こんな展開聞いてない!

井田いづ

なにがどうしてこうなった

 この日見た光景を、良くも悪くも人々は忘れないだろう、と私は他人事のように考えていた。

(だってこんな馬鹿馬鹿しい話、予想ができるはずないでしょう!)

まったくもってその通り、明日のゴシップ紙を飾るのはきっと自分の間抜け面だ。



 この日、王都にある煌びやかなダンスホールで国を王立学院、騎士養成学院、魔術学院の合同卒業記念パーティが催されていた。国を象徴する三大学院の門戸は広い。

 学生であれば平民から貴族までがこれまでを懐かしみ、これからに期待を膨らませ、だだっ広い広間で歌い踊り飲み食いをする楽しい行事────なのだが、事件は起こった。


 人々の視線が集うのは豪華絢爛たる王城のダンスホールの中央に、正確にはそこに立つ一際煌びやかな令嬢とその前にかしずく少女騎士に集まっていた。


 ピンクブロンドのふわふわの髪を頭の天辺で結い上げて、騎士の礼服を纏った少女は、今し方婚約破棄を告げられたばかりの令嬢に向けて微笑みを向けている。微笑みを向けられている方は──こちらが私なのだが──何がなんともわからないのである。


 今日というめでたい日にラウル殿下からの一方的な婚約破棄があることは、元より。だからこそ、それに負けないように準備も整えたのだから、こちらについてはなんの問題もなかったのだ。

 問題は婚約破棄の原因となった──ラウルが心変わりした相手の少女のとった行動である。


 彼女の名前はリスティ・ルルー。稀代の神聖力をもつ聖女である。、私の代わりに殿下の妃として召し上げられていたはずの少女。


 一方でこの私はこの国でもいっとう貴いとされる血筋の令嬢、ついでに言うならば稀代の悪女と名高いリタ・ティエラ・ラジアータ。私は婚約破棄を受けて、死ぬ運命だった。


 何故未来それを知っているのか──それは私が、或いはをしたからにほかならない。



 前の人生で、私は魔女とそしられていた。

 身に覚えのない罪を十も二十も重ねられ、国滅ぼしの魔女であるのだと誰も彼もに忌み嫌われた。そしてある冷たい雨の降る日、家族や侍従たちと共に、十九の若さで首を落とされたのである。


 その全てがラウル殿下の計画であり、なんと聖女リスティと結婚したいがために諮られたと知ったのは、獄中で最期の食事を口に運んでいる時だった。

 残念なことに、私との婚約は既に内外に大々的に触れ出しており、婚約者になんの問題もないのに相手を乗り換えるなど──二心あるのだと噂されても不思議はなかった。


 


 ラウル殿下はそう思い至ったらしい。死ぬ数時間前に笑いながら種明かしをした愚かな殿下! あの顔は忘れようにも忘れられない。当然、私は呪った。呪って呪って恨んで恨んで……虚しく刑死したはずだった。



 それなのに、気が付いたら、十五歳の春に戻っていたのである。死ぬまでの記憶と共に──。



 それからは忙しい日々だった。

 私以外には記憶がないようで、それが更に大変さに輪をかけた。誰一人、私の話を現実だとして聞いてはくれなかったのだ。

「怖い夢を見たのね」

そう言って抱きしめられた時に、これは一人でやりきるほかないのだと悟った。


 最初は一人きりで、同じ悲劇を二度と起こすまいと奔走する羽目になった。ラウルとは既に婚約済みだったことはとても残念だったし、王子の方の性格を変えるのは不可能だった。

 なので、作戦を変えていつ冤罪をかけられても良いように備えることにしたのだ。家族や侍従が大怪我を負うようなトラブルは事前に避けるようにし、友人関係にも気を配り、必死に勉学に励んだ。進学先も殿下の通う王立学院ではなく、魔術学院にした。

 その甲斐あって、今は殿下ひとりの妄言には振り回されない土壌は出来上がっていたのだが……。



──どうなっているのかしら、コレ。



 頭を抑える。わかっている、頭痛の原因はすべて聖女にあるのだ。

 リスティ・ルルーは出会った時から規格外の破天荒だった。ついでに言うと、過去の行動と全く一致しない動きばかりするのだ。そのくせ、回帰したような素振りなどはまるでない。さりげなく話を振っても、本当に何も知らない顔で首をかしげるのだ。


 そんなリスティとは王立学院で初めて会うだったが、なぜか魔法を暴発させてラジアータ邸の庭木に突き刺さっていたのが初対面となったのである。

 警備に捕まって半泣きの彼女を助けたことをきっかけに彼女とは縁ができてしまった。

 王立学院ではなく、騎士養成学院に進学したリスティは、以前とは異なり親公認の友人としてお茶を飲むような仲になっていた。養女になるやならんやという話さえあるくらいなのだ! とにかく彼女が関わると展開通りに進まない。



 その極め付けが今日である。



 ダンスパーティの最中、殿下が声高に

「罪深きラジアータの令嬢よ! 魔女の名にふさわしきその罪を悔い改め、新たなる我が妃リスティ嬢──」

などと言ったのを、

「失礼ながら、そのようなお話は陛下からも父からも一切聞いておりません。殿下の独断でしょうか」

「いや、リスティ嬢。戸惑っているのかな、我が愛に」

「なんのことでしょう。罪とは」

「嫉妬に狂い我が愛するリスティ嬢を虐め、更には黒魔術に手を染めて──」

「殿下もつまらぬ冗談を仰るのですね」

と冷めた口調で一刀両断したのである。

 以前は、青褪めた顔でオロオロと流されていただけなのに、この少女に一体何があったのか。私は頭を押さえた。


「ま、魔女め! 聖女になにを吹き込んだ!」


 どよめく会場、否定されるとは思っていなかった殿下と取り巻き、冤罪の反証を用意した人々、全てが落ち着かない中、彼女は一人微笑んでいた。感無量、そんな表情かおをして、うっとりと呟いた。まるで周りが見えていない。

 彼女は騒ぐ王子に背を向ける。不敬である。

「やっと……リタ様のことを守れますね。卒業して、一人前になるこの日を待ち侘びていました」

傅かれて、手を取られる。

「ええっと、ごめんなさいね、全くついていけないのだけれど、何をしていらっしゃるのかしら、ルルーさん?」

婚約破棄を突きつけられたら、それを受け入れながらも冤罪については反論し、身の潔白を証明する──そんな準備はできていたのに。いざという時の亡命先まで確保していたのに。


 リスティは答えることなく、しかし目線は私から外さずに声高らかに宣言した。

「ラジアータ家の誇る至宝、リタ様は何一つ謗られることなどしておりません。勤勉で、心優しいお方だと私は、私たちは存じております! 反証のある方はおりましょうか!」

ざわりざわりと囁き声が広がるが、誰も動かなかった。

「虐められた過去もなく、害なされた事実はありません。魔女と謗られるようなお方では決してないと、今代の聖女リスティ・ルルーがこの名に誓います」

「な……っ」

これに驚いたのは、他でもないラウル殿下だった。聖女を害した罪、確かそれもリタに着せられたものの一つだった。

 それを他ならぬ聖女が否定したのである。


 リタも開いた口が塞がらない。

「ルルーさん、貴女何を……」

「私だけではありません。神殿もリタ様の潔白を証明いたします。無罪の信徒を魔女と謗ったことは正式に抗議いたします」

「ルルーさん⁈」

「……もう、こういう時は名前を呼んでくださいよう。とっても頑張ったんですよ?」

何を言っているんだ、本当に。口を尖らせるリスティにこめかみを抑えながらも、望みは叶えてあげることにする。確かに、友人なのだ。


「……リスティさん。改めて聞きますけど、これは一体何がどうなっているのかしら……」

「えへへ、リタ様をお守りしたい、その一心で私、頑張ってきたので! 怪しい動きがあれば調べますし、それが国のこれからを左右することとなれば神殿も動くんです」

褒めて、褒めて、と尻尾を振る犬のようにも見えてきた。淑やかで奥手で引っ込み思案な聖女は何処に消えたのか……結局、やろうとしていたことは変わらない。冤罪を覆すのが目的だったのだから。


 「あ、ありがとう?」

 私も殿下も他の客人ギャラリーも含めて、展開について行けていないが、ここからいきなり刑死にはならないだろう。むしろ殿下に対する「やっぱり二心持っていた」という冷たい視線が目立っていた。


 これで一安心──思っていた形とは大分違うけど──そう思ったのも束の間。

 リスティが腰に下げていた式典用の模造剣を差し恭しく出してきたのである。

「リタ様、リタ様、これを受け取ってください」

「はい? これ?」

何を言い出すのか分からず、相手は友人だし、取り敢えず剣を受け取った────のが間違いだった。



 リスティは満面の笑顔で爆弾を投下した。



「リタ・ティエラ・ラジアータ様。神に仕える騎士リスティ・ルルーがここに誓います。我が命は貴女と共にあり、我が剣はただ貴女を守るためだけに奮い、我が盾は貴女を守るためだけにある。貴方の騎士となるその名誉を、どうかお授けください」


 騎士の宣誓である。

 聖女による、魔女と謗られた女への騎士の宣誓──勿論、前代未聞だった。

 宣誓の剣を以上、その誓約は結ばれたことになる──つまり。


「は、は、諮ったわね! リスティ・ルルー!」

「えへへ、これで今日からリタ様の騎士ですねっ! 御身を守るため、四六時中一緒にいます!」

「こ、この……!」

悪びれる風もないリスティに、リタは頭を抱えた。国中のゴシップ誌に新聞に、海外の新聞も、きっとこの事件を面白おかしく書くのだろう!

 ああ、まったく!


「こんな展開聞いてませんわ!」

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