吟遊詩人と彼の紡ぐ物語
@mei-shingetu
序章
『 遥か昔、世界に崩壊の危機来たり
御時、時を渡りし旅人来たりて
これを嘆き
一つの種を植えたり
種、芽吹きて大木となり
世界を支える支柱となりけり
民衆(ひとびと)、救いに歓喜し
旅人を御神と崇めたり 』
「それで、それで」
朗々と詠う声に、少年の声が重なる。ぱちぱちと音をあげ揺れる暖炉の火を見詰めていた男は、その詩を止め、少年を見やった。自分にもたれ掛かるようにして先をせがむ少年の様子に、彼はその綺麗な顔に苦笑を浮かべた。暖炉の火の揺らめきに合わせて、金の髪がきらきらと光る。小さな山小屋の、小さな一室であったが、その姿はまるで宗教画に描かれた神のようだ、と少年は青年に身を寄せながら思った。
だが、そんなはずはない。青年は正しくは吟遊詩人であるのだ。彼は一夜の宿と飯の礼に、この家の息子である少年に詩を詠んでやっていたのだ。
彼は、手にしたハープをポロンッと鳴らし、
「誰もが知っている結末だけどいいのかい?」
と少年に問い掛けた。
「うん。僕、吟遊詩人の詩で聞くのは初めてだもん」
少年の答えに、青年は再度ハープをポロンッと鳴らした。彼の視線の先には、ずっと、揺らめく炎がある。何かを思い出すように、目を伏せた後、青年は再び詩を詠い始めた。
『 時流れて
神の力を欲する争い起こりたり
御神、これを嘆き
四人の友に大木の苗を授け
御身、何処かへ消え去りたり
友ら、やがて王となりて
争い終いて
世界を平和に導かん 』
「その四人の子孫が、北、南、西、東のそれぞれの国を治めているんだよね。でも、神様は、どこに行っちゃったのかな?」
どうやら、少年は、物語からもう何百年と過ぎているのに、神はまだ生きていると思っているらしい。だが、それもまた嘘ではないことを青年は知っていた。
「神は不老不死だったっていうから、どこかで人の中に紛れて生活しているんじゃないかな」
「え、じゃあ、僕もいつか神様に会ってみたいな」
無邪気に夢を語る少年に、青年は、
「たぶん、もう会っているんじゃないかな」
と微笑んだ。
そんな青年の言葉に、少年は呆れ気味に息を吐く。
「それじゃあ、まるで、あなたが神様みたいじゃないか。そんな訳ないだろ」
先程、ほんの一時でもその考えを思い浮かべた自分を否定しつつ、少年は頬を膨らませる。彼には、その考えを否定するに値する最もな理由があった。
「あれ? 冷やかな反応だね」
「だって、神様が行き倒れていたなんて信じたくないし……」
少年の家族がこの吟遊詩人を泊めることになったのは、この青年が家の前で行き倒れていたからに他ならない。この青年が神であるなら、腹を空かせて倒れる前に、その力なり何なりでどうにでもできたはずである。
だが、青年は心底不服そうに、
「何だい、行き倒れがそんなに悪いのかい?」
と言った。
「というか、心臓に悪いんだよ。それに、それこそ戦争のあった時代ならいざ知らず、今の平和な時代なら行き倒れなんて滅多にいないよ」
「そういうものかい?」
「そういうものだよ」
少年の返答に、青年はむぅと唸り声を上げた。考え事をするように、宙を見つめ、意味もなくハープに指を走らせる。
「……確かに、今はめっきり少なくなったけど、ほんの数年前に私は王子の行き倒れを見たことがあるよ。それも信じられないかい?」
次第に弦を走る指の動きが速くなり、少年の答えを待たずして、いつしかハープはメロディーを奏で始めていた。音の流れに合わせて、青年が詠うは
今からほんの数十年前のこと――
今の〝西の国〟の王がまだ王子であった時の物語――。
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