、身元の分からない人間を王に合わせるには用心にこしたことはありません。一度衣服の下を含め、持ち物を改めさせていただきました」

 それを聞いて王は、

「それはすまないことをした。だが、我々にはあなたの力が必要なのだ」

 と言って頭を下げた。それを見た大臣は驚愕した。いくら賢者と呼ばれる相手であっても、王がこのような相手に頭を下げることはないのだ。しかし、大臣はそこに王の願いを感じ取った。王はそれほどまでに本気で賢者の力を頼りにしているのだ。

「私の力? 話を聞かない事には帰してくれなさそうだな」

だが、賢者が返した言葉は皮肉の籠ったものだった。大臣のみならず王までも額に汗が浮かぶ。ここで断られるわけにはいかないと、王は必死だった。

「どうか、あなたの力をお貸し頂きたい。我が跡継ぎの王子の金遣いが荒くて困っているのだ」

 ふんっ、と鼻を鳴らし、

「ここに自分にふさわしくない仕事をしている者には見えない不思議なお金がある。ざっと見て、一般の民なら優に一カ月は生活できる額だ。これを王子に持たせて、一週間程街に放り出しておけ」

 と、賢者は何かを放り投げる動作をした。しかし、王は賢者の投げた物を見ることが出来なかった。代わりに、大臣がそれを拾い上げる動作をすると、賢者が唇に弧を描いた。

「後はお前立ち次第。私はこの場に長いしたくない。失礼させていただくぞ」

 賢者は踵を返すと、茫然としている王達を残して去っていった。


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吟遊詩人と彼の紡ぐ物語 @mei-shingetu

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